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ユーリ来訪

「ユーリ様あああああっ!」

「本当に、麗しくていらっしゃるわっ!」

「銀の髪に金の瞳。ああ本当に、天剣の名に相応しく、まるで天使のように美しい方ね」

「それに契約獣は銀色に金の瞳の鳥だなんて、とってもお似合いだわっ!」


 銀色の髪に金の瞳。

 クリスタロス王国騎士団騎士団長ユーリ・セルジェスカがグラナトゥムに到着したのは、午後二番目の講義が始まる頃だった。

 魔法実技の講義のためにリヒトが幼等部に帰る頃、銀色の大翼の生き物に乗った青年は、静かに地に降り立った。


 白地に金の飾り。

 クリスタロス王国の軍服は、まるで彼のために仕立てられたようだった。


「ユーリは国外でも、こんなに人気なんですね……」

 きゃあきゃあと黄色い声が響く。

 幼馴染が女の子たちに囲まれている様を、ローズはどこか冷めた瞳で眺めていた。


「ローズさんも似たようなものだと思います。というより、多分ローズさんのほうがファンの数も多いと思うんですけど……」

「妹はこう見えて鈍いんだ。しかも無頓着だからな。まるで人の好意には気付いてないぞ。危機感も皆無だ」


 自分のことにはまるで興味のないローズは、ユーリを見て、ふとあることを思いだして尋ねた。


「そういえばずっと気になっていたのですが、ユーリの出自について誤解されている方って多いのでしょうか?」

「まああの外見だし、曲がりなりにも『騎士団長』だからな。ユーリは平民の出だが、本人の魔力の高さもある。貴族の落胤を疑われるのも仕方がないな」

「ユーリはあまりミリアとは似ていませんし……」

「そうだな」 


 ギルバートは静かに頷いた。

 ミリアとは違って、ユーリには華がある。


「ところでお兄様。ミリアは一体どこに?」

「ずっと護衛は疲れるだろうと思ってな。少しだけ眠ってもらった」


 ミリアが仕事を放棄して惰眠を貪るはずがない。つまり無理矢理眠らせたということである。そのことに気付いて、ローズは溜め息を吐いた。


「……お兄様。ミリアに手荒な真似はなさらないでくださいね」

「傷つけるような真似はしていない」


 ギルバートは静かに目を伏せた。

 ローズは、その返事を聞いて胸をなでおろした。

 兄は妹である自分に嘘は言わない。

 二人が騒ぎを傍観してのんきに話をしていると、ローズを見つけたユーリが叫んだ。


「すいません。通してください! 自分はローズ様に用が……」

「ローズ、呼ばれているぞ」

「お兄様、私があの中に私が入っても無意味です」

「ローズ。助けを求めている幼馴染を前に冷静に言うなよ。今はお前の上司でもあるんだろう?」

「……」


 ――さあ、早く行け。

 兄に促され、ローズは渋々前に出た。


「申し訳ありません。少し道を――……」


 しかしその時、上空を影が横切り、ローズは一歩下がった。


「きゃあっ! 空から人がっ!!!」

 ユーリに群がっていた生徒の悲鳴が響く。


「ユーリ・セルジェスカ!」

 それとほぼ同時、怒気を含んだミリアの声と、金属がぶつかる音が響いた。


「なぜ貴方がここにいるのです!?」

「ミリア!? 突然斬りかかってくるなよ!」


 ユーリはなんとか防いだものの、突然短剣を向けられて、ミリアにおされる形となっていた。

 強化魔法の使い手。

 ミリアの速さには対応できたとしても、ユーリの力は、物理的にはミリアに劣る。


「貴方は自分の立場をわかっているのですか!? ユーリ・セルジェスカ!」

「なんの、ことだ……っ!」


 ローズからすれば、いつもどおりの従姉妹同士の喧嘩に過ぎない。

 けれど観衆たちは、魔王を倒した『あの』ユーリ・セルジェスカを、力で圧倒する平凡な顔をしたメイドを見て、一様に眉を顰めていた。


