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真夜中の冒険

「んぐっ!?」


 しかしその声は、すぐにその相手によって塞がれた。


「――お静かに。あまり声を上げると、抜け出したのがバレますよ」


 ローズはリヒトの後ろに回り込むと、後ろから手を回して手巾でリヒトの口を塞いだ。


 ――仮にも、自国の王子に対してなんてことをするんだ!


 リヒトは心の中で叫んだが、声にすることは出来なかった。


「……静かにしてくださいますね?」


 まるで暗殺者が刺殺対象に最後にかける温情のような、冷ややかなのにどこか優しげな声にリヒトがこくこくと頷くと、ローズは静かにリヒトから手を離した。


「ぷはっ」

 リヒトは軽く目眩がした。今日も今日とて幼馴染の行動が読めない。


「ろ、ローズ……。こんなところで何しているんだ……?」

 呼吸を整え、震える声でリヒトが尋ねれば、ローズは不機嫌そうに答えた。


「その言葉、そっくりそのままお返しします。消灯時間は過ぎているのに、何故このようなところへ?」


 ローズはリヒトの前に一歩足を踏み出した。

 今度は正面から距離を詰められ、リヒトは慌てて手を前に突き出した。


「……お……俺に近づくなっ!」

「はい?」


 リヒトに目に見えない壁のようなものを作られたように感じて、ローズは少し眉を上げた。

 リヒトは、こほんと一つ咳払いした。


「ろ、ローズ。いくらお前と俺が幼馴染とはいえ、婚約者のいる人間がこんな時間に男と二人きりというのはだな……」


 まるで娘を持つ親の説教をするリヒトに、ローズはカチンと来た。

 そもそもリヒトが寮を抜け出さなければ自分も追ってこなかったのに、何を言っているかと癪に障る。


「何を仰るかと思えばそんなことですか。話をそらすにはずいぶん稚拙なお言葉ですね。ではおたずねしますが、婚約しているときでさえ私に何もなされなかった貴方が、今更私に何を出来るというのです?」

「……」


 ローズの問いに、リヒトは答えることは出来なかった。


「危害を加えようにも、貴方は私に何もできないと思いますが」

「……」


 力の差は歴然だ。

 リヒトを封じ込めることなんて、ローズにとっては赤子の手をひねるようなもの。


「あくまで私は護衛です。この国にいる理由も、今貴方のそばにいる理由も」

「……わかってる」


 リヒトはローズから顔を背けて小さくそう漏らした。

 何故か胸が苦しくて、リヒトはローズには見えないように胸を押さえた。



「……それで。こんな時間に規則を破り部屋を抜け出してまで、リヒト様は一体何をなさりたかったのですか?」

「俺は……フィンゴットを目覚めさせたいと思っている」


 リヒトの言葉に、ローズは目を瞬かせた。


「ですが、リヒト様。本日すでにフィンゴットの卵に近寄られた際、何も起きなかったではないですか? それはフィンゴットが、あの場にいた全ての人間を、主人あるじと認めなかったからではないのですか?」

「そのことなんだが、俺はあの卵は、多分偽物だと思ってる」

「……『偽物』?」

「ああ」


 リヒトは頷いた。


「どうして、そう思われるのですか?」

「傷があったんだ」

「傷……?」


 ――それと卵が偽物だということと、なんの関係があるのだろう?

 ローズには、リヒトの言葉の意味がわからなかった。


「まああの怪談話でもそうなんだが――……もしあの石が、本当に『卵を守るために』存在するというのなら、そうそう簡単に傷つくとは考えられない。それにあの光沢や血の逸話からして、材質について思い浮かぶものが一つあるんだが、その石はこうも呼ばれているはすだ。――『身代わりの石』と」


「『身代わりの石』……」


 ローズはリヒトの言葉を繰り返した。

 水晶の王国。

 かつてその国の王妃になるために勉強してきたローズは、鉱石について学ぶ機会もあった。

 だが鉱石についての知識と、石の卵についての情報を結びつけて考えてはいなかった。

 言われてみれば、もしあの石の卵が外敵から身を守るためだとして――それがもし同じ鉱石から成っているとすれば、硬度としては弱いのかもしれない。


「ああ。そして面白いことに、逆にあの台座は、とても硬度の高い石で作られていたんだ」

「それでは重要なのは、石の卵ではなく台座のほう……ということですか?」

「ああ。俺はそう思う。だからこれから、またあそこに行きたいんだが……」


 一刻も早く向かいたい。

 目を輝かせるリヒトを見て、ローズは頷いた。


「かしこまりました」

 


