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不完全な魔法

「今日は私が女の子を見るので、リヒト君には男の子を見てもらいます」

「え〜〜!」

「リヒト様がいい!」 

「先生がいい!」


 エミリー・クラークの言葉に対する、子どもたちの反応は様々だった。

 すっかり『幼等部の王子様』となったリヒトの周りには、女の子たちが集まっている。

 教室は完全に二分されていた。

 しかしそんなことは気にもとめず、エミリーはリヒトに笑いかけた。


「騒がない騒がない。リヒト君と私では、思うことも違うかもしれませんから。今日はこのやり方で行います。リヒト君、宜しくお願いしますね」

「――はい」

 柔らかく微笑まれ、リヒトはゆっくり頷いた。

 


「うん。昨日習ったばっかりだとは思えないくらい上手い」

「まじ!? へへっ! 褒められた!」


 少年たちの指導をすることになったリヒトは、一人一人のいいところを褒めていた。

 魔法学院への入学を許されるだけあって、基本的に能力が高子どもが多いのか、昨日習ったばかりだというのに、卒なくこなす子が多く、リヒトは驚いた。

 自分が初めての時はこうはいかなかった――そう思うだけに、自然と称賛の言葉が溢れる。


「じゃあリヒト、俺は、俺はっ?」

「姿勢がいい」

「姿勢かあ! 意識してはなかったけど、なんか嬉しい!」


 褒められた少年は満面の笑みを浮かべ、練習に戻っていく。

 因みにダンスの練習は、『魔法人形』と呼ばれる人形で行う。

 これは、『自分の魔力を流し込むことで、相応しい動きをしてくれる』というものだが、規則的な動きしか出来ないため、応用が効かない。

 そのためリヒトとエミリーから合格をもらった子たちから、実際に男女ペアになって練習を始めていた。


「あの……。ごめんなさい。僕、ここがよくわからなくて……」

「ん? じゃあ、一緒にやってみようか」


 リヒトはうつむく少年の手をとった。

 少年はリヒトに手を引かれ、少しだけ頬を染める。

 リヒトの丁寧な指導により踊れるようになった少年は、リヒトに抱きついて謝辞を述べた。


「できたっ! ありがとう。リヒトお兄ちゃんっ!」

「……お、おう。よかったな」

 リヒトは突然の彼の行動に驚きつつも、ぽんぽんと優しくその頭を撫でた。


 ――これで、大方の生徒は合格だろうか? 

 リヒトが周囲を見回すと、一人の少年が壁に同化していることに気付いて、リヒトは駆け寄った。


「こんなところで何をしてるんだ?」

 リヒトが彼に触れようとすると。

「俺に触んな!」

 彼――フィズは、力いっぱいリヒトの手を払った。


「気にしなくていいって。フィズ、うまく出来ないから拗ねてんだよ」

「……」

 リヒトから早いうちに『合格』をもらった子の一人が、ぼそっとそんなことを言う。


「いいじゃん。勝手に拗ねて諦めてるだけだし、放っておけば。それよりあっちで、みんなで練習しようぜ」

 少年はにかっと笑って、リヒトの手を引いた。

 けれどリヒトはその手を解いて、一人くらい表情を浮かべるフィズの前で膝を折った。


「どっかいけよ。目障りなんだよ」

「……フィズ」

「どうせお前も俺のこと、かっこ悪いって思ってるんだろ。俺、お前嫌い。俺なんか庶民でこんな色なのに、お前は王子様で、なんかキラキラした色で。……リーナはお前のことばっか、綺麗だって言うし」


