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彼女は俺の、ヒーロー(だった)。②

「……前よりも、随分良くなりましたね」

「本当!?」


 公爵邸にてユーリと手合わせしていたミリアは、武器を収めて静かに言った。

 『剣聖』グラン・レイバルトはユーリの才能を高く評価し、彼を弟子に迎え、直接ユーリは稽古をうけることになった。

 そして一週間ぶりに手合わせを行い――ユーリは以前よりもミリアに近付けたような気がして、満面の笑みを浮かべた。


「やった〜〜! よし……! これならいつか、ミリアにだって追いつけるかも……」


 強く拳を握り、また頑張ろうと意気込む。

 ミリアはそんなユーリを見て、子どもっぽさの残るその頬を、指で抓って引っ張った。


「いたあっ!」

「生意気言わないでください。貴方はまだまだ私より下です」

「な、なんだよ。ひっぱることないだろ!?」

 ユーリが頬をさすりながら反抗すると、ミリアは目を細めて言った。


「……たとえ」

「うん?」

「たとえ貴方の身長が伸びようが、どんな地位につこうが、貴方が私の従兄弟で、年下という事実は永遠に変わりません」

「むぅ……」


 ――確かに、それはそうだけど。

 でもそう言われたら、一生自分はミリアに勝てないじゃないかと思って、ユーリは頬を膨らませた。


「なんですか。不満なんですか?」

「不満って、ワケじゃないけど……。ねえ。そういえば、ミリアはさ」

「はい」

「おじさんの跡を継ぐことって以外に、何かしたいって思わないの?」

「……」

「だってミリアはこんなに強いし、頭だっていいんだから、別に公爵家に仕えなくたって何にだって……」


 ユーリの問いに、ミリアはすぐには答えなかった。

 そしてまるで、そう答えることが『正解』であるかのように彼女は言った。


「私は……。私は、ずっと公爵家の方々にお仕えするために育てられました。だから私の強さも、学の深さも、全てそのためのものなのです」

 

「ミリアがいいなら、俺はそれでいいけど……」

「ユーリ」

「うん?」

「公爵様は、貴方によくしてくださいますか?」

「うん! いろんなことを教えて貰ってるよ」


 ――でもさ、ミリアは本当にそれでいいと思ってるの?


 そう聞こうとしたけれど、ミリアに話を変えられ、ユーリは結局それ以上、何も言う事ができなかった。


「そうですか。ならよかった。ああそうです。ユーリ」

「明日は買い物に行くのですが、貴方も一緒に来ませんか?」

「一緒に行く!」

 そして楽しそうな誘いを受けて、ユーリは彼女に言いたかったことを、完全に頭の中から消してしまった。



「海だ――!」


 ミリアがユーリを連れてきたのは海だった。

 公爵であるクロサイト家の治める領土は広く、その一部には海が含まれる。

 初めて海を目にしたユーリは、日光を反射させてキラキラと輝く海を指さして、ミリアに尋ねた。


「ねえ、ミリア! 海には、人を丸呑みできるくらい大きな魚がいるって本当?」

「ええ、本当ですよ。貴方なんて一口でパクリですよ」

「うえええ……。じゃあ、近寄るのやめとこうかな……?」

「え? なんですか? 『行きたい』?」

「ちがうっ! 俺、そんなこと言ってないっ!」

「わかりましたから騒がないでください」


 顔の近くて大声を出されて、ミリアはユーリを嗜めた。

 ミリアはユーリをのせ、港まで馬を走らせていた。ミリアの馬術の腕前は確かなもので、ユーリはなんでもサラリとこなしてしまうミリアは、やっぱり凄いと心の中で思った。


「ミリアは何を買いに来たの?」

「王都に持っていきたいものを買おうと思って。この辺りにはあまり来ないのですが、貴方もいることですし」

「じゃあミリアは、俺のためにここに来たってこと?」

「…………」


 ユーリの問いに、ミリアはバツの悪そうな顔をした。

 沈黙は肯定を意味している。ユーリはそんなミリアを見上げて、ぱっと花が咲くように笑った。

「ありがとう。嬉しい!」


 魚が多く取れるその地は、古くは人魚が住んでいたという言い伝えもあり、『人魚の涙』と呼ばれる真珠も売られている。

 『青の大海』ディランでも多くの真珠がとれるが、真珠に魔法式を書き込める『精霊晶』は、クリスタロス王国産のもののみである。


「ミリア……。見て。やばい。この石めちゃくちゃ高い」

 宝石店に並べられた値札を見て、ユーリは震える声で呟いた。


「それはそうですよ」

 けれど後ろからそれを見たミリアは、妥当な金額だとユーリに告げた。


「魔法式を保存できる石は高価なのです。加えて、これは加工済みですからね。ただ、真珠を取り囲む金剛石よりも、この真珠一個の値段のほうが高価です。クリスタロスでは不思議なことに、昔からこういったものが多く取れるんですよね」