 空には満天の星が輝いていた。

 暗い道を進むことは心許ないようにローズは思ったが、リヒトは昼間のうちに準備をしていたらしい。石の卵までの道には、リヒトの発明品である特殊な眼鏡をつけたときに光って見えるよう、地面に印がつけられていた。

 

「……光ってる?」


 『石の卵』の場所に辿り着いたローズは驚いた。

 夜に見る『石の卵』の台座は、月の光を浴びて、まるで発光するかのように輝いて見えたのだ。


「来てくれ。ローズ」

 リヒトはローズを手招きすると、突然台座を見上げるように寝っ転がった。

「リヒト様、一体何をなさって……?」


 ローズは顔を顰めた。


「いいから、ローズも同じようにしてみてくれ。この文字が読めるか?」


 ローズはリヒトの言葉に従い、地面に寝っ転がって台座を見上げた。

 すると、立って見ていたときとは異なり、光る文字が浮かび上がって見えた。

 ――でも。


「すいません。読めません」

 だがその言葉の意味が、ローズには分からなかった。

 少なくとも、広く知られている言語ではない。それはまるで、古代魔法の本に出てくる文字のようだった。


「ここにはこう書いてある」

 リヒトは難なくその文字を読み解いた。


「『龍は約束の木の下で眠る』」


「約束の木?」

 言葉を繰り返すローズを見て、リヒトは苦笑いした。


「……ああ。でも俺には、この意味がよくわからないんだ。おそらく本物の卵がある場所と関わりがあると思うんだが……」

「それならば、夢見草のことでしょう」

「え?」


 当然のように言ったローズに、リヒトはぽかんと口を開けた。


「『優しい王様』の約束の木です」

「『優しい王様』……?」

「もしかして、リヒト様はご存知ではないのですか?」

「俺はあまり、お伽噺なんかは聞かせてもらわなかったから……そのたぐいの話はわからないんだ」


 リヒトの母親は幼い頃に死んでいるし、彼の周りには、絵本を読み聞かせてくれるような人間はいなかった。

 そしてリヒト自身が、望んで自分から読もうともしなかった。

 リヒトの知識は欠落している。


「かくいう私も、お兄様から聞いた話ですが――」

 同い年のリヒトとローズの違う点は、それぞれの兄の下の兄弟への接し方だ。


「昔とある国にいた一人の王が、魔法で自分の人形を増やして、国民に配りました。ですが実はこの人形の動力は王様自身で、国民が人形を使いすぎたせいで、王様は死んでしまったらしいのです。その時に、王を敬愛していた彼の臣下たちは、もし生まれ変わり出会えたならば、もう一度王に仕えようと約束したそうです。そして、王様の体を埋葬したその上に一本の木が生えたことから、その木は『約束の木』と呼ばれたのだと聞いています」