「何ですの? あの方」

「あの力……もしかして強化魔法……?」

「女性なのに? 野蛮だわ」


 その声に気付いて、ミリアの剣を持つ手に力が籠もる。


「――ミリア、剣を納めろ」

 それを見て、二人の間に割って入ったギルバートは、慣れた手付きでユーリから剣を奪うと、そのまま切っ先をミリアに向けた。


「ここは国の外だ。ミリア・アルグノーベン。俺の護衛として、君には勝手な行動は慎んでもらう。これは命令だ」 

「……っ」


 ギルバートに命令だと言われれば、ミリアは逆らえなかった。

 アルグノーベンは元々、公爵家の執事の家系だ。主人に武器を向けるのは、彼女の血が許さない。

 ミリアは唇を噛んで短剣を下ろした。


「賭けは、俺の勝ちだな」

 ミリアを背に庇い、ギルバートはにこりと優雅な笑みを観衆に向けた。


「すまないが、彼はこれから用がある。君たちの相手は出来ない。ユーリ、ローズ。一度場所を移動しようか」


 余裕を感じさせる貴族的な笑み。

 ローズには、今のこの瞬間だけは、兄は『次期公爵』だと確かに思えた。



「ローズ様にビーチェから、手紙を預かっています」

「ビーチェ様から?」


 ローズたちはその後、薔薇園に移動した。

 学院の中にある薔薇園は、公爵家の庭とどこか似た造りをしており、ローズのお気に入りの場所でもある。

 手紙にはこう書かれていた。


【ローズ様

 お元気でお過ごしでしょうか。

 クリスタロスは平和な日々が続き、騎士団の団員も変わりなく過ごしております。

 ただ異国で過ごす貴方のことが心配で、この手紙を書いている今も、叶うなら手紙を運ぶ輝石鳥の背に乗って、貴方にお会いしたいという思いは募るばかりです。

 しかしローズ様がいらっしゃらない中、私は陛下のためにも、国を離れることは出来ません。

 ですから私は、ユーリにこの手紙を託しました。

 現在クリスタロスは、ユーリの代わりに、前騎士団長である私の友人を呼び寄せております。

 ですからローズ様は引き続き、アカリ様の護衛に専念なさってください。

 もし必要なものがあれば手配いたしますので、遠慮なく仰ってくださいね。

 最近は肌寒くなってまいりましたので、どうか体にはお気をつけください。


 遠く離れても、今日も貴女のことを想う婚約者より。

 ベアトリーチェ・ロッド】


「ビーチェ様……」


 ベアトリーチェの手紙は相変わらず丁寧で優しく、そして情熱的だった。

 輝石鳥に乗って自分の元に来たいだなんて、まるで恋人に語らうようではないか――そう思って、ローズは顔を赤くした。


 恋人、ではない。彼は自分の婚約者だ。

 しかし彼は空を飛べない。そして立場があって、彼は国から出られない。

 その状況の中、ユーリに手紙を渡したベアトリーチェを思って、ローズはためらいがちに手紙を胸に抱いた。


「……お元気そうで安心しました」

 そんなローズを見て、ユーリは苦笑いした。


「何故今日来ると、早く教えてくれなかったのですか?」

「ビーチェの手前、手紙を出すのは憚れてしまって。ギルバート様には先にお伝えしていたのですが……?」

「ああ。だからさっき言った」

 ギルバートは悪びれた様子もなくさらりと言った。


「………………さっき!?」

 ユーリは沈黙の後に叫んだ。


「ああ。だって、そっちのほうが面白いだろう?」

「面白いって……。そんな……」

「ユーリは、すぐに帰るのですか?」

「いえ。少しの間ですが、私はこの国にとどまらせていただくことになっております」

「?」

「手紙を届けるだけなら、輝石鳥でもこと足りる。自分がここに来たのは、魔王を倒した四人のうち三人に、特別講義を頼みたいと依頼があって――……。ローズ様とアカリ様と私、の三人ですね。それが終わるまでは、この国にとどまる予定です」