 フィズの髪と目の色は茶色だ。

 リヒトのように、金糸を紡いだような色でも、美しい湖面のような碧ではない。


「俺のこと、馬鹿にしてるんだろ。なんでこんなことも出来ないのかって。馬鹿みたいだって」

「してない」

「嘘吐くなよ!!」


 リヒトを責め立てる――でも、フィズのその声は、リヒトには泣いているようにも聞こえた。

 いつも周囲の人間と比べて、自分がそうであったように。

 リヒトは静かにフィズの目を見て言った。


「本当に、してないよ」

「……そんな言葉、信じられない」

 下を向いたまま呟くフィズ。

 そんな彼を見て、リヒトは苦笑いした。


 ――ああ。やっぱり、昔の俺みたいだ。


「……フィズ。上手く出来なくて、悔しい気持ちはわかるけど、人の話を聞かないのは違うだろ?」


 フィズの柔らかい髪をそっと撫でる。

 落ち着きのある優しい声で、リヒトは彼の名を呼んだ。


「昔の俺と比べたら、十分今のお前はうまいよ。だからそんなふうに、自分のことを否定するなよ」

「……」

「お前は俺のことが気に食わないかもしれないけどさ、あの子にいいとこ見せたいなら、俺と喧嘩するより、やるべきことがあるだろ?」


 リヒトの言葉に、フィズは返事はしなかった。

 そんなことをしているうちに、エミリーが手を叩いて、授業終了を告げた。


「今日の授業はこれで終了です! お休みが終わったら、また一度みんなでおさらいをしましょう。来週の舞踏会、みんなで楽しみましょうね!」


 教室で一人だけ。

 合格出来なかったフィズを置いて、昼食をとるためにみんな生徒は部屋から出ていった。



 昼休み。

 リヒトは相変わらず、一人空の雲を眺めていた。

 リヒトの護衛を任された二人は、リヒトから少し距離を取りながら彼を見守っていた。

 空を眺めながら、静かだ、とリヒトは思った。


 幼等部は庶民が特に多いということもあり、学院の中では外れに作られている。

 そんな場所に、わざわざ来ようという者はほとんどいない。

 学院に通いだしてから兄であるレオンも、これまで一度もリヒトのもとを訪れたことはなかった。


「まあ、兄上が……来るわけないか」


 来てくれると心の何処かで期待していた。そんな自分に気がついて、リヒトは苦笑した。

 いずれ自分から全てを奪う兄。

 なんでも持っているその人が、出来損ないの自分を気にかけてくれるなんて有り得ないのに。


「――おい。リヒト」

「ん?」

 リヒトが一人そんなことを考えていると、空を誰かが遮った。


「……フィズ?」

 リヒトは思わず、気の抜けた声をこぼした。


「なんだよ。俺じゃまずいかよ」

「そういうことではないけど。驚いて」


 リヒトは起き上がって首を傾げた。

 まさかフィズが、自分に自発的に話しかけてくるなんて――予想外の事態だ。


「どうかしたか? 俺に何か用か?」


 リヒトが問えば、フィズはリヒトから顔を背けた。


「俺に、教えて欲しいんだ。俺も、踊れるようになりたいから……」

「え?」


 一度は自分を拒んだ人物の申し出に、リヒトは目を瞬かせた。 

 聞き間違いかと一瞬思う。


「だから……っ! いいから、俺を踊れるようにしろって言ってるんだよ!」


 教えをこう側だというのに、相変わらずの上から目線の物言いに、リヒトは思わず笑ってしまった。


「……ふ。あははははっ!」

「な、何笑ってんだよ!」

「いや、だってまさかそう来るとは思ってなくて……」

 笑ってこぼれた涙を拭う。


「……わかった。わかった、教えるよ。だったら、フィズ。俺が言うことには、ちゃんと聞けよ?」

「……わかってるよ」

「よし。なら、さっそく特訓しよう。大丈夫。フィズなら、すぐ出来るようになる」

「……なんでそんなことが言えるんだよ」

「だってお前は、俺より筋がいいから」

 相変わらず拗ねてばかりのフィズに、リヒトは笑った。


 リヒトの予想通り、フィズはすぐに上達した。

 そして特訓の成果もあり、いつの間にかフィズは、他の生徒よりもうまくなっていた。


「――合格だ。フィズ」

「本当かっ!?」

 フィズは目を輝かせ、リヒトに駆け寄った。


「うん。本当だ」

 始めとは明らかに違う。

 いつの間にか自分にいろんな表情を見せてくれるようになったフィズに、リヒトは微笑んだ。

 なんだか、弟でも出来た気分だ。 


「じゃあ、リーナを誘ったらリーナはOKしてくれるか!?」

「うーん……それはどうかな?」

「……やっぱり駄目なのか?」


 首を傾げるリヒトに、フィズが顔色を曇らせる。 


「いや、駄目とか駄目じゃないとかじゃなくて。それって、フィズかどうこうというより、リーナがどうするかだろ? でも、フィズが一緒に踊りたいって思うくらい上手ければ、きっとリーナもお前と踊りたいって思うんじゃないかな?」

「なるほど……。わかった。じゃあ、もっと練習する! よーし。リヒト、ちゃんと見てろよ!」


 フィズはそう言うと、魔法人形での練習を再開した。

 元気よく笑うフィズを見て、リヒトの頭の中に、過去の記憶が蘇った。


 ――苦笑いばかりで、上手く笑えないようになったのはいつからだったろう……?


