「相手が虫なら僕のスキルは通じるけど」
「ホワイト様、貴方にこの依頼を受けてもらいます」
事務員に呼び出されたエリックは、差し出された一枚の羊皮紙を見る。冒険者の掲示板に張り出される依頼書だ。
通常は掲示板に張り出されている紙を事務員にもっていき、依頼の応対をするのだが稀に依頼主から指定されて特定の冒険者に依頼が行くことがある。そういった冒険者は高名か訳ありかだ。エリックのような万年Eランクの蟲使いにそんな指定が来るはずがない。
「巨大カマキリの駆除……D+ランク?」
「はい。ファーガスト氏の別荘に巨大なカマキリがいるようなので、その駆除をお願いします」
「あの、Dランクって書いてますよ。またカインとかDランク依頼が受けられる人をつけて貰るんですか?」
「いいえ。ギルドからはエリック様お一人です」
「お一人、って……」
Dランク依頼。護衛など軽い戦闘が必要な可能性がある場合につくランク付けだ。大雑把だが、Dランク冒険者4名ほどのパーティでこなすことが出来るだろう依頼となる。
言うまでもない話だが、戦闘能力のないEランク冒険者のエリックが受けていい依頼ではない。だが――
「相手が虫系なので、何ら問題はないとみなしました。一般的なジャイアントマンティスはD+ランクですが蟲使いスキルの対象かと」
「確かに相手が虫なら僕のスキルは通じるけど」
それに関してはクーやネイラのカブトムシで実証済みだ。
蟲使いスキルの場合『相手を認識して』『このスキルを使う』と意識するだけで発動する。炎や氷を放出するような『当てる』動作がいらないのは大きい。
逆に言えば、相手を認識する前にスキルが使用できない状態になればアウトだ。そこさえ注意すれば問題はない。
「戦闘行為は必須ではなく、最悪館から追い出せばいいとの事です」
「それは……気が楽かな」
「館の管理人の情報によると、カマキリは3体。大きさは2mほどとか。
性格は獰猛。駆除に向かったファーガスト氏の私兵10名が返り討ちにあった模様です」
「全然気楽じゃない……」
おそらく戦士系だろう一グループを返り討ちにするというのは、流石に恐ろしい。
不意打ちさえ受けなければいい。そうと分かっていてもあまり気乗りがしないのは確かだ。エリックはこの話を断ろうと――
「ところで、お連れの方はかなりお酒が入っているようですが」
「……え?」
「あの代金はお支払い可能ですか?」
後ろを振り向くエリック。ネイラとクーがジョッキを重ね、盛り上がっていた。ネイラの前には酒のアテなのか肉料理まである。
「…………えー」
「仕事に好意的でない方にツケを認める余裕は、当ギルドにはありませんので」
「そーですね」
「それとこれは余計なことかもしれませんが、ハーレム管理なども甲斐性の一環かと。経済面ではなく精神的に安堵させてあげるのも大事かと」
「ハーレム……別にそういう仲じゃない……かな?」
クーとネイラの方を見て、肩をすくめるエリック。あの二人を『自分の女』と言い張れる自信はなかった。月とすっぽんだ。
「同じ部屋で寝食を共にしているという情報がありますが」
「そ、それは色々と成り行きと言うか……」
「成程。でしたらあのお二人を酒代分働かせても問題ありませんね。短期間で高額の店を紹介します」
「……それ、いかがわしい店とかじゃない?」
「ええ。ですがそういう仲ではないなら、問題ないのでは?」
そこまで言われて、エリックは押し黙る。その言葉にイエスと頷くことはできなかった。
それが答えではないですか? と言いたげに受付は咳払いした後に、話のまとめに入った。
「話を戻しますが、依頼の方はどうなされます?」
「はい、受けさせてもらいます」
「ありがとうございます。とりあえず今日の飲み代は依頼料から引く形で処理させてもらいます。
明日現地に向かってもらいます。ファーガスト氏に移動用の馬車を用意してもらいますので、今日は準備等を終わらせてゆっくり休んでください」
財布の中を確認するまでもなく、エリックの返事は決まっていた。依頼書にサインをした後に、二人がいるテーブルにやってくる。
「よう、大将!」
「エリっちおかえりー!」
「……あー。どれだけ飲み食いしてたの?」
さっき見た時よりも増えているジョッキの数。そして料理の数。
「やっぱ焼いた肉はうめーぜ! 塩とか森にないからなぁ!」
「ごきゅごきゅ。エリっちも飲めー!」
「あー、もう。完全に出来上がってるなぁ」
何かを言おうと思ったけどその気も失せるエリック。お酒で楽しそうになっている二人を見ると、さっきまでのやり取りのストレスが吹き飛んだ気がする。
エリックは受け取った依頼書を見せながら、さっきまで受付とした会話を二人に説明する。――酒代とかハーレムとかいかがわしい店の話は除いて。
「でっかいカマキリか。楽勝楽勝! オレ一人でも勝てるぜ!」
「きゃー。すごーい。じゃああーしとエリっちは外でおべんとう食べてるから頑張ってねー」
「いや、そういうわけにはいかないし」
――とはいえ、エリックもネイラやクーが巨大カマキリに負けるとは思っていない。片やアラクネ。片やそれに対抗できるほどの格闘家。エリックも蟲使いと言うジョブがでカマキリに相性がいいこともある。負ける要素は見られなかった。
「受けてみろ蜘蛛女、これがトーローケンだ!」
「あはははは。かまきりー。エリっちみて、あのエルフ。カマキリのまねー。ツボった!」
「……ない、よね?」
酔ってカマキリのマネをするネイラとそれを見て笑うクー。それを見て、少し不安になるエリックであった。