「では、その間は――」

「前騎士団長、ローゼンティッヒ・フォンカート様が、代わりをつとめてくださるとビーチェからは聞いています」


 ユーリはそう言うと、にこりとローズに笑いかけた。


「ユーリ」

「はい?」

「そのことに関して、お前は何か思うことはなかったのか?」

 ギルバートは、ローズに笑顔を向けるユーリに静かに尋ねた。


「何か、とは?」

「ミリアはわかっているようだがな。……まあ、わからなければそれでいい」 

「???」

 ユーリは、ギルバートの問いの意味がわからず首を傾げた。


「そういえば、お兄様。ミリアと、なんの賭けをなさっていたのですか?」

「ん? まあ。そうだな……」

 ギルバートはいつもとは少し違って、妹の問いに答えるまで時間をかけた。


「簡単なことだ。ユーリがここに来るかどうか、だよ」

「???」


 ユーリ同様、ローズもギルバートの意図がわからず、きょとんとした顔をした。



 金色の髪に赤の瞳。

 クリスタロス王国の王族特有の金髪に、強い魔力を持つ証である赤の瞳。


「ベアトリーチェ! 久しぶりだな。元気にしていたか?」


 長身痩躯のその男は、植物園に入るなり、植物の様子を記録していたベアトリーチェに背後から抱きついた。


「は、離してくださいっ!」

「お〜〜。よしよし。相変わらず小さいな。昔と全く変わらなくて安心したぞ」


 暴れるベアトリーチェを、片手で抱き上げて頭を撫でる。


「ローゼンティッヒ! 子供扱いはするなとあれほど!!!」

「ああ、悪い悪い。十歳は大人だったな」


 ローゼンティッヒは揶揄するようにそう言うと、暴れる『子ども』の体をおろした。

 おかげで、当の『子ども』はご立腹だ。

 

「……わざと私を怒らせるようなことを言って試さないでください。今の私は、それくらいで力を暴発させるようなことはありません」

「悪い悪い。昔のお前からの成長具合が見たくてな」

「全くもう……」

 ベアトリーチェは溜め息を吐いた。


 ローゼンティッヒ・フォンカート。

 現国王の亡き妹、『光の巫女』の血を継ぐ唯一の人物で、クリスタロス王国騎士団前騎士団長。

 彼は、以前はありあまる力を暴発させていたベアトリーチェが常に理性的でいられるように、言葉遣いを直させた張本人だ。


 その彼に「合格」と言われ、ベアトリーチェはなんだか昔に戻ったような気がして、突然一方的に連絡を断った相手に対し、恨み言を言おうとしていたがやめた。

 リヒトとローズが婚約関係があった間もずっと、次期国王としてローズとの結婚を望む声があり、当時の恋人を連れ国を出たローゼンティッヒは、長くベアトリーチェに、自らの所在を明かしていなかった。


 時折手紙は届いたものの、いつも発送先は違うし、姿を変え偽名を使い、身分を偽って行動しているローゼンティッヒの所在を、ベアトリーチェはずっと知ることが出来ていなかった。


 ――魔王がローズにより倒され、時期国王に望まれていた、レオンが目覚めるまでは。


「その髪の色は?」


 変装――といえば。

 ベアトリーチェは、自分の知る彼とは違う髪色に気付いて尋ねた。

 くすんだ金色だった筈のローゼンティッヒの髪が、美しい金色に変わっていたからだ。


「ああ。レオンが目覚めたから戻したんだ。俺はもともと、この色だしな」

「……なるほど」


 ベアトリーチェは静かに頷いた。

 つまりレオンが目覚めたから、クリスタロス王家の象徴である金色の髪を隠す必要がなくなったということだ。


 二人が植物園で話をしていると、メイジス・アンクロットが現れ、ローゼンティッヒに気付いて深く頭を下げた。


「お久しぶりです。ご健勝のようで何よりです」

「おお。アンクロット! 久しぶりだなあ! 元気にしていたか?」

「はい。恐れ入ります」


 メイジスは、ローゼンティッヒに背中を叩かれても動じることなく、いつものようににこりと笑う。


「お飲み物をお持ちします。どうぞこちらでお待ち下さい」

 メイジスは、ローゼンティッヒをテーブルに案内すると、静かに椅子を引いた。


「ああ、ありがとう」

「いえ」

 メイジスはまた柔らかく微笑むと、二人に一礼して背を向けた。


「メイジス。私が作ったケーキも一緒にお願いします」

「はい」


 ベアトリーチェは立ち上がり、メイジスに頼んだ。

 メイジスは少しだけ驚いた表情を浮かべた後、小さく笑って頷くと、奥の部屋へと消えていった。


「――『メイジス』、ねえ?」

「……なにか問題でも?」


 ガラス張りの植物園では、緩やかに時間が流れていく。

 ローゼンティッヒは、昔より落ち着きを備えたように見える弟分を見てニヤリと笑った。


「漸くそう呼ぶ仲になったのか? お前も少しは成長したか?」

「別にどうでもいいでしょう」

「それにケーキ、だなんて。お前が菓子づくりをするなんて意外だ」

「ローズ様がお好きなんです。ですので、その練習に。口に合わないことはないと思うので貴方にもごちそうして差し上げます。とは言っても、彼女に出すものとは違って、今回作ったのは甘さは控えめですが」

