後編1
上司のセラさんが唸ったので「どうかしたんですか」と近づいた。
「喜緑アオさんね。せめて時給を上げてあげたいんだけど獄門に却下されてねぇ」
そういえばボーナス査定の時期か。聞きもしないのに、先に「伊刀くんは中の上の評価で通ってるよ」と教えてくれた。可も不可もなくですか。それはそれは、いつもどうもです。
「あの子のどこがいけないんでしょうね」
物覚えは……ちょっと悪いかな? 作業スピードは、やや遅め? ボーッとしているときが時々ある、ドジっ子要素アリ……気配りは……度が過ぎてる場合とそうでない時の落差がヒドイ。
「協調性、積極性、行動力……うーんと、そうだねぇ……」
「まだ学生アルバイトですし。そんなに色々求められても可哀そうですよ」
男二人、顔を見合わせた。そこへ第三の顔が《オコ気味》になって割り込んできた。
「おわっ! 喜緑さん? いつの間に?!」
「いつの間にってないですよ! わたしにだって取り柄のひとつやふたつ位、ありますからっ」
聞いてたのか……。
「そうだよね、喜緑さんにだって、ある。人は何かしらの良いところが必ずある」
「……まったく反対のことを思ってる口ぶりですね!」
「ちなみに喜緑さんの得意なのは?」
たっぷり五秒は沈黙した。
「料理……とか? メチャクチャ得意なんですからっ」
嘘だな。泳いでる目と、こわばった口元を隠す手が、真実を語っていた。
「大丈夫だよ、気にするほどじゃないって」
これがいけなかった。見る間に赤くなった彼女が、ブンブン腕を振り回してわめき立てた。
「やってやりますよ! めちゃくちゃ美味しいお料理、作りますんで食べてください。お二方を唸らせる自信ありますからっ!」
そうして彼女が厨房にこもり半日ほど経過したころ、食堂に緊急招集がかかった。……業務中なんだけど。だが、ポンと僕の肩を叩いたセラさんは、どことなく楽しげだった。
結果だけ先に報告すると、彼女の料理は激マズだった。
盛り付けは完璧、だが味付けや調理はサイアク。一口目の僕たちの表情を見て瞬時に悟ったようで。二口目の箸を付けたところで彼女は「もういいです」と降参した。そして食堂から逃げ出した。
「手分けするよ、伊刀くん」
「はいっ!」
◇ ◇
喜緑さんを見つけたのは、あの、屋上に通じる昇降口だった。階段の縁に小さくなって座り込んでいた。すでに先着していたセラさんが彼女をなだめていた。
「以前聞いていたことがあったね。『屋上から飛び降りると外の世界に行けるのか』と。実は私もその答えを知らないんだよ。行こうとした者はいた。だけど戻って来た者はいない。だから知らないのさ。だから、曖昧な返事をするしかなかったんだよ」
「はぁ……」
「喜緑さん、キミは屋上で何か見たかい?」
「……クモを見ました」
「噂ではあの蜘蛛、神の使いだそうだよ。屋上から地獄に向かって糸を垂らし、這い登って来た人を天界に導く」
そんな話、僕だって初めて聞いたぞ。
「それ! ホントウなんですかっ!」
「言っただろう、噂だよ。少なくとも私は確かめていない」
「あの……それで、わたしに何か?」
失望が怒りに転換したようだ。ちょっぴり棘のある口調になった。
「確認だよ、喜緑さん。キミはまだ自分の可能性や能力を確認しきってない。自己を見詰めていない。実力を出し切っていない。私からすると、落ち込むのは早計だと思うんだがね。……そう感じないかねぇ?」
「……別に落ち込んでなんて」
「それなら良いよ。もし落ち込んでいると言うのなら、そんな暇はないよと窘めてやりたかったんだが。早合点だったよ」
「……。……はい」
そのまま喜緑さんと僕を残し、セラさんは去った。二人きりになったので、僕は思い切って彼女の横に並んで座った。
「正直言って美味しくはなかったけど嬉しかったよ。自分のために作ってくれた料理を食べれるなんて、久しぶりだったから」
「『不味かった』で結構ですから。……もういいですよ。確かにわたし、したこともないお料理を得意って言っちゃいました、反省してます。でも、出来そうだって思っちゃったんです。簡単そうだなって。やってみる、チャレンジするって大事なんですね」
だからって屋上からのダイブに挑戦なんて言わないでくれよ。などと余計な雑念が頭をかすめた。
「ところで、ここに来る前の記憶って伊刀先輩はあるんですか?」
「……どうだろ」
「わたしは無いんです。けれど、少なくとも今、わたし、何か人が楽しむことがしたいって思ってるんです。たくさんの人が楽しい、面白いって感じてくれること」
「……うん」
「例えば作家とか。自分の書いたお話で人の心を豊かにできるのって、素晴らしいとかって思いません? 楽しい、嬉しいって感じてもらえるんですよ! すごく素敵なことだってわたしは思います」
「そう、だね」
不意に黙るので振り見ると、ジッと僕を見つめていた。
「おわあっ。な、なにっ? どーしたの?!」
「……先輩。わたし、転生したかったです。魔女っ子になりたかったです。天才魔女っ子作家、ここに爆誕! そうしたかったのに、どうしてなれなかったんですか」
「え?! えっと」
「夢希望の溢れる世界で人生を送りたかったんです。……わたし、ずっとこのままなんですか?」
間近に迫る彼女の瞳から、目を逸らせられなかった。小さな息遣いまで伝わってきそうだった。でも僕にはそれにこたえる知識も、資格も、そしてひとかけらの勇気さえも無かった。
立ち上がった僕は、「仕事仕事」と単語を唱えながらソワソワと足踏みした。
「……戻りましょうか。先輩」
「ああ。戻ろう」
◇ ◇
職場復帰すると、上司が自ら陣頭に立ち、四苦八苦していた。
「頼むよ。戦線復帰してくれ」
受付に女の子が二人、並んで立っていた。同じ中学の制服を着ていたし、髪型から顔つきまでもが全く瓜二つだった。
「ふ、双子なんですね。ではお一人ずつ受付しますね」
「お兄さん、ちょっとカッコイイ。名前聞いていい?」
「その人、カノジョなんですか? 付き合ってるんですか?」
転生センター(ここ)には色んな人たちが来訪する。珍しいけどこういう性格の子たちも居ないわけじゃない。それより、二人いっぺんになんてのは滅多にない。
「何なら、お一人はわたしが対応しますんで。伊刀先輩はどちらかを」
喜緑さんの機嫌がやや悪い。さっきの僕のヘタレな態度のせいだろうな。などと気に病んでいると、双子の片方が喜緑さんをじろじろ眺めて首をかしげた。
「わたしさ」
「……何か?」
「わたしさ。この人、知ってる気がするんだけど」