 真珠は耳飾りとして加工されていた。


「え? じゃあ、俺のこの石も?」

 ユーリは両親から貰った首飾りを指差した。


「それなりに大きさもありますし、かなり高価なもののはずです。見たところ、元々いろいろな魔法式が保存されているようでしたし、貴方が無意識に風魔法を使ったことを考えると、貴方がここまでに来るまでの道中で起きた事件は、全て貴方のせいだったのかもしれません」

「俺のせい? 何かあったの?」

「貴方がここに来るまでに、謎の竜巻に巻き込まれて、指名手配されていた人間が捕まったという事件があったんです」


 ユーリは初耳だった。

 自分が魔法を使ったという自覚はなかったが、とりあえず『悪者退治』の役に立ったのではないかと思って、ユーリは目を輝かせてミリアに尋ねた。


「え? じゃあそれもしかして、俺のおかげってこと?」

「無意識に魔法を使うことは、力を制御できていない証です。魔法の属性に適性がありすぎる場合、魔力の使われず貯蓄が多いと、意図せずして魔法が発動されることがあるというのは聞いたことがあります。――けれどそれは魔法を使う者として恥じるべきことであり、誇るべきことではありません」


 きっぱりと言われ、ユーリは肩を落とした。


「精霊言語を用いて書かれた魔法陣を、石に魔法式として取り込み保存する。魔法の発動には力の制御が必要で、それはどのように魔法を使いたいのか、正確に想像する必要がある。現在の魔法とはそうやって、知識と技術を必要とし、安全に使うものなのです。高等魔法において、詠唱を必要とするのはそのためです。まあ確かにある意味、有り余る魔法適性という点では、無意識に魔法を使える人間は、『才能がある』と表現できるのかもしれません。グラン様が認められたことですし、貴方には才能があるのですから、奢ることなく努力なさい」