 ローズが魔王を倒し兄が目覚めるまで、リヒトはずっと自分の手では何も掴めないのだと思っていた。

 けれど同時に、そんな自分を気にかけてくれた『誰か』がいたことは、幸福なことだったのかもしれないとも今の彼には思えた。


『リヒト様。違います。そこはこうだと、昨日もお教えしたはずですが?』


 婚約者だから、ローズだから。

 彼女が尽くしてくれることを、昔のリヒトは普通のことだと思っていた。

 その時間を削って、リヒトが出来ない理由を一生懸命考えて、指導してくれたことに、感謝出来ていなかった自分に気付く。


『リヒト様にわかりやすいように、図を描いてみたんです。これなら大丈夫ですか?』


 感謝どころか当時のリヒトは、自分に厳しいローズのことを、心の何処かで責めていた。

 お前は出来るから、出来ない自分の気持ちがわからないのだと――だからこう厳しく自分に接するのだと。

 今思えば、なんて自分は馬鹿なんだろうと思う。


『そんなに落ち込まないでください。大丈夫。リヒト様ならちゃんと、出来るようになりますから。一緒に頑張りましょう』


 教える立場になって、リヒトは漸くわかった。

 人に教えるのは、通常の何倍もの理解を必要とする。

 それにローズは基本、何でもサラリとこなしてしまうのだ。

 リヒトが『出来ない』からこそ人に教えるのが得意だと言うなら、最初から出来るローズは、出来ない理由を考えるのが大変だっのではないかと、今のリヒトは思った。


 ――結局は、全部俺のせいだ。

 ローズ・クロサイトは優秀な人間だ。リヒトは心のどこかで、そんな彼女と共にあることが苦しかった。

 出来損ないの自分と彼女の違いを、いつも見せつけられているようで。


 リヒトには、忘れられない記憶がある。

 それはレオン、ローズ、ギルバート――そして、ユーリと五人で過ごした時、交わされた言葉だ。


『僕としては、ローズが僕の王妃になってくれたら助かるなあ。僕が王様でギルが宰相で、ユーリが騎士団長。名案だとは思わない?』

『あっ。あの、兄上。ぼ、僕は……』


 レオンは眠りにつく前、こんな話をしていた。


『リヒトは才能がないんだから、どこかの令嬢と結婚でもすべきなんじゃないかな? 良かったね。王族に生まれたおかげで選り取り見取り』

『そんな! 嫌です。僕だって、兄上たちと一緒がいいです!』


 リヒトは立ち上がって叫んだ。

 嫌だった。大切な幼馴染と、大切な人に、否定されるのが苦しかった。

 自分も共にありたいと思っても、それすら許されず泣きたくなった。


『――リヒト』

 そんなリヒトに対し、聞き分けのない子どもをなだめるように、レオンは言った。


『人にはね、向き不向きというものがあるんだよ。君は国王には向いていない。でも大丈夫。僕たち四人がいれば、この国は安泰だ』


 誰もが王に相応しいと疑わなかった第一王子のレオン、真実を見極める瞳を持つ公爵子息のギルバート、全ての魔法属性に適性を持つ公爵令嬢のローズ。そして、『剣聖』に才能を認められたユーリ。

 特別な彼らの中に、リヒトの居場所なんてどこにもなかった。


『君は、僕が守ってあげる』

『そうだな。お前は何も心配しなくていい。弟みたいなもんだしな』

『リヒト様、大丈夫ですよ』

『リヒト様は、この剣でお守りします』

『――……僕。僕、だって……』


 誰からも信じてもらえない。

 自分には、誰を守る力もない。その日リヒトは、大切な人々にそう言われたような気がした。

 頑張っても無駄なのだと。

 彼らと自分は、同じ線の上にさえ立てていないと。それは一生変わらないのだと――……。


 十年間目覚めなかった優秀な兄。

 誰からも望まれない弱い自分が、誰からも慕われるローズの婚約者であることは、心の何処かでだんだんと重荷になっていた。


 レオンや兄が眠りについた時、重圧に押しつぶされて、壊れてしまいそうな彼女の力になりたくて、リヒトはローズに指輪を差し出した。

 赤い瞳を持つ、強い力を持った幼馴染。

 王妃となるべくして生まれたような、兄の妃になるはずだった相手。でも、その兄が目覚めないなら。

 リヒトは、自分が彼女を笑わせたいと思った。


 幼馴染みんなで過ごしたあの日々の中で、たとえ自分が一人だけ取り残されたように感じる瞬間があったとしても、リヒトはローズに、あの日のように笑っていてほしかった。

 リヒトは、昔から人の笑う顔を見るが好きだった。


『兄上たちはもう、目を覚まさないかもしれない。だけど、俺はそばにいる。ローズを一人にして、泣かせたりなんかしたい。だから』


 だから、婚約を申し込んだ。その日リヒトは、ローズに指輪を贈った。


『俺と、婚約して欲しい』

『――……はい。リヒト様』


 でも、そばにいればいるほど。

 自分は彼女に相応しくないのだと、リヒトはそう思い知らされた。

 毎日、毎日。

 自分に出来ることを重ねて、リヒトは努力したつもりだった。

 けれどそれは、全部無駄だったと否定された。


『お前の魔法は認められない。発表することは許さない』

『何故。何故ですか……!』

『不完全な魔法。もしその魔法に何か不具合があったとき、お前は責任が取れるのか? そんなことがあれば、お前への評価も、この国の評価も、今よりも悪いものになる。可哀想だが、それがこの世界なのだ。魔力の弱い人間の作った魔法は、認められない。諦めなさい。リヒト』


