「うーわーきーもーのー」
一秒に満たない攻防は終了する。
アルフォンソのアジトとも思われる場所はクーが張った糸で満ち、多数の合成獣とアルフォンソが拘束されている。
「こ、これが姫の拘束!? 前の時よりもはるかに……! ふぉおおおおおおおおお!」
「うっさい」
「むもごごごごごごご!」
歓喜の声をあげるアルフォンソの口を塞ぐようにクーが糸を放って黙らせる。呼吸とか大丈夫かなぁ? と心配する余裕がエリックに生まれていた。
ともあれ終わった、と肩の力を抜くエリック。
だが、それは甘かった。
最大級のボスがこの後に控えていることなど、簡単に予想が出来たというのに。その警戒と対策をエリックは怠っていた。
それが静かに迫る。
「えーりーっちー」
笑顔でエリックに迫るクー。
あ、これ怒ってる。エリックは冷や汗を浮かべて固まった。つばを飲み込み、ゆっくりと首を向ける。その表情を見て、乾いた笑い声をあげた。うん、怒ってる。
落ち着けエリック。大事なのは初手だ。ここで主導権を握ってしまえばあとは何とかなる。なんて声をかけようか。
「その、クー? 無事でよかった――」
「イクナイ! どんだけあのジジイにいじられたと思ってるのよ! 変なヌルヌル油塗られて力抜けるし! タコ触手はイボイボで硬くて太いし!」
「うぇ!? そ、その……体は無事……だったの?」
「へ? ああ、そういう……。エリっち気になるー? あーしが捕らわれてる間に何されたか。どんなトコロをどういうふうにサレたのか。気になるー?」
お腹と胸に手を当てて、煽情的なポーズをとるクー。気になる。だけどそれを素直に口にするのは何かに負けた気がする。いや、始めから勝ち目なんかないんだろうけど。混乱しながらもエリックははっきりと口にする。
「その……クーが酷い目にあって泣いてなくて、よかった……かな」
「酷い目にあったわよ! だるいし力抜けるし嫌な夢見るし!
大体エリっちもすぐに助けに来てくれればいいのに。うだうだしてて挙句の果てにそこの蜘蛛に浮気とか! ないわー。エリっちないわー」
アシッドスパイダーを指差し、叫ぶクー。彼女的にそれが一番許せないようだ。
「う、浮気? え、あ、その。アシッドスパイダーを使わないとどうしようもなかったっていうか。まあ、遅れたのは確かにアシッドスパイダーを捕まえに行ったからなんでそこはごめん」
「ちっがうわよー! ああ、もう。エリっちはあいかわらずエリっちなんだか――ら?」
「クー!? あわわわ!」
叫んでいるクーが突如糸が切れた人形のように膝をつく。
先ほどまではエリックの<命令>の効果で活力を増していたが、その効果が切れたのだろう。虫除けの香油で奪われた体力では立つことすら叶わないようだ。エリックに抱き着くように、倒れ込む。
「……ふぐぅ……! もう、今回あーし散々……!」
「うん。色々大変だったね。……って、なんでそんなに睨んでるの?」
「うーわーきーもーのー。あーし以外の蜘蛛つれてるとか」
「こ、拘るね。クー」
「あのアホエルフとかもそーだけど、エリっちはそーいう所が不真面目! 草食系のくせに受け皿広くて、ああもう!」
「あ。叩かないで。いた、痛くはないけど、クー、落ち着いて。分かった、わかったから。今開放するから。……『この街から離れて生きて』」
頬を膨らませてエリックの頭をぽかぽか頭を叩くクー。その手を押さえながら、アシッドスパイダーに<命令>するエリック。エリックの傍らに待機していたアシッドスパイダーは命令を受けて去っていく。
「なんか優しくなーい? っていうかエリっちあれ倒さないといけないんじゃなかったっけ?」
「まあ、その……あの蜘蛛がいなかったらクーを助けられなかったわけだし、そういう恩があるから殺すのは忍びなかったというか」
「……まー、そーいう所がエリっちだもんね。うん」
言って力を抜くクー。ようやく怒りが収まった、と安堵するエリック。
クーが黙ると、自然と沈黙が降りる。そうなると二人は改めて今の状況を認識する。
二人きり。互いの心音が伝わるほどの密着状態。ふと顔を向ければ、呼気すら聞こえてきそうな顔の距離。
(クーの顔が近い。っていうか、可愛い……)
(あ、これヤバイ。変な気持ちになってきた)
(浮気なんか、出来るはずないよ。だって……)
(エリっちは、あーしのことを見捨てたりしないもん)
(キスしたいキスしたいキスしたいキスしたい)
(キスしてキスしてキスしてキスしてキスして)
締め付けられるような胸の感覚。それに従うように二人はどちらからでもなく顔を近づけてい――
「ゴバァ!」
「うわああああああ! なになになに!?」
「え? マツカゼ……さん!?」
突如聞こえてきた悲鳴に我に返る二人。振り向けば、そこには黒装束の男が倒れていた。口から血を吐いて、体をけいれんさせている。
「すまぬ、二人の邪魔をせぬように黙っておったが呪いダメージが限界に来たでござる」
「……っ! 今の見てたの、まっつー!? わああああああ。そのまま死ね!」
「クー、落ち着いて!? とにかく治療をー!」
「か、かたじけない。限界まで潜んでたので、涅槃が……死んだはずの師匠が手を振っている……がく」
「マツカゼさーん!」
――アジト内にあった治療薬で、どうにか一命をとりとめたマツカゼであった。
◆ ◇ ◆
D+ランク依頼 『アシッドスパイダーを倒せ!』
……失敗!