「はーい!」


 一度は怒られてしまったが最後は褒められた気がして、ユーリは元気よく返事をして手を上げた。


「言葉伸ばさない」

「はい…………」

 けれど低い声出そう言われ、小さな声でもう一度返事をした。



 神殿に名を連ねる者は、清貧であることを求められる。

 神の恵みを、神が人に向ける慈しみを、広く人に語る彼らは、その存在を表すように、白い服を身に纏う。

 彼らの胸には、光魔法を使うための石の首飾りがあり、彼らはこの世界が平穏であることに、日々祈りを捧げている。

 両親の仕事の都合上、ユーリはそういう家で育ったが、ユーリは清貧が似合う少年ではなかった。


「ユーリ……貴方は食べることしか頭にないのですか?」


 よく食べ、よく喋り、よく眠る。

 勇者に憧れる彼はどこにでもいる少年そのもので、服を汚して豪快にご飯を食べる姿を見ては、ミリアは溜め息を吐いた。

 せっかく髪を切って身なりを整えたというのに、これでは台無しである。


「せいちょーき、ってやつなんだから!」

「どうして解答はバツばかりなのに、そういう言葉だけ覚えているんですか? 貴方は」

「ね、ね、ミリア! 俺せいちょーきだから、あれ食べたい!」

「……とりあえずとまりなさい。今口を拭いてあげますから」


 ミリアはそう言うと、手巾を取り出してユーリの口の周りを拭った。

 上質そうな布が、一瞬で赤と油の色に染まる。

 その時だった。

 二人の背後から、女性の叫び声が聞こえた。


「ひったくりです!」


 振り返れば、女性のものらしき財布を手にした男が、二人に向かって走ってきていた。

 ミリアは、顔を顰めてユーリを背に庇おうとした。

 けれどそんなミリアを押しのけて、ユーリは男を迎え討とうと拳を構えた。


「見てて、ミリア! 俺だって成長したんだから。実力を見せてやるッ!」

「ユーリ!」


 予想外の行動に、ミリアは思わず叫んでいた。

 戦う意思を示すユーリを前に、男はニッと不気味な笑みを浮かべると、懐から短剣を取り出して振り回し始めた。


「うわっ!」


 流石に、真剣を持っている相手に素手で戦うのは無理だ。

 ユーリが男から逃れようと下がると、足元にあった石に躓いて、ユーリの体は後ろに倒れた。


「ぃた……っ」


 その時、地面に落ちていた小さな硝子の欠片が手に刺さって、ユーリは小さくそう漏らした。

 小さな彼の手に、血がぷくりと滲む。

 その瞬間、ミリアの中で何かがぷちりと切れた。


「――覚悟なさい」

 短剣と縄を取り出したミリアは、跳躍して素早く男の背後にまわり込むと、彼の体を一瞬で縛り上げた。


「この子を傷付けた罰は、その体で払っていただきましょう」


 ミリアがそう言って縄を引っ張れば、縄は男の体にめり込んだ。

 カーン……。

 いつの間にか服を切り刻まれ、空中に吊るされた男は、震えながら手に持っていた剣を落とした。

 

 ミリアは手頃な場所に男を固定すると、尻餅をついていたユーリのもとへと駆け寄った。


「ユーリ。怪我は大丈夫ですか?」

「すごい! すごい! ミリア、かっこよかった!」


 心配そうにミリアが尋ねる。

 けれどユーリは、自分の感動と興奮を抑えることが出来なかった。


「剣持ってたのに、距離だって離れてたのに! 一瞬だった! ミリアがいなくなっちゃったな、って、思ったら、もう!!!」


 すごいすごいと鼻息荒く語るユーリの手からは、相変わらず血が滲んでいる。 

 ミリアはしばしの沈黙の後、ユーリの腕を握ると、その手を開かせて硝子を取り去って傷跡を洗い、包帯を巻き付けた。


「あとの手当はお屋敷に帰ってから行います。さ、ユーリ。立ちなさい」

「え? ちょっと、ミリア??」


 自分の怪我の手当を行ってから、まるでこの場所から逃げようとでもするかのように自分の腕を引くミリアに、ユーリは意味がわからす首を傾げた。


 ひったくりを捕まえたのだ。いいことをしたのだ。

 だったからそのことを周りは褒め称えて、お礼を言ってもらってもいいはずなのに――なんだか、様子がおかしい。

 ユーリが考え事をしていると、荷物を奪われたらしい女性が、息を荒らげて二人に駆け寄ってきた。


「あ、あの! ありがとうございました。おかげで助かりました!」

「……これからはお気を付けください。女性の独り歩きは狙われやすいですから。特に貴方のような、可愛らしい方は」


 ミリアがそう言えば、女性の顔が赤く染まる。

 だがミリアは女性には気を止める様子はなく、ユーリの手を強く再び引いて歩き出した。

「行きますよ、ユーリ。ここにこれ以上、長居するつもりはありません」



「どうかしたかね? 集中ができていないようだが」

「い、いえ……。師匠、すいません」


 翌日、グランに稽古をつけてもらっていたユーリは、自分の失態を指摘されて素直に頭を下げた。


「今日の訓練は、これまでにしておこうかの」


 グランは、そう言うと剣をおさめた。

 白ひげの似合う老人は、剣を握っているときとそうでないときとでは、纏う雰囲気が大きく異なる。

 好々爺という言葉が似合う老人の笑みに、ユーリは静かにコクリと頷いた。

 ユーリはその日初めて、ずっと気になっていたことをグランに尋ねた。


「師匠の魔法は、一体何なのですか?」

「儂は、大した魔法は使えんよ」

「そんなことはないはずです」


 ユーリははっきり言った。

 『剣聖』グラン・レイバルト。

 彼と戦っていて、ユーリは違和感を感じることがあったのだ。


「だって師匠は魔王を倒された方ですし、気のせいかもしれないんですけど、なんだか師匠と戦っていると、俺の魔法が弱くなってる? ようにも感じて――……」

「……弟子にまで、嘘はつけないな。いいだろう。ユーリ。君にだけ、儂の魔法を教えよう」

「じゃあ……?」

「儂の魔法は、『打ち消し』の魔法」

「『打ち消し』……?」


 ユーリは、ミリアから魔法について学んでいる。

 けれど、そんな魔法は聞いたことがなかった。


「この国――クリスタロス王国には、古い魔法があるのだ。この国の王都には、この世界には今は存在しないはずの魔法がいくつか残っている。儂はこの力があったからこそ、魔王を倒すことが出来た」