 紙の魔法。光の階段の魔法。

 誰もなし得なかった古代魔法の復元。

 それが出来れば、自分への評価は変わると信じて努力した。

 けれど出来たとしても、リヒトは父にさえ認めてもらえなかった。


 クリスタロスは資源が豊富な国だ。

 その国の人間は、不思議なことに強い魔力を持つ者が他国よりは数が多い。

 しかしその国土の広さは、大国であるグラナトゥムなどに比べればだいぶ劣る。

 戦火の火種になるような厄介事を、リヒトの父は嫌う人だった。


 そんな中で、救国の英雄――『剣聖』が亡くなり魔王は復活した。

 魔王を倒すために、異世界から『光の聖女』は召喚された。

 その少女は、リヒトの知る『女の子』とは、全く違う少女だった。

 七瀬明は不思議な存在だった。

 光の聖女として召喚されながら、力の使えない異世界の少女。

 周りから期待されながら、その力を行使できない無力な存在。


『はじめまして。私は、七瀬明と言います』

『俺はリヒト・クリスタロス。この国の王子だ』


 ローズとは違う柔らかな目元だとか、柔らかい雰囲気だとか。

 庶民的というか、自分を取り繕わない彼女の雰囲気は、リヒトはそばにいて落ち着いた。気を使わずにいられた。楽だったといえばそれまでだ。


『魔法が使えることって、そんなに大事なことなんですか? 私の世界には魔法なんてなかったから、私にはそれがよくわからないんです』

『アカリは変わっているな』


 もともと、異世界には興味があった。

 異世界の話をアカリから聞くのは楽しかった。

 ある日の夜、リヒトが一人部屋で魔法の研究をしていると、扉を叩く音がした。


『――はい』

 誰だろう、と思った。

 兄が眠りについてから、自分の部屋に訪れる人間なんて居なかったから。


『リヒト様。……入ってもいいですか?』

『アカリ!?』

 思いもよらぬ声に、扉を開けたリヒトは目を瞬かせた。


『一体どうしたんだ? こんな夜遅く……』

『リヒト様とお話がしたくて、来てしまいました。駄目でしたか?』

 彼女の手には夜食があった。


『駄目というわけではない、でも……』


 リヒトは扉の入り口で、ちらりと自分の部屋を振り返った。

 山積みになった本。書き散らかした紙と机と寝台。

 魔法の研究のための部屋は、特に面白みのある部屋とは言えない。

 それに相手が聖女とはいえ、婚約者のいる自分が、こんな時間に他の女性を招き入れていいはずがない。

 勿論アカリは『異世界人』で、この世界の常識が通じないのはわかっていたけれど。


『すまない。君を部屋に入れることは出来ない。……少し散らかってるのもあるし、こんな時間だし……』

『そうですよね。こんな時間にすいません』

『俺の方こそすまない』

『リヒト様は魔法の研究をされているんですね』


 アカリは、ちらっと部屋の中を見てリヒトに尋ねた。


『ああ。……その成果を、認めてはもらえてはいないけれど』

『でも、夜遅くまで頑張られていてすごいです。きっと、いつか周りの人も、それを認めてくれますよ。貴方には、貴方のいいところがある』


 夜に女性が男の部屋を訪ねるなんて真似、本来であれば褒められたものではない。

 ローズであればこうはならない。

 でも、そんなアカリの気遣いや行動が、リヒトは少し嬉しかった。


『……だといいな』


 リヒトは苦笑いした。

 アカリの不思議と、たまに本当にリヒトが欲しかった言葉をくれた。

 アカリは優しい子なのだと思った。

 自分に心を砕いてくれる、彼女の力になりたいとリヒトは願った。

 しかし、リヒトは魔法をうまく使えない。そんな自分が、彼女に教えを与え、支えることなんて出来ないことはわかっていた。


 そんな日々を過ごす中で、リヒトはアカリへのローズの態度や行動が目につくようになっていった。

 この国、この世界のために、たった一人招かれた異世界人まれびと

 異世界に無責任にも責任を押し付けられただけのアカリに対しても、ローズはいつものように厳しかった。


 この世界で、アカリは弱者だ。

 その相手を、強者であるローズが否定していいはずがない。

 ローズは――彼女はいずれ、この国の母になる存在なのに。


『ローズ・クロサイト。俺は君との婚約を破棄する。お前は、王妃には相応しくない。弱き者を虐げるために力を使う。そのような人間が、国を守る国母となれるはずがない』


 だから、婚約破棄しようと思った。

 この国を救うために、世界から、家族から無理矢理引き離されたアカリに対して、ローズはあまりに無慈悲に思えたから。

 そして兄が目覚める前のリヒトは、自分自身が周囲からの重圧で押しつぶされそうになっていて、アカリの心を思いやれない彼女を罰することこそが、正義だとしか思えなかった。


