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「それに大将は――」

「山」

「川」


 聞こえてきた言葉に答えを返した瞬間、ネイラは転移を終える。空間を渡った奇妙な感覚に僅かな酔いを感じながら円形のテーブルの一つに座った。


「来たか、森の聖人」

「集まったのは……四名だけか。『氷』『土』そして『風』(オレ)だけ」

「仕方ねぇ。捕まえたってならともかく、取り逃がしたんなら集まるだけ無駄だ。報告を聞くより、周辺探った方がいいだろうが」

「人の悪意や夢に紛れる色欲系の悪魔だぜ。簡単に見つかるかってーの」


 最後のセリフはネイラのものだ。ネイラは集まった聖人セイント達を見る。

『氷の聖人』……北方を守護する氷山フリーズンドワーフ。

『土の聖人』……大地を守護するリザードマン。

『風の聖人』……空を飛び交い、死者の魂を導くヴァルキリー。

 そして『森の聖人』……ネイラ。


「由々しき事態だな。悪魔がこちらに手を出しているのに、聖人同士連携が取れないというのは」

「我らは自然の力を預かりし八名の星の代表者。その力をもって世界を汚そうとする邪神のたくらみを止めねばならぬのに」

「異世界から来た十二人の勇者は……この地を守るつもりはないのだろうな。女に田舎籠りにと好き勝手やってるみたいだ」

「けっ、ここにいないヤツや根性のない神の使いはどうでもいいんだよ!」


 ずれそうになる会議を強引に戻すネイラ。実際、ここにいない聖人や勇者などどうでもいい。今いる聖人にだけでも話をしなくては。


「とはいえ、ほとんど連絡した通りだ。エンプーサは逃した。こいつはオレの落ち度だ」

「いや、聞くべきことはある。同行した相手のことだ。蟲使いと、アラクネと聞いたが」

「アラクネ? 地獄の門に住む蜘蛛の事か。エンプーサのスパイではないか?」

「そもそもなぜ蟲使いなんだ? 悪魔に相対するには力不足にもほどがある。一般人と変わらないではないか」

「メンツを厳選すれば勝てたのではないか? 確かオータム付近には『かまどの勇者』と『豊潤の勇者』がいたはず。戦闘向きではないが神の祝福持ち。その二人なら――」

「待て。『かまどの勇者』は流石に戦闘には向かない。少し遠いが『狂乱の勇者』なら対抗は――」

「おい、お前ら黙って聞いてりゃ言いたい放題だな」


 机を叩き、ネイラは他の聖人セイントの意見を黙らせる。


「あの蜘蛛女がスパイ? はっ! あんな色ボケにそんな真似が務まるかってんだ! 大将事街中の人を喰った方がエーテル回復量が多いのに、そうせずに男に尽くされてる女が人を売るような真似するかってーの! 節穴かてめーらの目は!」


 戦友ともを侮辱された怒りからか、ネイラの言葉に遠慮はなかった。


「それに大将は――」


◆     ◇     ◆


「……はぁ……はぁ……!」


 クーが連れていかれて、三分――エリックはその場にうずくまり、荒く呼吸を繰り返していた。


「ホワイト殿。追わないのでござるか。可能性は薄いが少しでも動いた方が」

「捜索なら……してます……!」

「おお、先ほど言っていた蟲との同調か。成程それなら下水中に目があるも同然。相手はすぐに――」

「見つけられない……!」


 血を吐くように、エリックはそれを認める。

 このやり方では、クーを見つけることが出来ないと。


「相手は、対虫用のお香を持っているんだ。虫はそれを避けるから、虫の目では見つける事が出来ない……!

 いいや、仮に見つけても……僕には何もできない。あの合成獣キマイラの力に対抗する手段なんてない……!」


 考えれば考えるほど、自分に出来ることが何もないことを気付かされる。それでも思考を止めずにいても、すぐに袋小路に追い込まれてしまう。


「クーを見つけても、助ける手段がない! クーに頼ってばかりの僕は、何もできない! ネイラもいない……! 失敗ばかりの僕に、出来る事なんてない……!

 僕は……役立たずの蟲使いだから……!」


 それはエリック・ホワイトにかけられた呪いだ。力がないことではなく、力がないという事を身に染みている人生そのもの。

 ジョブの特性的に戦えない事。自分には何もできないという事。クーがいないだけで、何もできなくなってしまう自分。

 冒険者ならまず負ける事はないゴブリンにすら勝てず、一般的な魔法も使えず、薬草集めすらまともにできず、出来る事と言えば虫を使った嫌がらせ程度で、大事な人をさらわれて、どうすることが出来ない――


『お前は役立たずの蟲使いだ』

『気持ち悪い』

『台所に出た虫はエリックの仕業じゃないか?』

『ほら、スキルで反撃して見ろよ』

『お前のようなヤツが身内に居るなんて』

『クズ』


 反論できなかった。正確には反論しようとしても何もできない事を教えられた。肉体的に、精神的に、社会的に。できないできないできない。お前は何もできない。何も得ることはできない。そうやって無様にうずくまるのがお似合いだ。

 力が抜ける。どうしようもない現実。過去という鎖がエリックを縛る。何もできない役立たず。その言葉を否定することが出来ない。振り払えない。


「先も申したが――」


 そんなエリックにマツカゼが声をかける。エリックは耳を塞ぎたくなった。


(やめて。同情なんていらない。優しい言葉は空しいだけだ。慰みなんて聞かされたって現実は変わらない。僅かな可能性にかけるとか、そんな希望はもう辛いだけ――!)


「万全で挑めることなど、人生において少ないでござる。

 故に苦しみながら進むことに慣れなければこの先大変だから、拙者はあえて変調を受けて戦っている。

 ホワイト殿は拙者の知らぬ過去があるようだ。それは苦しかろう。辛かろう。それは拙者ではうかがい知れないホワイト殿のみの苦しみだ。だれも取り除くことなどできやしない。

 だから、そのまま歩むしかないでござる」


 それは――同情でもなく優しくもなく慰みでもなく。僅かな希望にかけるといった楽観でもなく。


「苦しみながら、歩けてっこと……?」

「無論、そうしてうずくまってもよし。我が身は可愛かろう。戦って勝てない相手に挑むのは勇気ではなく無謀。それは確かでござる。

 どうするかを決めるのは、ホワイト殿でござるよ」


 ただの突き放しだった。それはどうしようもないことだから、お前が判断しろと。

 ああ、そうだ。当たり前じゃないか。都合のいい奇跡なんてない。空から助けが降ってくるわけがない。祈っていても神様は助けてくれない。今ここにあるのは、エリックの力のみなのだ。戦うも、逃げるも、それを決めるのは今ここにいるエリックしかいないのだ。

 どうするか? どうしたいか? そんなことは、決まってる。逃げたいのなら既に逃げている。こうして無力を嘆いていること自体が、答えなのだ。


『誰かを助けるのが、冒険者だからね』

『……エリっちが、誰かを見捨てるわけないじゃない……』


 状況は何も変わっていない。何もできないなんて、わかり切っているけど――

 足に力を入れるには、十分だった。


◆     ◇     ◆


「それに大将は、腕力も魔力もないのにあの悪魔からオレ等を守るために逃げずに戦ったんだ。

 その漢気を力不足なんて、ぜってーに言わせねぇ!」


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