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短編 ファンタジー

魔王だけど権力争いに負けて追放されたから側近と隠居する

 我が名はデモン・ド・ベルフェゴーナIX世。魔族の王。つまり魔王である。


「ーー以上によりデモン・ド・ベルフェゴーナIX世を魔界より追放する!!」


「追放だー!」


「引っ込めベルフェゴーナ!」


「足臭ベルフェゴーナ!」


 ……1秒前までは。



ーーーー

ーーーー


「なーんでみんな、ああ言う事言うかのぅ」


 我が名はベルフェゴーナ。元、魔王である。端的に言うと派閥争い権力争いに負けて、色々と嵌められて魔界を追放される事になった。


 ……みんな酷いもんだ。負けたとなると掌を返してのぅ。世知辛いもんだ。第一我の足は臭くない。臭くない筈だ。……くんくん。


「足が臭いのは事実だと思いますが」


 そう言うのは我の側近のヴェリア。長年側近を務めてきた上級悪魔だ。胸がデカい。


「くだらない事考えてないでさっさと荷物整理して下さい。今日中に引き払わないといけないんですから」


 後、若干心を読んでくる。全く。優秀だし頼りにはなるが、これだといやらしい事を考えられないではないか。これはセクハラではないのか。


「痛っ」


 サボっていたら魔導書が飛んできた。幾ら元・魔王といえど本の角は痛い。我が受けた痛みベスト3万にはランクインするだろう。


「……というかどうするんですか?」


「ん?」


「ん? じゃないですよベルフェゴーナ様。追放された後どうするんですか?」


「…………」


「また巻き返すのは難しいと思いますが……」


 まあその通りだ。控えめに言っても我が再び再起するのは難しいだろう。全く……あの手この手を使って我を蹴落としおって。魔族の周到さと言ったら悪魔的で嫌になる。


 ……まあ良い。こうなったら。


「隠居する」


「……は?」


 ヴェリアは呆気に取られた表情で我を見る。だが、我は力強く宣言する。


「我は人間界で隠居する!」



ーーーー

ーーーー



 目の前に広がるのは青い空に青々とした木々。清涼な風が吹き抜け葉を静かに揺らしている。魔界のどんよりとした空気とは大違いだ。嫌いではなかったが。


「……という訳でやってきたぞ人間界!」


 もう魔界からおさらばした。追放されたし。ふっふっふっ。こうなったら自由に生きてやる。


「……まさか本当に来るとは」


 そう後ろでボヤくのはヴェリア。相も変わらず尻がデカい。


「あ痛っ」


 そう思った瞬間また魔導書でチョップをされた。うーむ、だから背表紙は痛いって。


「それで……来たは良いけどどうするんですか?」


「んー、じゃあまず家を作るか」


「分かりました。じゃあ創造魔法で」


「ちょっと待ったあああ!」


 我は魔導書を構えるヴェリアを制止する。創造魔法だと。分かってない。ヴェリア分かってないよ。


「な、何ですか?」


「ヴェリアよ。創造魔法で家を作るのは簡単だ……けどそれで良いのか?」


「は?」


 我は空を見上げながら続ける。


「我々魔族は魔法に頼り過ぎている。故に自らの手で作り上げると言う事を知らないのだ」


「だから我はこの手で家を作り上げたい」


「……分かりました」


「分かってくれたかヴェリアよ」


「まあ、ベルフェゴーナ様の私室に隠してあった手作りの編み物。置物や模型を見るからに察していましたが」


「ちょ、何でそれ知ってるのだ!」


 やばい。魔王らしからぬ趣味だと思って隠していたからめっちゃ恥ずかしい。在りし日に母親にエロい本見られたくらい恥ずかしい。


「別に隠す事ないじゃないですか。特にあのマフラーとか……」


「ぬうああああ!? と、とにかく作るぞ家を!」


「後、手袋も……」


「ぬああああああああ?!」




 ーーーー数時間後。



「ふぅ……できたな」


 目の前にそびえ立つのは立派なログハウス。初めて作ったにしては中々会心の出来だろう。……ふっふっふ。予め温めておいた設計図があって良かった。趣味のDIYも役に立った。世の中何が役に立つか分からんな。