 今になって思えば、なんて自分は浅はかたったのかとリヒトは思う。

 もしローズとの婚約を破棄するにしたって、正式な手順を踏むべきだった。

 アカリがいじめられていると勝手に思い違いをして、自分を支えてくれた婚約者を大衆の門前で断罪するなんて、馬鹿王子と罵られても反論が出来ない。


「……」

「おーい。リヒト? 何ぼーっとしてるんだ?」

「……あ。す、すまない」

 フィズに声をかけられて、リヒトははっと我に返った。


「なら、いいけど。顔色悪いし、体調悪いならちゃんと言えよ? 一応俺、光魔法も使えるんだ」

「気を使わせてしまってすまない。大丈夫だ」


 『光魔法も』

 その言葉を聞いて、リヒトは苦笑いした。

 複数属性持ちで、魔法学院の幼等部に通うことを許された平民。

 フィズは今リヒトに教えをこうてはいるが、やがて彼はこの世界を担う人材になることだろうと思う。

 自分とは違って。


「……そういえば、さ。俺はお前のこと馬鹿にしたのに、なんで俺に教えてくれるんだよ」

「俺もできなかったから……それに俺も、人に教えてもらったし」

 フィズの答えに、リヒトはくすりと笑った。


「出来ないなら、人より頑張ればいい。頑張れば、人に追いつけることなら……」

「リヒト?」


 ――でも、魔法はそうはいかない。

 リヒトの胸がずきりと痛む。

 フィズはリヒトの僅かな雰囲気の変化に気付いて、心配そうに彼の名を呼んだ。

 リヒトはその声を聞いて、ぱっと表情を戻した。

 年下相手に、自分とは違って才能のある子どもに、余計な心配をさせるわけにはいかない。


「なんでもない。俺はお前が踊れるようになってくれたら嬉しい。それだけだ」

「リヒトって、あんま人のこと否定しないよな。先生が、リヒトは優しいから、リヒトに教えてもらいなさいって言った意味、わかるかも」

「え?」

「『駄目』とか『出来ない』ってさ、人に言わないじゃん。それって、すごいと俺は思う。そーゆーの言われると、やっぱり傷つくし。その気遣いとかは、やっぱお前って歳上なのかなって思うんだよな」

「……ありがとう」


 リヒトは、フィズの言葉を聞いて少し笑った。

 どうやら彼が自分のもとにきたのはエミリーの仕業だと知って、彼女の笑顔を思い出して、リヒトはわずかに心が温かくなるのを感じた。

 でも、同時に思い出す。

 かつて自分はアカリを、出来ないと言って部屋に閉じ込めたことがあることを。

 だってまるで彼女は、自分のように見えたから。

 誰かを思うことは出来るのに、自分や自分に似た相手だと、感情がうまく制御できない。

 向けられる褒め言葉。優しいという誰かの声も、心の何処かでは、自分のことのように思えないところがあって。

 嬉しいはずなのにいつだって、どこかで自分のことを否定する気持ちが止まらない。

 そんな時だった。


「リヒト」

「ギル兄上?!」


 突然知った声に名前を呼ばれてリヒトが振り返ったると、そこにはローズとレオン、ギルバートとミリア、そしてジュテファーとアカリの姿があった。


 ジュテファー・ロッド。

 ローズの婚約者、ベアトリーチェの弟である彼はレオンのそばに控えていた。

 地属性を持つ、伯爵家の血筋の騎士。

 彼はリヒトと違って、レオンのそばにいても、なんの違和感も抱かせない。

 リヒトのそばにいたフィズは、彼らを見て目を瞬かせていた。


「練習は順調か?」

「……それなりに」

 リヒトは、顔をそむけてぼそっと答えた。

「お前、先生してるんだって?」

 そんなリヒトに、ギルバートは笑みを向けた。


「頑張ってるな」

「ギル兄上。俺のことを子ども扱いしないでください……」

 幼い頃のように頭を撫でられて、リヒトは拗ねた。


「悪い悪い。ほら、さー。なんかお前って、中身五歳児みたいなとこあるから感慨深くてな」

「俺は五歳児ではありませんっ!」


 リヒトは声を荒げた。

 違う。自分は、変わったのに。頑張って、変わろうと努力したのに……。それをこの人は認めてくれないのかと、胸が苦しくなる。

 リヒトはギルバートを見上げていた。


「――リヒト」

 すると、リヒトを咎めるかのように声は響いた。


「あまりそう、声を荒げてはいけないよ」

「兄上……」

「仮にも君は王族なんだから。そのことを自負して行動しなければならない。君だって、それはわかっているだろう?」

「……申し訳、ございません……」


 幼い子どもを叱るようにレオンは言う。

 それは、遠い昔の頃と全く変わっていなかった。

 あの日と今日とが重なって、リヒトは俯いた。


「生徒の指導を任されているとは聞いていたけれど、これではちゃんと出来てるか疑わしいな」


 ――レオン様。

 ローズは、レオンを止めようとした。

 しかしその声を遮るように、アカリの声が響いた。


「そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ! リヒト様だって頑張ってるんだから……そういう言い方は酷いですっ!」

「……なぜ君が怒るんだ」

「目の前でひどいことをあなたが言うからですっ!」

「アカリ。落ち着いてください」

「ろ、ローズさん……っ!」


 後ろからローズに抱きしめられて、アカリは顔を真っ赤に染めた。

 最近ローズは発見した。

 アカリは自分に抱きつかれると、何故か大人しくなることを。


「すいません。リヒト様。心配になって見に来ましたが、ご迷惑になってしまいましたか?」

「いや……別に。大丈夫だ」


 リヒトはローズに抱きつかれているアカリを見た。

 ――……ちょっと、羨ましい。

 その時ふと、そんな思いが自分の中に生まれて、リヒトがぶんぶん顔を振った。

 ――アカリが羨ましいなんて、俺は何を考えているんだ!? 

