オータムの冒険者
かつて、オータムの街を悪魔が襲ったという事件が起きた。
悪魔エンプーサ。色欲邪神の手下の三姉妹。血と悪夢を奪う智謀の女蟷螂。
彼女はこの街の全員を眠らせ、悪夢を見せた。
ある者は自らの血液が増幅して体を包み込み、赤い騎士となってオータムの街を襲う悪鬼と化した。ある者は赤騎士に殺されてその仲間となり、ある者は赤騎士に怯えて家に縮こまっていた。
だが、ある者は剣を取って戦い、ある者は魔をもって対抗した。
その悪夢は、現実の時間にすれば数日ほど続いた。その間悪魔に生気を吸い取られていたのだが……その夢は突如破られる。
「皆さん、おはようございます! 先ずはご飯を食べましょう!」
かまどの勇者、クドーである。彼女の活躍により悪夢は消え、人々は平和な日常を取り戻したのだ。
天空教会はこの活躍に対し、名誉ある『悪魔祓い』の称号を与えようとしたが、クドーはこれを断固拒否。理由も聞いても答える気はなく、教会は最終的に断念したと言う。
「……その、本当によろしいのですか? この称号があれば多くの特権が得られるのですが」
「はい! 私はそんな物よりも、日常を取り戻す方が大事なんです!」
そういったクドーの言葉に、多くの人は感動した。クドーはその賛辞に対し『受け売りなのですけどね』と小さく呟いたと言う。
そして、街の復興が始まった。数日間止まっていた街、何故か破壊されていた一部建物。それらは悪魔の仕業であるということで修繕されることになる。
この修繕費にはファーガスト卿が多く出資し、また冒険者ギルドからも多くの寄付金が出されたと言う。街の経済を担うファーガスト卿はともかく、冒険者ギルドが寄付金を出すかはわからなかったが。
そして街は復興していく。そして――
◆ ◇ ◆
「夢だと!? いいや在りえぬ! あれは確かに存在したこと!
くぅ、誰も覚えておらぬと言うのか。口惜しい!」
アルフォンソは、オータムの町はずれにある酒場で荒れていた。
悪夢から目覚めた者の中には、それを夢だと認識しなかった者も幾人かいる。アルフォンソもその一人だ。
「偶然……と片付けるのは無理があるか。やはりあの若造が何かしたと思うべきなのだろうな。
ふん、忌々しい。その気になれば姫の能力を駆使して英雄として君臨することもできたであろうに。その全てをなかったことにするとはな」
「荒れているでござるな」
そのテーブルの正面に、流れるように座る一人の男。自然過ぎる動きが、逆に何の気配も感じさせない匠の動き。
「……間者か。何処のモノかは知らぬが、ワシを殺しに来たわけではなさそうじゃな」
「今宵はそのような無粋はせぬ。むしろ、かのアラクネを知る者として酒を酌み交わしにきた」
その男――マツカゼはいつの間にか杯を手にしていた。
「……ほう? と言う事はオヌシも姫を知っていると言う事か。あの美しい糸の芸術を」
「魔物を君臨させようとする貴殿に協力はできぬ。だがクー殿の縛りが芸術的であることは同意」
「ふ、かつてはワシもその技に魅かれておった……。よかろう、今宵は酒を酌み交わそうではないか」
「良い酒が飲めそうでござる」
こうして、色々出会ってはいけない二人の杯が、重なった。
◆ ◇ ◆
「まさかエリック・ホワイトが冥魔人じゃないなんて……」
魂状態になったエンプーサは、地獄に落ちながらそんなことを考えていた。死ぬわけではない。むしろ地獄こそ彼女のいる場所。そこに戻り、傷を癒すのだ。
魂レベルでエリック・ホワイトに同期したエンプーサは、その魂に触れてエリックが冥魔人ではないと気付いた。そう、あれは――
「あれは――『蟲使い』……世界の法則を狂わせ、自らの望むように変化できる法則崩壊のスキル……!
当人が出来ると思ったことを起こすことが出来る、世界変革者……スキルというシステムで世界を管理する神の恐れた存在!」
『蟲使い』……それは、思うだけで世界の法則を狂わせる蟲の支配者。その者が出来ると信じれば、奇跡レベルでそれが可能になる。神の定めた法則さえも、狂わせることが出来るのだ。
だが逆に『できない』と思ったことはできない。たとえ無敵の能力であったとしても『ゴブリンに勝てない』『自分は弱い』と思ってしまえばその通りになってしまうのだ。
「あーっはっはっは! 見つけましたわ、お姉様! この世界を破壊する力を! 神の支配を壊す力を!
あの男はまだそれに気づいていないけど、それに気づいてその気にさせれば――!」
そして悪魔の魂は地獄に戻る。現世に魂が戻るのは、何十年後か何百年後か。もしかしたら、運よく悪魔を召喚するものに出会い、数秒後に召喚されるかもしれない。。
彼女の知ったことが真実なのか、それともいつもの勘違いなのか。それは分からない――
◆ ◇ ◆
冒険都市オータム。
かつては交易の中心だったその街は、いつしか冒険者の需要と供給が高まりそう呼ばれることとなる。
かつて街を二度救った英雄カイン・バレッドが擁するパーティを中心とし、暴走しがちな冒険者をオリル・ファーガストが律する。そんなパワーバランスを維持しながら、街は大きく発展していった。
この街が大きく発展していったのは、都市が擁する冒険者の質――よりも、魔物の生息圏が近いにもかかわらず大きな魔物の侵攻が存在しない安全性にあった。いうなれば、冒険の需要は在れど危険性は低いと言う状態なのだ。
だが、危険の兆候が全くなかったわけではない。数か月単位でオータムを襲おうと言う魔物の動きは確かに存在したのだ。
だが、それらは全て人間の生息圏を襲う前に潰えたという。
――曰く、天を覆うほどの骸骨死竜兵の群れが糸に絡められたように止まった。
――曰く、竜巻と共に進む疾風猿神に挑む黒い甲冑の格闘家を見た。
――曰く、海魔巨龍の起こした巨大津波が、巨大な土壁に遮られた。
下手をすれば生態系や地図の形が変わるほどの魔物の行動は、全て災害となる前に消え去っていた。そして誰がそれに対応したのか、まるで分らなかった。
これらの事に対し、都市に長期滞在していた勇者クドーは、
「知りません!
きっと人助けが好きな冒険者さんが、頑張ったんでしょう!」
と、自分ではない事だけは明らかにしているのだがそれが誰なのかは『知らない』を貫いたと言う。
そして人助けと言えば――多くの冒険者が集うこの都市には、一つの考え方が広まっていた。
「冒険者? そりゃ、人を助けるもんだろうが」
「誰かを助けるのが、冒険者です」
報酬を貰う仕事とは別に、困っていることがあれば手を差し伸べる者達。
冒険者と言う職業に、そんな考えを持つ者の割合が増えてきていた――




