表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/119

いつかこの祈りが、光の魔法となりますように(???編)4

「昨日のお忍びで、何か良いことでもありましたか?」

「別に」


 『彼』と共に星を見て、神殿にこっそり戻った翌朝。

 嫌みったらしいその男は、にっこり笑って私に尋ねた。私の脱走を『お忍び』よさらっと言う辺り、監視されているようで癪に障る。

 

「そういえば、ご報告すべきことがありました」

「?」

 書類をめくっていた男は、すっと私に一枚の紙を差し出した。


「国内で、歪みが発見されました」


「ひず、み……?」


「はい。それにより、異世界人まれびとがこちら側に来るかもしれないと報告がありました。今後、その歪みは神殿で管理することになりました」


「大丈夫……なのよね?」


「勿論。それにもし異世界人がこの世界にやってきたとしても、今は制度が整っておりますから。彼らの生活は保障されます」


 淡々と、男は言った。

 けれど、異世界でたった一人。違う世界で暮らすなんて、きっと大変なことだ。


 昔、彼らの知識を悪用しようとしていた時代があった。それもあり、基本的に世界の危機でもない限り、今は『異世界召喚』は認められていない。

 そして今のこの世界では、『境界』を越えた者を元の世界に返すことは行っていない。つまり、この世界にやってきた異世界人まれびとはもう二度と、家族には会えなくなる。

 彼らの気持ちを思うと、生活を保障してやるという男の言葉は、私には理不尽に思えてならなかった。


 それから程なくして、男の言葉の通り、異世界から一人の少年がやってきた。

 少年は、どこにでも居るような――私と同い年くらいの男の子だった。


「俺、剣とか魔法とか、昔からすっげー憧れてて。魔法、俺にも適性があるらしいから、これから使えるようになるのが楽しみなんです」


 一つ予想外だったのは、彼が異世界転移を、悲観することなく受け入れていたこと。

 異世界には、そういった読み物などが沢山あるらしい。

 そのせいか、寧ろ彼は、勇者などといった『役割』を与えられなかったことに、拍子抜けしていたくらいだった。


 異世界人は、どこまでも自由だった。

 何者にも縛られず、自分の意思を突き通す。そうすることが当然だと、生まれながらに染みついているかのようだった。

 そんな彼の前で気を抜いていたせいか――私は、うっかり自分の怪力を彼の前で見せてしまった。


「巫女様って意外と力強いんすね」

「引いたりしないの?」


 この世界では、強化魔法を使える女性は侮蔑の目が向けられる。


「なんでですか?」

 少年は目を瞬かせた。


「俺の世界にも、強い女の人はいますし。ていうか、俺の姉ちゃんがまさにそうだったっていうか……」


 いつも、元気いっぱいに笑っていた。その彼が、家族のことを口にしたときに瞳に悲しみの色が宿るのを、私は見た。


「私のことは、今日から姉だと思って接して」

「……巫女様、俺とそう年は変わらないように見えるけど」

 彼は私を見て――それから少し視線を下げた。


「確かにこの胸のなさは姉ちゃんと一緒だけど」

「今、何か言った?」


 ――よくも、人が気にしている身体的特徴を……!

 私は、彼の首に腕を回してしめた。


「ギブギブ! それ、マジいてえから。やめてよ姉ちゃん!」



「新しくペットを買い始めたんですか?」

 私が少年と仲良くなってから、あの男は私にそんなことを言った。


「『ぺっと』?」

 ――って、なんだっけ? 

 私は、一瞬分からなかった。でも、確か異世界では自分の家で食料目的以外で飼う動物のことを、そんなふうに呼ぶと本で読んだ気がした。


「……彼は、私の弟です」

「そうですか。貴方は本当に昔から、兄弟『ごっこ』がお好きのようだ」

 相変わらず、腹の立つ男だと私は思った。

 いつだってこの男は、一言多い。


 男が私になんと言おうと、私は『弟』との交流をやめはしなかった。『弟』と交流する中で、私は異世界の知識を得た。


「『乙女ゲーム』?」


「うん。恋愛シミュレーションゲームなんだけど……。選択によって、未来が変わるってやつなんだ。もし姉ちゃんが俺の世界に行ったら、きっとハマると思う」


「れんあいしみゅれーしょん……」

 あまり聞き慣れない言葉だ。異世界の言葉だろうか。


「だって姉ちゃん、少女漫画とかのラブストーリーとか好きそうだし、それにイケメン好きでしょ? あの神官長さんのことだって――」


 私は、彼が続きを口にする前にがっと肩を掴んだ。


「確かに顔はいいと思うけど、あの男だけは絶対無いから!」

 それは、私の心からの叫びだった。


「性格が悪いの。自分の体に傷をつけて喜ぶような被虐趣味の持ち主だし、一言多いし小姑みたいだし、とにかく危ない男なの」

「そうなの? 俺には、そういう人には見えなかったけど……」

「蛇みたいな男なの。私たちに見せているものと、あいつの中身は別物なの。騙されちゃ駄目よ。油断してたら、ぱっくり食われちゃうんだからね」

 

 私があの男の危ないところをせっかく説明してあげたのに、『弟』はまるで理解していないようだった。「いい人そうに見えたけど」なんて、とんでもないことを言うほどだ。 

 あの男が、善人なワケがない。


「そういえば、『乙女ゲーム』って、女の子向けなんでしょ? 貴方はどんな『ゲーム』をしてたの?」

 話を変えるために尋ねたら、『弟』は視線を逸らした。


「俺は乙女ゲーじゃなくてギャルゲーを……」

「ぎゃるげー? それって、どんなゲーム?」

「姉ちゃん、この話はもうナシにしよう」


 『弟』に、異世界の、『乙女ゲーム』の話を聞いた日。

 私は一人夜空を見上げて、『彼』のことを想った。


「異世界のゲーム、かあ……」

  

 ――あの日共に星を見上げたあの人は、今何をしているんだろうか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