 心の中に生まれた感情を否定する。

 ローズは挙動不審那リヒトのを見てきょとんとしていた。


「……リヒト様?」

「い、いや! な、なんでもない!!!」

 リヒトは慌てて否定した。

「そうですか。なら良いのですが……。そういえば、今は指導もされているとか。頑張ってくださいね」

「……お、おう……」

 ローズに微笑まれ、リヒトは小さな声で返事をした。


「むかつく」

 レオンたちが帰って、すぐ。フィズは腕組みをして、苛立ちを行動で示していた。

「何なんだよ、アイツ。あの金髪の奴! めちゃくちゃ性格悪そうだったっ! 偉そうっていうかムカつく! 王子様っぽいとこが特にやだっ!!!」

「俺も王子なんだけどな」


 ――……『一応』。

 リヒトは、心に浮かんだ言葉を声に出さず飲み込んだ。


「リヒトって、兄貴と全然似てないんだな」

「兄上は、優秀な人だから」


 とても十年間、『魔王』のせいで眠っていたとは思えない。

 十年間の壁をものともしない。

 学院の入学試験で好成績をはじき出したあたり、兄や兄貴分であるギルバートは、自分とは違う人種のようにもリヒトには思えた。


「でも、俺はあいつなんか嫌い。自分は出来ますーって感じのやつって、やっぱ鼻につくんだよな」

「……」

「さっきの姉ちゃん優しくて良い人そうだった。リヒトのために怒ってたし! もしかして付き合ってるとか? リヒトにめちゃくちゃ合いそう。雰囲気とかも」

 フィズは、アカリのことを嬉しそうに笑って話した。


「でも、『王子様』のほうは美人だけど気が強そうだし、俺はやだ。女子からキャーキャー言われるだけあってなんか男っぽいし。それに『頑張ってください』ってさあ、なんか上から目線じゃねえ?」

「……ローズは男っぽいってわけじゃ……。それに、上から目線ってわけじゃないと思うけど」


 黙ってフィズの話を聞いていたリヒトだったが、ローズに対する批判には、リヒトは反論した。

 上から目線というか、そもそもリヒトに教えてくれたのはローズなのだ。

 ローズをフィズは男っぽいというが、婚約破棄する前は、ローズは普通に公爵令嬢らしい格好をしていた。

 それにベアトリーチェの決闘を見守るときも、ドレスを着ていたし――……。

 そんなローズを思い出して、リヒトはまた首を振った。

 やっぱり騎士の格好も似合うけれど、女性らしい服を着ているときも綺麗だ、なんて――自分は何を考えているんだろう?