「ではその魔法があれば、俺も魔王を倒せるということですか?」


 ユーリの問いに、グランは首を振った。


「いいや。そうではない。この魔法を使うにも、適性はあるようなのだ。それにもしこの力を得たとしても――きっと、今の君ではまだ無理だ。儂が魔王を倒せたのも、人の助け合ってのもの。人一人のちからだけでは、生きてあれを倒すことは出来ないのだよ」

「魔王は……一人では、倒せない……?」


 ユーリは『勇者』なら、一人で何でもできるものだと思っていた。だからユーリはグランの言葉が、なんだか不思議な話のように思えた。


「それにこの魔法は、近々封印しようと考えているからな」

「え……? どうして、ですか?」

 突然の話に、ユーリは思わずたずねた。


「儂が耄碌して、この魔法を消す前に死んでしまえば、いつかこの魔法は、争いの火種になるかもしれない。魔法は、使い方によっては人を幸せに出来るが、使い方を誤れば、多くの人を傷付ける。強い力は、災いを呼んでしまうものなのだ」

「そうなんですね……」


 強い力があれば何でもできる。

 一人で世界を変えることができる。

 そんな勇者に思いを馳せていたユーリは、グランの言葉を聞いて下を向いた。


「教えてやれずすまない」

「いえっ!」


 困ったように笑みを向けられ、慌ててユーリは首を振った。


「大丈夫です。俺は、俺の魔法と、剣を磨きます!」

「……ユーリ。今の君では君の魔法は、おそらくそう強くならない。個人が使える魔法は、その心の性質に依存するからだ。だから、ユーリ。純粋に正義に焦がれ、力に憧れながらも、どこかで人を傷付けることを嫌う君は、魔法と剣、2つを磨く必要がある。それは難しいことかもしれないが、儂は君になら、それが出来ると信じている」


 風魔法の中には、風を刃として武器にして、敵を傷付けることのできる魔法があることをユーリは教わった。

 けれどユーリは何度試しても、それを使いこなすことができなかった。

 魔法を発動させたあと、意図せずして自分の魔法が人を傷つける可能性を、心のどこかで恐れたためだ。


「王都にはその魔法の名残がある。君も王都に来れば、その魔法に出会うことも出来るだろう。ユーリ。君がもっと強くなることを望むなら、儂と一緒に王都の屋敷に来ないか?」

 

 グランの誘いに、ユーリは目を瞬かせた。


「真っ直ぐな君の剣は、きっといつか、この国を光へと導くだろう。王都では儂の弟子として、屋敷で暮らすといい。そうすれば、騎士として仕官することも容易になるだろう。悪くない提案だと思うが、どうかね?」

 

 王都に行けば――ミリアとも、一緒に過ごせる。

 それに師匠の魔法を引き継ぐことは出来なくても、他の国の人間が知らない古い魔法が王都にあるとするなら、行ってみてみたいとユーリは思った。


「行きたい。行きたいです。そして俺に、もっと剣を教えてださい!」

 ユーリがそう言えば、彼の師は嬉しそうに笑った。



 ミリアと一緒に王都に行ける。

 そこで師匠に剣を見てもらって、いつかこの国の騎士になる。

 両親と同じ仕事を自分がすることを、ずっと想像できなかったユーリにとって、それは初めて自分に示された、これからの自分の人生のしるべそのものだった。


 進むべき道を示されて、ユーリは心が軽くなった気がした。

 足取り軽く、ユーリはミリアに一刻も早くこのことを報告しようと、屋敷の中を走って彼女を探した。

 そして漸くその人の姿を見つけたとき、柱に隠れていた人の言葉に、彼は耳を疑った。


「ミリア! 俺さ、グラン様に王都に一緒に来ないかっていわれたんだ。だから王都に行っても、ミリアとまた一緒に……」

「やめなさい」


 ミリアの父であり、ユーリの叔父にあたるその人は、険しい表情で一人娘を見下ろしていた。


「もう、剣を握るのはやめなさい。ミリア」


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