「では拙者はこれにて」
「あ……」
まどろみから目を覚まし、現実に戻るクー。
「目を覚まされましたか、姫? いやはや、もしかしたらやりすぎたかと心配しましたぞ」
聞こえてきたのは、クーを捕らえた老人アルフォンソの声。こちらを心配しているのは本当のようだが、だからと言って解放をするつもりはないようだ。
解放。
クーはアルフォンソに捕らわれていた。タコゴリラ合成獣のトミオくんに拘束され、全身に蟲封じの魔力が込められた香油を塗られている。
(ぬるぬるとこの匂い……やぁ、体、駄目になる……)
(それにタコの触手が生暖かくて、吸盤でごつごつされて、硬くて……それで体中をまさぐられて‥…)
(あーしの弱いコトばっかりサれて……もう、抵抗できないぐらいにグチョグチョになってる……)
トミオくんのタコ触手につけられたニームの油がクーの全身に塗られていく。顔、うなじ、背中、お腹、腕、ふともも……。ぬるぬるとした感触が肌に染み入り、そのにおいが鼻をついて脳を蕩かしていく。香油自体の効果によりクーの抵抗力が奪われ、触手の感覚を無抵抗で受け入れていた。
先日のスライムのような柔らかな感覚とは違い、明らかな弾力と突起によるランダムな刺激。それがクーの身体を振るえせていた。ヒトの身体では不可能な愛撫。そして複数の刺激。予測不可能な動きには抵抗の仕方などできやしない。
(あーしのプライドとかそーいうのが、触手でぬるぬるを塗られるたびに剥がされていっちゃう……)
(もう、ダメ……こんなの抵抗なんか、出来ない……。あーし、このおじーちゃんにカイハツされていっちゃうんだ……)
楽観的ともいえるクーだが、それでも何もできなくなっていくのは理解していた。否、理解させられていた。最初は抵抗していたがその体力も気力も尽き、どうしようもない。相手はクーの弱点を効率的についてくるのだ。抵抗などできるはずがない。
今まで大丈夫と信じていた心の防壁は次々と剥がされ、何も守りがない状態で攻められていく。自分が何もできない存在であることを散々教えられるように、上下関係を刻まれていく。
それでも――
「姫、貴方が望むのなら最高の待遇を致しましょう。ささ、一言告げるだけでいいのです。ワシの研究に協力する。そういえばよろしいのですぞ」
それでも、最後の一線はクー自らで越えろと言う。自ら降伏し、老人の知識と技術に屈しろと。最後の最後のプライドを砕き、クーというアラクネの尊厳をも屈服させようと。
それは数多の動物を屈服させた合成獣作成者の<調教>スキル。相手の心を完全に砕き、自らに従順な存在を作るためのスキル。高ランクのスキルは知性ある魔物にも通じるだろう。
「ゃ、あ……あーしは、ヤなの……」
息絶え絶えにクーは拒否する。それは打ち寄せる波に残った最後の砂の防壁。だがそれもあと一押しで崩れ去るだろう。
その一押しを、老人は知っていた。
「あのエリック・ホワイトとかいう蟲使いの事ですかな?」
「な……んで、んきゅ、エリっちの事、知ってる、ッの……よ」
「それはもちろん調べましたからな。姫の住処を知れば自然とあの男の事も調べがつきます。最初は姫が籠絡したのだと思ってましたが、まさか蟲使いに使われているとは」
アルフォンソは地下研究所で出会ったクーの顔を多数の合成獣に探させ、その居場所を見つけたのだ。それから独自に調査を続け、エリックの事も調べがついていた。
「聞けば万年Eランクの失敗続き。役立たずの蟲使い。姫を手に入れられたのも、ただの偶然。蟲使いスキルで命令されて付き添っているようで悲しいですぞ」
「…………ぁ」
「いまも彼は姫を奪われ、うずくまっている模様。泣き叫んで情けないですなぁ。所詮姫がいないと何もできない蟲使い。無力に打ちひしがれて惨めに帰っていくじゃろう。
ご安心を、姫。あの男にかけられた<命令>系スキルはワシが作った香油で無事取り除けますぞ。エーテルにまで染みわたるよう設定さておりますので、そういったスキルの影響も取り除けます。あんな男のことなど、きれいさっぱり洗い流してくれますぞ!」
合成獣を通じて監視をしているのだろうアルフォンソは、クーを前に熱狂していた。クーの価値を下げるつまらない存在を払った喜び。これでアラクネは鎖を解かれ、自由になるのだ。その開放感があった。
「A-クラスの実力を封じられ、さぞ苦しかったでしょうな。ええ、わかりますとも。自由を封じられ、つまらない男の欲に付き合わされて。
ですがワシは違う! 姫の魅力を最大限まで生かし、姫の能力を極限まで奮わせましょう! 手始めにはこの街を制覇し、王都を攻める。そうして合成獣軍による獣軍勢を擁立し、ファルディアナ大陸に新たな勢力を――」
「笑うわ。……アンタ、ふぁ……エリっちの事、何も、んんっ、わかってない……!」
もだえ苦しみながら、クーははっきりと告げる。
絶望的な状況で最後の意地にすがるような状況でも。そのすがっている拠り所を誇るように。
「エリっちは……諦めない、よ……。絶対、来てくれる……!」
「……ふん。どうやってここを調べるのですかな? あの男対策を含めての蟲避けされた空間ですぞ。それに来たところで、ワシの合成獣に勝てるスキルもないのに――」
「それでも、エリっちは、助けに来てくれる……。エリっちは、確かに、弱いよ。転んで、泣いて、苦しんで……でも諦めない……!
あーしがアラクネだからとか、戦闘に使えるからとか、そんな理由じゃない。エリっちは、あーしを助けに来てくれるって、信じてる……!」
だから、自分も諦めない。
体中悲鳴を上げて屈服しそうな状況でも、クーはエリックのことを思ってほほ笑んでいた。
◆ ◇ ◆
「では拙者はこれにて」
手をあげてマツカゼは別れを告げる。
「ホワイト殿はクー殿の救出に向かう模様。拙者はアラクネと思われるクモの毒と拘束を受けに行く故に、ここで別れるのが道理かと」
「ええと……道分かるの?」
「いや。しかし糸に注意して進めばなんとか。元より捜索するつもりだったので準備に抜かりはござら……ゴバァ!」
口から血を吐くマツカゼ。道具の準備は万端だったかもしれないが、自身の状態管理はそうではない。毒と呪いのダブルスリップダメージでかなり疲弊していた。
「あの、無理せず帰ったらどうです? その状況で戦うとか。後拘束されたりさらに毒を受けたりとか危険なんですけど」
「心配ご無用。これも修行ゆえに」
「あー……じゃあ道を教えますね。そこを右に曲がって、真っ直ぐいった三つ目の角を左です」
「おお、かたじけない。ではご武運を」
言ってマツカゼはエリックの言われた道を進んでいく。
(ごめんなさいマツカゼさん)
心の中で謝罪して、エリックは進む。
マツカゼが進んだ方向とは反対の道へ。