「やけに庇うな。知り合いなのかよ」

「知り合いというか元婚約者だ」

「……元?」

 不意は首を傾げた。


「リヒト、婚約者いたのか?」

「これでも一応王子だからな。まあ、今は婚約は白紙になったけど」

「そう言えばそうだったな。リヒトって、あんまり偉そうじゃ無いっていうか、王子様っぽくないから忘れそうになるんだよな……」

「……よく言われる」

 リヒトは苦笑いした。



「できたのです!!!」

 リヒトとフィズが話をしていた丁度その頃。

 学院の中の研究室で、双子に呼び出されたロイは、彼女たちが作り出した【かめら】を黙って見つめていた。


「でもっっ!!! これは失敗作なのです!!!」


 双子はそう言うと、片方が被写体となって【しゃしん】を撮った。


「……失敗なのか?」

「そうなのですっ!」

 ロイの問いに、双子は元気よく答えた。


「ただ、これは面白い力を持っているのです!!! 陛下をお呼びしたのはそのためなのですっ!!!」

「面白い、力……??」


 ロイは首を傾げた。

 『彼』ほどではないとはいえ、天才と呼ばれる双子の発明品だ。彼女たちが面白いというのだからよほどのものなのだろうとロイは推測した。


「これは、魔力をためおくことのできる、器を映し出すことのできる【かめら】なのです!!」

「器を映し出す……?」

「そうなのです。これを使えば、その者の、今後の能力の推移のおおよその予測がつくのです」


 彼女はそう言うと、先程自分の前でとってみせた【しゃしん】とは違う髪をロイに見せた。

 そこには、人体の心臓付近に、赤と黒のはっきりした影が映し出されていた。


「空白が、現時点のその者の伸びしろなのです。赤は今の力なのです」

「確かに。これは、面白いな……」


 紙を受け取ったロイは目を瞬かせた。

 今の測定機を用いた検査では、その人間の伸びしろや、溜め置くことが出来る魔力の最大量ではなく、その人間が現在扱うことができる魔力量しか測れない。

 魔力の強さは十五歳でおおよそ確定するというのが定説だが、これを使えば定説が覆るかもしれないとも彼は思った。


「しかし、これには問題があるのです。一枚【げんぞう】するのに時間がかかるのです」

「技術の進歩には時間がかかるのです」

「しかし最初は不完全なのは当然なのです」

「失敗から生まれたものでも、発見は発見なのです」

「これは新たなる一歩なのです!!!」

 双子は交互に言う。


「ああ、確かに――これはこれで面白いかもしれないな。潜在能力を図ることも可能かもしれないし」

 ロイはそういうと、いつものように優しく双子に笑いかけた。


「これは――まあ、実技の結果順でいいか」

 ロイはポツリとそう呟く。


「この【かめら】で、学院の人間全員分の写真を撮ってもらって構わないか?」

「かしこまりました!」

「しかし、【げんぞう】には時間がかかるのです」

「全員の写真ができるのは、半年ほどかかるかもしれないです」

「作ったばかりものであればそれは仕方ないだろう。それで構わない。進めてくれ」

 ロイは頷いた。


「彼は最下位だったからな。それまでに間に合わせてくれればいい」

「「彼?」」

 双子はロイの言葉の意味がわからず、同時に首を傾げた。


「ああ。先日編入してきた他国の王子だ」

「ああ……。あの『馬鹿王子』ですか?」

「――……『馬鹿王子』?」


 双子の言葉を聞いて、ロイは目を細めた。


「『令嬢騎士物語』と今回の試験結果もあって、そう呼ばれているのです。彼としては不本意でしょうが、仕方のないことなのです」

「魔法が使えない者が、この学院に入学出来たことをおかしいと言う者もいるのです。陛下の贔屓ではと」

「贔屓はしていないんだがな……まあ、仕方がないことか」


 学院の試験において、実技より筆記のほうが、本来は難しいのだ。

 その筆記で満点をはじき出したリヒトは、間違いなく知識だけなら学院一だ。

 魔法の研究――その第一線の知識。まだ公開されて間もないものまで、問題には含まれていた。

 リヒトはそれを難なく答えてみせた。

 しかも公開された研究結果を知っていたわけではなく、自分で導き出したのだと言った。


 リヒト自身に魔力はほとんどない。

 けれど紙の鳥という古代魔法の復元といい、リヒトが公にしていない知識は、この世界の魔法を進化させる足がかりにもなる可能性があるものが多く見受けられた。

 だからロイはリヒトを評価する。

 けれどこの世界の信頼は、魔法を使える者である限り、『魔力』が重視されてしまう。リヒトに対する評価は、今は最低だと言ってもいい。

 リヒトが不正をしたことを疑われるほど。


「知っているのです。筆記だけで見れば、その知識はこの世界の中でも優秀だと言って良いでしょう」

「あの年で、あの知識。最早、執念とも言ってもいいのです。でも、それだけのものを持ちながら、魔法を使えないというのは、可哀想ですが彼には魔法を使うの才能はないのかもしれないのです」

「そうだな……」

「しかし彼が、本当に力を手に入れたなら。きっとそのときは、誰も彼には勝てないと私は思うのです」

「なのです」


「?」

 ロイは双子の言葉に首を傾げた。

「古代魔法の一つ――『三重の魔法陣』。もし彼がその魔法を復元出来れば、その時は世界の力の均衡を崩しかねない力を、彼は得るかもしれないのですから」


 魔王の力をも跳ね除けた強大な力を持つ魔法。

 それは、古代魔法の一つ。

 古代魔法について、『こういう魔法があった』という記録が残されているだけだ気の魔法だったが、もしリヒトがその魔法を復元させることができたなら、世界の地図が変わる可能性だってあった。

 魔王をも跳ね除けるほどの力。

 その魔法を復元できたなら、国を消すことも、力を振りかざしてあらゆるものを奪うことも可能なはずだ。


「しかしあれには、かなりの魔力を必要とすると考えられているのではなかったか?」

「そうなのです。けれど力を使う人間は、別に彼でなくとも構わないのです」

「彼が魔法を使うための下地を作り、別の者がそれを使えばいいのです。強大な力を生み出す可能性を、彼は秘めている。そんな人間が、自分の力を知らないでいることは恐ろしいことなのです。彼は一体、どんな教育を受けてきたのです? もし周りの人間が、彼を否定しかしてこなかったというなら、それは、あまりにも愚かしい」

