「ふん。精々ヤツの盾になる事ですね」
幸運なニュースと不幸なニュースの二つがある、なんてフレーズをエリックは思い出していた。今の状況も概ねそんな感じだ。
先ず幸運な事として、カイン達はクーがアラクネになった場面を見ていない事だ。ずっと気を失っていたらしく、目が覚めた時にバスターヘラクレスがいなくなって悔しがっていた。
「誓いによる強化か。くそ、次に会ったときは……いてて!」
そして不幸な事というのは、バスターヘラクレスの攻撃でカイン達は戦線離脱を余儀なくされたことだ。骨までダメージを受けて、しばらく療養が必要のようだ。カーマとアリサのダメージはそこまで深くはないため、カインを連れてオータムまで帰ることになる。
「そんな!? 困ります!」
それに猛反対したのは雇い主のドーマンだ。途中で離脱された怒り自体は当たり前といえば当たり前だが、現状カイン達は護衛としては何の役にも立たない状態だ。治療のために戻るのが正しい選択である。
「すみません。ですがこのような状況が起こった場合は人命優先と契約書に書かれています。違約金などはそれに従いお払いしますので」
冒険者ギルドが商人と冒険者を仲立ちするメリットは、トラブル回避である。冒険者の仕事が危険を伴う以上、何かしらの不具合は生じる。その際に起きるトラブルを可能な限り被害なく収めるのもギルドの仕事なのだ。
事前にドーマンに確認してもらった契約書もその一部。『護衛中の戦闘行為の結果、護衛続行が不可能いなった場合は離脱させる』と言った旨の文章と、それにともなう違約金が書かれてある。
なら仕方ない、とドーマンの怒りが収まるわけでもない。
「護衛に残るのが蟲使い!? 虫けら如きのEランクに何が出来るというのですか!? 私はこんな役立たずどもにお金を払うつもりはありません!」
残った護衛はエリックとクーのみ。クーは正規の冒険者ギルド員ではなく、ギルド内最弱のEランク冒険者エリックの連れ添いだ。ドーマンが彼女をエリックと同列に見る事自体は、已む無きことである。
「ちょっと、言うに事欠いて役立たずはもぎゅ」
「お怒りはごもっともですが、現状それ以外の選択肢がないのも事実です。どうか怒りを収めて……」
「ふん。精々ヤツの盾になる事ですね」
何か言いかけたクーの口を手で塞ぎ、頭を下げるエリック。ドーマンは吐き捨てる様に言って、背を向ける。
「ところで一つ聞きたいことがあるんですが。
『ヤツ』と面識でもあるのですか?」
エリックの質問に、ドーマンは体を震わせる。
バスターヘラクレスの報告はドーマンに済ませてある。名前や格好、言動やまでもだ。誓いに関してはまだ推測だから口にはしないが。
「何故、そう思うのですか?」
「いいえ。最初にバスターヘラクレスは『罪深き人間』と言っていました。もしかして、バスターヘラクレスは特定の罪人を探しているのかも、と」
「それがわたしだと言いたいのですか?」
「いいえ。もし知っているのなら何か情報があれば、と。
人間に恨みを持つエルフは珍しくありません。ただの逆恨みでこの馬車が狙われているのでしょうね。失礼しました」
「ふん! 礼儀を知らない蟲使いが!」
今度こそ、怒りのままに去っていくドーマン。その背中が完全に消えなくなってから、エリックは頭をあげた。
「なにあれなにあれなにあれ! 護ってやるって言ってるのにあの態度!」
「まあ今のは確かにこっちも失礼だったからね。貴方罪を犯してませんか、って言ったようなものだし」
「最初に喧嘩売ったのは向こうじゃないの! あー、もう! エリっちも何か言い返せばよかったのに!」
「聞きたいことは聞けたからね」
「ききたいこと?」
おうむ返しに聞いてくるクーに、エリックは頷いてから問う。
「クーは『突如ポーズを決めて現れた黒い甲冑が暴れまわり、その正体がエルフで捨て台詞はいて帰っていった』って聞いたらどう思う?」
「パキってるんじゃね、って思う」
「うわぁ、クーえぐい。ともあれ度合いはともあれ普通は信じないよね。
でもドーマンさんはそんな素振りもなく『ヤツ』呼ばわりしてた。という事は、やっぱり何か面識があるんだと思う」
「本人ないって言ってたけど? パチこいたってこと?」
「知られたくないことがあるんだろうね。それが何かは解らないけど、バスターヘラクレスはドーマンさん襲いに来たんじゃないかな?」
「ふーん……で、エリっちはどうするの? 黒いのとパチおっさんとどっち寄り?」
クーが言いたいことはエリックも理解できた。
冒険者としての依頼は『ドーマンの馬車を守る』ことだ。それにはバスターヘラクレスを追い返す必要がある。
バスターヘラクレスがこちらを追う目的が分かれば、そこから妥協点を見つけ出せるかもしれない。だがあの様子ではドーマンはそれを頑として教えないだろう。
このままだとまたバスターヘラクレスはやってくる。そうなるとエリックの取れる手立てはクーを戦わせるしかない。人間状態のままだと昨日の二の舞。アラクネ状態になれば勝ち目はある――のだが、誰かに見られる可能性がある以上はあまり切りたくないカードだ。幸運が二度と続くとは思わない。
となれば――
「バスターヘラクレスが追う理由を調べて、なんとか帰ってもらう……のがいいと思う」
「ふーん、出来るの?」
「出来……るかなぁ? とにかくドーマンさんがバスターヘラクレスに何故追われてるかが分からないと何とも。まあその辺りは当たって砕けるしかないか」
――そして夜が来る。
「バスターヘラクレス、見参!」
宣誓ともに、バスターヘラクレスが降り立った。