「……」


「どうだ、ヴェリア。自分の手で作ると達成感があるだろう」


 我は得意げに言う。しかしヴェリアはいつもの澄ました表情を変えず。


「……木々を魔法で裁断し、魔法で組み上げるなら創造魔法と変わらないのでは?」


「うぐっ……」


 い、痛い所を突いて来る。そ、そりゃ魔法に頼るのは良くないと言ったが……。


「それは、その……そうだが…………」


「……冗談です。ベルフェゴーナ様。少し意地悪しただけです」


「そ、そうか。止してくれよもう……」


 全く。ヴェリアはこういう所がある。意地悪な奴だ。


《我々魔族は魔法に頼り過ぎている》


「?!」


「あ、うっかり録音したベルフェゴーナ様の音声を間違えて流してしまいました」


「け、消してくれ」


 なんか改めて聞くと物凄く恥ずかしい。だが、ヴェリアはもう一度。


《我々魔族は魔法に頼り過ぎている》


「ぬああああああ!!」



ーーーー

ーーーー



「飯を作ろう!!」


「はい」


 荷物も搬入し終わり、とりあえず引越しは終わった。日も暮れて来たし、ならば飯だ。魔王といえど三度の飯は欠かせないのだ。


「とりあえず簡単なのであれば作りますが」


「……ふっふっふ」


「?」


 ヴェリアに料理をしてもらうのは簡単だ。彼女の料理の腕は中々のものである。だがせっかく隠居したのだ。実は我は……。


「何を隠そう我の趣味は料理なのだ!」


 魔王時代だったらとても言えないが今なら良いだろう。


「知ってますが」


「え?」


「魔王様の私室を掃除していたら机からレシピ本が沢山……」


「ぬああああああああ?!」


 ぬぅ。凄い精神ダメージだ。久々かも知れん。凄く恥ずかしい。


「何故そんなに狼狽えるのですか。良いじゃないですか。家庭的な魔王」


「と、とりあえず作ろう!」


「はい…………して、何を作るのですか?」


「ふっふっふヴェリアよ。お前は低温調理と言うものを知っているか?」


「低温調理? 氷魔法で相手をいたぶる調理ですか?」


 怖っ。調理ってそういう調理じゃないぞ。


「違うわ! ……まぁ良い。見ておれ」


 我は寸胴の鍋に袋に入れた豚肉を入れ加熱する。


「……何をしてるんです?」


 ヴェリアは怪訝な顔をしてこちらを見る。まあ無理もない。これは未知の調理法なのだから。


「これで80度で3時間煮込み続けるのだ」


 これが中々難しい。水を一定の温度に保つのは容易いことではないのだ。まあ魔王となれば水を恒温で保つのは容易だが。


「何の意味があるんですかそれ」


「まあ見ておれ」




ーーーー3時間後。




「出来たぞ。食べてくれ」


 我は3時間恒温で煮続けた豚肉を取り出しサッと火で炙る。見た目は普通の豚肉だが……中身は違う筈だ。


「それでは、頂きます…………?!」


 豚肉を口にしヴェリアの表情が変わる。どうやら上手くいったようだ。我も食べてみるか。


 ……うん。これだこれ! 肉はサクサクなのに脂身はトロトロ。これが低温調理の醍醐味だ。


「どうだヴェリア美味……」


「美味いです」


「そ、そうか」


 こちらを見つめヴェリアは言い放つ。表情は変わらないが心なしか目が輝いている。此奴の喜びの表情は分かりにくいが長年いると何となく分かるようにはなった。しかし……改めて言われるとなんか恥ずかしいな。まあでも……。


「……ありがとうなヴェリア」


「何がです?」


「いや、隠居する前は立場上誰にも振舞うことができなかったからな。隠居した今も、ヴェリアが付いて来てくれなければ誰かに振舞うこともなかったから。やっぱ料理は誰かに振る舞ってこそだからな」


「……まあ、私はあなたの側近ですなら」


「そうか。まあ改めてありがとうな」


「いえ……」




ーーーー

ーーーー




 パチパチと暗い部屋に焚き火の爆ぜる音が響く。淡い炎の光がベルフェゴーナ様の寝顔を照らしていた。


 ……ふふ。今日は随分と生き生きとしていたなベルフェゴーナ様。特にあの低温調理の美味しさにはびっくりした。私も料理は得意な方だと思うがあれば初めてだ。


 割と魔王に似つかわしく無い趣味を持っていたのは知っていたけど驚きだ。魔王で無ければ良い旦那さんになっただろう。


 …………ベルフェゴーナ様は怒るだろうか。私が追放の手助けをしていた事を知ったら。


 ……私は相手の心が読める。勿論万能じゃ無いけど、この力は魔族の権力争いでとても優位だ。だから側近の立場に登りつめる事も出来た。


 だが、だからこそベルフェゴーナ様の苦しみも知ってしまった。あの方は優し過ぎる。魔力や力、知力も強大だ。だが、精神が魔王のそれではない。


 このまま魔王を続けていたらベルフェゴーナ様は潰れてしまうだろう。私はそう確信した。だから、私はベルフェゴーナ様を追放へと追いやった。


 ……私はベルフェゴーナ様に救われた。心が読める力に苛まれて自害しそうな所を救ってもらった。あの方がいなければ私はいないだろう。


 だから、今度は私が救う番なんだ。ベルフェゴーナ様の平穏は何人足りにも邪魔はさせない。


「私が守ります。ベルフェゴーナ様」


 小さな灯の中、私はこの安寧を永遠にしようと誓った。




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