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「だからイイよ。あーしのカラダ、好きにしても」

 山道を歩くコツはいくつかある。

 だが第一に装備を怠らないという事が大事だろう。凹凸の多い獣道を歩くための靴。枝葉を斬るための刃物。そしてもしもの時に備えてのロープ。携帯用の食糧。上げていけばキリがない。


「そうなんだー。エリっち仕事でここに来たんだ。たいへーん」


 少なくとも、シャツと太ももを露出させたスカートと靴で来るのは無謀といえよう。エリックはついてくるクーの格好を見てそんなことを思った。


(まあ、相手はアラクネ。人間の基準で考えることが間違っているんだろうけど)


 改めてクーのことを考える。

 アラクネ。彼女はクモの能力を持つモンスターである。

 今は人間の格好をしているが、一般的に言われているアラクネの姿は上半身が女性、下半身が八本足のクモの姿である。クモの糸を吐いて相手を拘束し、そして食らうと言われている。


「あの……クーさん?」

「もー、エリっちとあーしの仲なんだから、呼び捨てでいいわよ」


 クーは手をぱたぱたと振りながらあっけらかんと言う。その姿は少女のようであり、とても人を喰らう魔物とは思えない。

 それでも聞かなくてはいけない。自分の身の安全のために。エリックは意を決して――そしてできるだけ機嫌をそこねないように口を開く。


「ええ……じゃあ、クー……? その、なんでついて来てるの?」

「ついてきちゃダメなの? もしかしてあーしにいえないヤラしい場所がこの先にあるのね。いやん!」

「ないから! じゃなくて、その……僕の後をついて来て何をするつもりなの? ええと、もしかして食べるつもり……?」


 言った。

 この答え次第で、全力で逃げる必要がある。周囲を確認し、何とか致命傷にならなさそうな斜面を見つけた。あそこまで走って飛び込めば、おそらくは助かる……かもしれない。

 心臓の音がうるさい。つばを飲み込み、相手の動きを見やる。

 クーは両手を頬に当て、恥ずかしそうに口を開いた。


「えー。あーしに食べられたいの? もー、エリっちのえっちっち!」

「え、えっちぃ?」

「んふふー。あーしはいいよ。エリっちに癒してもらったお礼、シテあげないといけないもんね」


 言って体を寄せてくるクー。

 エリックの腕に絡みつき、ふくよかな胸を押し当てる。その感覚がエリックの心臓をさらに跳ね上げた。こちらを見るクーの吐息が熱くエリックの頬を刺激する。少し距離を近づければ、そのまま口が触れそうなそんな距離。クーは物欲しそうな熱い視線でエリックを見ている。

 あれ? なんか違う意味で食べるとか言ってないこの子!? エリックはクーを振り払って、一歩引いてから問い詰める。


「じゃなくて! ええと……本当になんでついて来てるの? もう元気になったんだし、僕に用はないんじゃないの?」

「んー。それなんだけど、まだ全快ってわけじゃないの。もっとシテ欲しいなー、っていうのが本音」

「その言い方はやめて……って、そんな理由?」

「それもあるけど、ここまで治してもらったお礼もしたいし。だからイイよ。あーしのカラダ、好きにしても」

「しません! ……まあ、癒すのはいいよ」

「やりぃ! あ、エリっちの仕事優先でよきよきよ。ヤババな状態は治ったし」


 上手く誤魔化されたかも、そう思いながらもエリックはついてくるクーを追いはらう事はできなかった。

 見た目はエリックと同等か少し年下の褐色少女。スキンシップ過多だが、ぐいぐい距離を詰めてくるタイプの女性。その態度に心の壁が緩んだ……というのは確かにある。その、さっきのは柔らかかったなぁ、と頬が緩むぐらいは許してほしい。

 だけど最大の理由は、


(僕のスキルで喜んでくれるのは、すこし救われた気がする)


 これまで散々罵倒されてきた蟲使いと言う存在。

 冒険者仲間からは弱く無様だと言われ、世間では虫にしか使えないゴミジョブと卑下され。それがこんな形で喜んでもらえるというのは、エリックの人生の中では初めてだった。


(うん、まあ、相手が魔物モンスターだからなんだけど)


 人と魔物は相容れない。

 それは魔物が人を襲う事に起因する。全ての魔物がそうと言うわけではないが、それでも魔物が人を襲うという事実があり、人間もその為に戦うという事実もある。互いが互いを敵視し、歩み寄る空気ではない。


「ねー。ハクショクなんとかってこれのことー?」


 だが、魔物クー人間エリックに歩み寄っている。少なくとも、今のところは。もしかしたらそれが彼女のやり方なのかもしれないけど。


「そうそう。大事なのは傘の部分だから根元から切ってこの箱の中に――」

「えい」

「切ってって言ったのにー!」

「あははははー。ごめんごめん」


 悪びれなく笑うクー。まあ一つぐらいなら粗雑に扱っても大丈夫なのだが。

 エリックはハクショクカラカサを採取し、一休みとばかりにスキルを使ってクーを癒す。


「んっ……そこ、もっとぉ……」

「その、そういう声出すの、やめてくれない? なんていうか、色々困るんで」

「だってぇ、エリっちの、きもちいいんだもぉん……もっと、もっとちょうだぁい」

「治癒術をだよね! 分かってるから!」


 色々勘違いしそうになるクーの艶めかしい吐息を、無理やり理性で聞かないふりをして治癒を続ける。


「所で聞きたいことがあるんだけど、なんであんなところで倒れてたの?」

「ああ、ああああん。気持ちよくて、ヘンになるぅ……って、答えないとダメ?」

「駄目じゃないけど……危険なら早く依頼終わらせて離れないと。クーも危ないでしょう?」

「…………」


 エリックの言葉にクーはきょとんとした顔をして、


「ふふ、あーしの心配してくれるんだ」

「そりゃあんな大怪我してたんだし……まあ、僕も危険なら避けたいんだけど」

「ふつーは自分の心配が先だよ。ほーんと、エリっちってヘンなの」


 言ってくすぐったそうにクーは微笑んだ。


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