「人の才能に気づけないのは、才能を持たぬ凡人の証なのです」

「あの国の王は、国を守る王であろうという意識が強いからな。それに、リヒトのあの性格だ。魔法そのものから離れた生き方を、彼は息子に望んでいたのしれない」


 自分で自分を追い込みすり減らし、それでも理想を追い求める。魔力という評価基準があるせいで、今のリヒトは卑屈に育ってしてしまっている。

 価値の基準を変えることは難しい。何故ならそれは、世界を変えることと同義だからだ。

 だったら親であるクリスタロスの王が、子に魔法とは別の道を選択させたいと思っても、おかしなことではないようにロイには思えた。


「親が子にしてやれる唯一のことは、子の可能性を見出し成長を見守ることだというのに。国王としては立派でも、彼の親は親としては失格なのです」

「その点私達の親は好きにさせてくれていい親だったのです」

「私達は天才なので当然なのです!」

「……まあ、親も人間だ。そう、責めてやるな」


 ロイは苦笑いして言った。彼は静かに目を細めた。

 お互いを思い合っていても、正しい選択をしようとしても、ままならないことがあることを、今のロイは知っている。


「しかし、陛下。やはり、彼のことはきちんと考えていかねばなならないのです。我が国をも脅かす可能性だってあるのです。彼をこちら側に招くことが一番ですが、それが出来ないならどうするおつもりなのです? 力を持つ者には責任が伴うのです。彼がその力を誤った方向に使わないように、導く者が必要なのです。彼の周りに、そんな人間はいるのですか?」


 もし、リヒトが闇に落ちてしまったら。

 彼が光を失えば、文字通り世界は闇に包まれるかもしれない。

 魔王という脅威は消えても、リヒトという存在が、意思を持った魔王を生む可能性があるのだ。


「……そうだな。いるにはいるが、なかなか難しいかもしれないな」

「どうしてです?」

「彼女は彼がこの学院を卒業すれば、別の人間と結婚する予定だからな」


 ロイはそう言って、窓の外を見た。

 すると、その時。


「ローゼンティッヒ・フォンカートです。少しお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「ああ、君か。入ってくれ」


 扉を叩く音がして、男の声を聞いてから、ロイは中に入るよう言った。

 双子の研究室ということもあり、ロイは扉にかけていた魔法を解いた。


「失礼いたします」

 中に入ってきたのは、金髪赤目の男だった。


「突然申し訳ございません。しばらくの間、お暇をいただきたく参りました」

「君にはこれからも光魔法の教師として教壇に立ってもらいたかったんだが……なにか問題が起きたのか?」

「そういうわけではありませんが、実は古い友人に少し用がありまして。あと……」

 男は、心からの笑みを浮かべた。


「妻が懐妊したのです。ですから少しでもそばにいて、彼女の支えになりたくて」

「君は、本当に愛妻家だな」

 男の言葉にロイは笑った。


「私と彼女を引き離すものならば、祖国であろうと私は捨てますよ」

「……そういえば君は国ではなく、彼女を選んだのだったな」


 はっきりと男は言う。

 そんな彼の言葉に、ロイはかつて男がこの国にやってきた日を思い出して苦笑いした。


「わかった。君と彼女の子であれば、良い子が生まれるだろう。子どもが生まれたら、顔を見せに来てくれ。そしてまたこの学院で働いてもらえると助かる」

「ありがとうございます。その時は、是非。――それでは、私はこれで失礼いたします」


 男はロイに頭を下げると、すぐに部屋を出ていった。

 二人のやり取りを見ていた双子は、目を瞬かせて訊ねた。


「よろしかったのです……?」

「まあ、彼に関してはこの国にいる間臨時で頼んでいるだけだったからな」

 ロイは双子に笑いかけた。


「しかし、あの彼が国に帰るとは……よほど重要なことなのか?」

「彼は何者なのです? ただの光魔法の教師ではなかったのです?」


「とんでもない。彼がこの学院に居てくれるのはこちらとしてはありたがたい限りだったが、彼は産まれも才能も、一介の教師にしておくには惜しい男だ。レオン王子が眠りについた際、彼を次期王にという声もあたっというからな。事実、彼にはそれだけの才能がある」


 ロイは大きく頷いた。


「今のクリスタロスの騎士団長ユーリ・セルジェスカは、ベアトリーチェ・ロッドが指名したために、その座にいるに過ぎない。ローゼンティッヒ・フォンカート――彼はクリスタロスの前騎士団長であり、王妹、亡き『光の巫女』の血を継ぐただ一人の人間だ。魔力を持たない平民の恋人と引き離されるのが嫌で彼が国をでなければ、公爵令嬢である彼女は、彼と結婚して子を設けていてもおかしくはなかったほどだ。なんせ二人とも、赤い瞳の持ち主だからな」


 かつてはくすんだ色に染めていた金色の髪を揺らして、颯爽と部屋を出ていった男を思い出して、ロイは苦笑いした。

 瞳の色はわからない。けれどロイの知る『彼』は金髪だった。

 ローゼンティッヒは『彼』とどことなく似ているが、『彼』ではないとロイは思った。

 理由は簡単だ。


「もし彼が『彼』であれば、いくら愛する者のためとはいえ、国を捨てられるはずがないからな」


 『彼』ならば国を選ぶ。

 誰よりも民を思っていた『彼』が、個人じぶんを優先して国に不利益を与える可能性のある未来を選ぶわけがない。


「????」

 ロイの言葉の意味がわからず、双子は首を傾げた。


「王様」

 ロイの言葉の意味を知るシャルルは、静かにロイを呼んだ。


「気にするな。ただの一人言だ」

 側に控えていたシャルルに声をかけられて、ロイはシャルルの頭を優しく撫でた。

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