「へ? なんで?」
「次はお前らだ」
エリックとクーを指さすバスターヘラクレス。
「へ? なんで?」
その挑発を、クーは首をかしげて受け流した。
「怖気づいたか。ならそこをどけ」
「んー、怖くはないけど。波にノレないっていうかさげぽよっていうか」
「…………」
「……クー」
あくまでマイペースなクーに、エリックはなんと言っていいのか迷っていた。
それはバスターヘラクレスも同じなのか、指を指したポーズのまま動かずにいる。
「だーかーらー。あーしはエリっちと旅行な感じだったのよ。めんでぃ奴らと一緒っていうのはおこだったけど!」
「いや、僕は仕事なんだけどね。馬車護衛の」
「んなの元々あの俺様系が受けたんだから。エリっちの責任はないないじゃね?
あ、でもエリっちがどーしても、って言うのなら戦ってあげてもいいかな」
にこにこしながら問いかけるクーに、たっぷり5秒葛藤してエリックは口を開いた。
「……どーしてもくーにたたかってほしいです」
「『きゃわいい』とかいってほしーなー。ほしーなー」
「きゃわいいくーにたたかってほしいです」
「きゃー。じゃあ、しょうがないわねー。じゃあ来なさい、パスタパスタ!」
「バスターヘラクレスだ!」
律儀に突っ込みを返すバスターヘラクレス。そのままバク転して距離を取り、しゃがみこむような格好で両手を地に着けた。
「罪深き人間達! 汝らの罪に鉄槌を下そう!」
「あーし人間じゃないんだけど」
「しー。そういう事を口にしちゃダメ」
バスターヘラクレスの口上に応えるクー。小声でツッコむエリック。
幸か不幸かその声は聞こえなかったようだ。バスターヘラクレスは足に力を込め、一気に突撃してくる。
『邪我亜濃斗・全力全身!』
黒の弾丸は一直線にクーに向かって迫る。だがその突撃は――
『あーしの糸は地獄にだって届くんだから!』
突撃と同時に放たれたクーの糸が絡まり、勢いを弱める。
「無駄無駄。そんな突撃、糸で絡めておしまいなの。バスバスちゃんわかりみ?」
「だからッ、バスターッ、ヘラクレスッ、だぁああああああああああ!」
「……マジ! まだ動けるの!? マ!?」
だがバスターヘラクレスの動きは止まらず。
真っ直ぐに進むことで糸は少しずつ千切れ、バスターヘラクレスの拘束は解かれていく。ジャガーノートのジョブに恥じない突破法だ。
「やばばだわ、エリっち。マジおわたっぽい」
「え? え? どういう事?」
「んー……これ以上強く糸出すのは無理っぽい。<変身>解除したらいけるけど、やる?」
「駄目駄目! 誰が見てるかわからないんだし! <変身>解除解除はなし! でもええと……つまり今のままだと……糸ちぎられちゃう?」
「ちゃう。ちゃうちゃう」
頷くクーと同時に、バスターヘラクレスは完全に糸をちぎって拘束から脱した。かなりの体力を使ったのか、肩で息をしながらこちらを指差す。
「なかなかやるな、貴様! だがこのバスターヘラクレスのパワーの前には無力だと知れ!」
「……かなり疲れてるみたいだけど、今糸出せる?」
「無理無理。あーしもバテバテだし」
バスターヘラクレスが息切れするように、アラクネの<糸作製>にも限度がある。許容範囲以上の糸を吐きだしてしまえば、新たに糸を作るのは時間がかかるのだ。
人間状態のクーは、それでも並の糸使いなど比較にならない技量を有している。だが魔物としての力を全開放している状態ではない。
「でもエリっちが<治癒>してくれればいけるかも? ああん、でも人前であんなことするなんて、エリっちのえっちっち」
「治療行為だからね!? いや、その、あれは……うん。確かに恥ずかしい」
「別れの挨拶は終わったか? ならば覚悟しろ!」
会話の終わりを律儀に待ってくれたバスターヘラクレス。その腕が振り上げられる。鉄を思わせる黒い拳。
(あ。これ避けらんない)
クーはどこか冷静にそれを理解していた。避けようとする前に拳はクーを打つだろう。痛いだろうなぁ、とどこか他人事のように思っていた。まあ殺されるようなことはないだろう。もしそうなれば糸を使って離脱すれば――
「何っ!?」
だが拳がクーに届くよりも先に、それを邪魔する者がいた。
「エリっち!?」
「クー、今のうちに逃げて――」
エリックがバスターヘラクレスの腰にタックルし、その動きを止めようとしていた。
無駄だ。それは誰もが分かっていることだ。カインの暴風を真正面から打ち砕き、クーの糸を引きちぎる重戦車のパワーを前に、何の力のないエリックが体当たりを仕掛けても何の意味もない。
腕の一振りで払われて終わり。あるいはそのまま弾き飛ばされてしまう。どちらにせよ、ただでは済まない。
「邪魔だ」
バスターヘラクレスは腰に抱き着いたエリックに肘を叩き込む。その一撃で力が緩んだエリックの服を掴み、振り払うように投げ捨てた。無造作な動作だが、重戦車の力で投げられて受け身を取らすに転がれば、どうなるかわかったものではない。
「もう、エリっちのバカ!」
クーの指から糸が伸びる。網目状に伸びた糸が投げられたエリックに絡みつき、運動エネルギーを全て吸収する。柔らかく地面に転がり、安堵するクー。
「貴様、魔物か」
バスターヘラクレスの声が低くクーに届く。
人間状態ではしばらく糸を出すことが出来ないかったクーが、今糸を出せた理由は明白だ。とっさに<変身>を解除し、アラクネ状態になったからである。
下半身が蜘蛛の状態を、バスターヘラクレスはしっかりとみていた。
「そーよ。なんか文句ある?」
「いや。むしろ都合がいい。『誓い《オース》』をもうひとt……【第三の誓いの破棄を確認。融合状態を解除する】……はぁ!?」
開き直って問いかけるクーだが、突如相手が困惑したように叫ぶ。声の中に別の声が混じっている。そんな感じだ。
そしてバスターヘラクレスが一瞬光ったかと思うと、次の瞬間そこにいるのは少しか細い女性だった。特徴的にピンとたった長い耳。格闘技用に作られた動きやすそうな服。
森の住民エルフ。この世界の人間ならほぼすべてがその姿をそう評する。森にすむ狩人にして賢人。自然を尊び、文明から離れた種族。不老不死と噂され、神に最も近いとされる存在。
「ちょ……! 【第三の誓い】って……おい、あの男は強くなかったのかよ!?
かーっ、弱っちいのにケンカに出てくんじゃねぇよ!」
その気品や知性は、目の前のエルフからは全く感じ取ることはできなかった。