「お前、昔から甘いものはそんなに好きじゃなかったからなあ……。愛だな」

「五月蝿いですよ。ローゼンティッヒ」


 冷やかすような言葉と態度に、ベアトリーチェは冷たい声で返した。


「拗ねるなよ。子供っぽいぞ」

「五月蝿い」


 ベアトリーチェは、今度は言葉を飾らなかった。

 あからさまな不快感を示す弟分。

 相変わらずの彼の態度に、ローゼンティッヒは思わず笑ってしまった。

 ベアトリーチェはメイジスと過ごす中で彼に少し似てきたが、本質的なところでは、まだまだ彼には及ばない。


「婚約者もできたということだし、お前にも俺のような大人の色気というやつが……」

「大人の色気?」

 ローゼンティッヒの言葉を、ベアトリーチェは鼻で笑った。


「貴方はまるで変わっていないように思えます。中身が変わらないのでは、色気も何もないでしょう?」

「お前は昔より口だけは達者になったなあ」

「人間そう中身は変われません。貴方も、私も」

「自分で言うなよ」

「でも私より変わっていないのは、貴方の方です。大人げない」

「はいはいそうだな。俺が悪いな」

「なんですか。その、乱暴な返事は」

「……」


 ――こいつ、相変わらずめんどくさいな。

 自分の言葉一つ一つに反応するベアトリーチェに、ローゼンティッヒはそう思った。

 そして、ずっと疑問だったことを尋ねた。


「しかし、いいのか? 愛する婚約者に、彼女に好意を寄せている人間を近付けて」

「…………」


 ローゼンティッヒの言葉に、ベアトリーチェの動きが止まる。

 ユーリがローズに恋心を抱いているという話は一度もしていないのに、それを話題にするあたりが『読めない』――ベアトリーチェは顔を顰めた。


「大丈夫ですよ。私は――ユーリのことも、好きですから」

「信じてるんだな」


 にっと笑うローゼンティッヒに、ベアトリーチェは返事をせずに小さく笑う。

 そんな話をしていると、お茶とお菓子を持ってきたメイジスがやってきた。

 ステンドガラスのような美しいテーブルの上に、質のいい陶器が並べられる。


「どうぞ」

 メイジスは、ケーキの載った皿をローゼンティッヒの前に置いた。


「あ、これ俺の好きなやつ」

「存じております。実は昨晩、貴方のためにベアトリーチェが、一生懸命作っていたんですよ。果物から切って……。可愛らしいでしょう?」

「……め、メイジス!?」


 差し出されたハーブティーを優雅に飲んでいたはずのベアトリーチェは、突然の発言に噎せてから、ぎっとメイジスを睨みつけた。


「なるほど。お前は、婚約者と天剣君と、そして俺も好きなんだな??」


 明らかな動揺。

 その様子を見て、ローゼンティッヒはニヤニヤして、慌てるベアトリーチェを観察した。


「そ、それはもう食べなくていいです!」


 ベアトリーチェは、顔を真っ赤にしてケーキの載った皿を取り上げた。


「嫌だ。食べる。せっかくお前が俺のために作ってくれたのに、食べるなとは酷い言いようだ」

「私は、貴方のためになんて作ってませんっ!」

「ふーん?」

「な、なんですか」

「わざわざ俺の好きな茶葉まで用意して、俺の好きなコンフィまで作って、それを言うのか?」

「…………!!!」

「相変わらずの天邪鬼だな。ベアトリーチェ」


 子供を手の上で転がす大人。

 ローゼンティッヒはベアトリーチェの細い腕を掴むと、彼の手の上の皿からケーキをとって、平然とそれを口に運んだ。


「うん。ありがとうな、ベアトリーチェ。これかなり美味いな。妻にも食べさせたいからまた作ってくれ」

「〜〜ッ!!! ……貴方なんか、嫌いです!」


 年下の前では大人ぶる、自分より年下の上司の子供のような姿を見て、メイジスはクスクス笑った。

 

 


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