 埋葬した墓の上に植物が生える。その話を聞いて、どこか屍花に似たものをリヒトは感じた。

 誰かの叶わなかった願いを果たすために、咲くという花のように。


「……夢見草が……?」


 リヒトはふむと頷いた。

 偶然にも夢見草は、学院の『春の丘』と呼ばれる場所に咲いている。


◇◆◇


「ここか」

「はい。おそらくは……」


 二人はそれから、『石の卵』の近くの『春の丘』と呼ばれる場所へと向かった。


『夢見草』

 リヒトは木を見上げた。

 その木はかつて、この世界から一度消えたという逸話の残る木だ。


 人が夢を見るのは、この木が夢を見るからだとも言われている。

 現在世界各地にあるこの木の根は地中で全て繋がっており、木は過去の記憶を保持し続け、その根の上を生きる人間に、過去の記憶を見せるという。

 夢か幻か。

 そして薄紅色のこの花は、歴史上の『変化点』で、その花を散らすとされる。


 英雄の誕生。

 偉大なる指導者の死。


 まるで喜びや哀れみから涙を流すかのように、木は花を散らした。

 樹木神話とも結び付けられた木は人々に尊ばれ、『いつき木』と今も呼ばれることがある。

 グラナトゥムの学院の夢見草は、学院の設立当初からあるらしく、神木のような巨木だった。

 木の下には解説の文が書かれた石が置かれており、石には、五つの木が彫り込まれていた。


「……あった」

 リヒトは、再び石を下から見上げた。

「ここには、こう書いてある。――『斎き木に清き花の水をかけよ』」


「『清き花の水』? とは?」

 ローズは首を傾げた。

 確実に普通使わない知識だ。


「一つ思い当たるものがある。『五色の水』と呼ばれるものだ。欝金香うっこんこうなどを用いて水に色を付けたもので、このことから花水とも呼ばれていたらしい。古い文献によると、樹木信仰のある地域では、かつて夢見草に五色の水をかけるという祭りもあっていたらしい。……少し待っていてくれ」


 リヒトはそう言うと、ガサゴソと抱えていた袋の中から、奇妙な道具を取り出した。

 それは植物の花弁が並べられたケースと、硝子製の細長い筒状の物体だった。


「それはなんですか?」

「まあ、見ていてくれ」


 リヒトは筒状の入れ物の中に花を入れると、水を注いで封をした。

 すると、一瞬で花の色が抜け、色が水の中に溶け出した。


「これは……?」

「『花の染料』って綺麗かなと思って、昔作ったんだ。ほら、紫水晶が酔った酒の神が水晶に葡萄酒をかけたことで紫に染まった、みたいな感じでさ。花の色に染まる石って、きれいかなと思って。水晶に色を混ぜて、フローライトみたいな感じとかも綺麗だろうし……」


 リヒトが話しているのは、紫水晶にまつわる逸話だ。

 リヒトの興味は昔から偏っているし、芸術の才能があるかといえば皆無だと思っていたが、国の特産物に付加価値を与えられるような研究もしていたのかと少しだけローズは感心した。


 産出量の減っているターコイズという青い石の代替品として、ハウライトという白い石を青く染めるという方法をローズは本で読んだことがあったが、リヒトの言葉からすると、白い石を青く染めるだけでなく、リヒトの魔法では透明なものに色をつけることも可能らしい。


「あっ。でもこれ、花以外でも色が抜けたことがあるから、あんまり指とかは入れないでくれ」


 硝子に顔を近付けて観察していたローズに、リヒトは慌てて言った。


「リヒト様? それは危険ではないのですか……? 以前も申し上げましたが、使い方を間違って危ないものを作るのは、お願いですからおやめください」


 非難するようなローズの言葉に、リヒトは黙って視線を逸らした。


「さて、これでどうなるか……?」


 ローズから厳しい目を向けられながら五つの花の水を作ったリヒトは、それを順々に石の中に彫られた木へとかけた。

 そして、五つ全ての木に水をかけた瞬間。

 突然石の中心に穴が開き、色のついた水を全て吸い込んだかと思うと、突然足元が揺れてリヒトは思わず地面に膝をついた。

 

「な、何が……!?」

 普段体を鍛えていないリヒトでは、立つこともままならない。


「リヒト様、おつかまりください!」

「へっ? おわ……っ!」


 そんな中、ローズはリヒトのもとに駆け寄ると、リヒトを抱きかかえたまま地面を強く蹴った。

 風魔法を発動させる。

 二人の体はふわりと宙に浮き、ローズは震源から少し距離を取った。

 

「これは……」


 数十秒後。

 揺れがようやくおさまったところで、ローズは土煙の向こうに広がった光景に息をのんだ。

 なんと隆起した地面から、地下へと続く階段が現れていたのだ。

 この先に何が待っているのか――そう思うと、ローズは少しだけ血が騒ぐのを感じた。

 しかしそのせいで、ローズはとあることを失念していた。


「ローズ……」

「はい?」

「お、下ろしてくれ……」


 ローズに抱っこされたリヒトは、顔は手で覆っていた。

 彼の耳は真っ赤だった。


 ――そういえば、リヒト様を抱えていたんだった。


「…………申し訳ございません。軽かったので忘れていました」


 魔法で重さを感じないようにしていたためすっかり忘れていた。

 ローズの謝罪を聞いて、リヒトはがっくり肩を落とした。

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