困惑
美咲さんの悲鳴を聞いた僕は、電光石火の勢いで、美咲さんがいると思われるトイレに向かった。先程までいたリビングと思われるスペースから扉を開け出てみると、ちょうど向かい側の扉にに「といれ」と書かれた張り紙が貼ってあった。
僕は内心(なんでひらがななんだろう?…)
とか思いつつも
その扉を開けた。
するとそこには美咲さんの姿はなく
ぶかぶかのパーカーを着ている
小さくてかわいい女の子が壁にもたれるような形で泣いていたのである。
「わたる〜〜、わたる〜…」
その女の子はしきりに僕の名前を呼んでいるのである。
その時、僕の頭の中でさまざまな感情が渦巻いていた。まず、なぜこの女の子は僕の名前を呼んでいるのだろうか、それ以前になぜ僕の名前を知っているのだろうか。「驚き」を超越したような変な感覚が僕を襲っていた。
「わたる、私だ。美咲だ。」
女の子が涙で潤んだ目をこちらにむけながらそう言ってきた。
「え、えぇえええええええええええ」
僕は、先程泣き叫んでいた女の子(美咲さん)の声くらい大きな声を漏らした。
「うるさいなぁ…わたるはびっくりしすぎだ!」
「いや、だって…え、なんでそんな姿をしてるんですか?」
「それについては後で説明するとして…とりあえず、場所を変えないか?」
確かにこの状況はやばい。
トイレで半泣きの幼い女の子と高校生の2人きり
こんな状況を誰かに見られたりしたら、生前の世界なら間違いなく警察のお世話になるだろう。
「わかりました。」
僕はミニ美咲さんの提案を甘んじて受け入れたのであった。
リビングに移動した美咲さんと僕は
小さくなった経緯について話していた。
「美咲さんはなぜそんな姿になったんですか?」僕は抱いていた疑問をぶつけてみた。
「おそらくではあるが短期間で力を譲渡しすぎた結果、私自身が元の体型を保てなくなったのだ。」
美咲さんはため息をつき肩を落としながらそう答えたのであった。
そのとき僕はひらめいたのである!
(なるほどぉ〜これは恐らく僕に責任があるやつだな…)
そこまでわかるとおのずと次にとる行動は決まっている。
「すみませんでしたぁあああ」
僕はスライディングするような形で土下座をしたのである。
「お、おい、そんな事やめろよぉ…」
小さい美咲さんは少し困ったような反応をしていた。
「大体、力を譲渡したのはその通りだが2度目の譲渡は私に責任があるのだから、わたるが謝る必要は何もないじゃないか。だから、な?ほら、頭を上げろよ…」
よく思い返してみると、確かに僕は悪くないのである。2度目の譲渡については美咲さんのせいによって現れたイレギュラーな存在の出現よって行ったものである。しかも僕は殺されかけているのである。
そこまで気づくと僕はゆっくりと頭をあげた。
「よく考えてみると僕は何も悪くなかったです。」
僕は赤面した顔を隠すように少し下を向きながらそう答えた。
「まったく…わたるは早とちりが過ぎるぞ。」
「はい…すみません」
なぜかもう一度謝ってしまったが
まぁこれはこれでよかったのであろう。
「美咲さん、小さくなってしまったということは今までより力が弱まっているのですよね?その状態でこの世界は大丈夫なのですか?」
そう、この世界の神様は美咲さんなのである。
こんな何も無い宇宙のような暗いところでも一応は1つの空間として成り立っているのだ。
「まぁ、大丈夫だ!もとより私の世界で大事なのはこの家だけだからな!ここさえ保てれば問題は無いのだ!」
「たしかにその通りですね。」
僕は少し笑いながら答えた。
さてそろそろ本題に入ろうと思う。
僕は、咳払いを1回して美咲さんに一番気になっていることを聞いてみた。
「それで、さっき譲渡された力はどうやったら使えるのですか??」
「あー!そうだった。説明がまだだったな!」
「はい!」
「私がお前に与えた力は二つだ。まず一つ目は幻獣の卵。これは神話などで語り継がれている伝説の生き物が産まれてくる卵だ。ただし産まれてくる幻獣の中には危ないものも沢山いるからな」
「で、どーやってその幻獣の卵とやらを出すんですか?」
「別に出す必要は無いぞ。卵は今お前の中にある。そうだなぁ、お前が一番好きな動物を頭の中で思い描いて念じてみろ」
「その動物の種族に似ている幻獣を産ませることができる。」
僕は目を閉じ、言われるがままに頭の中で一番好きな動物をイメージした。
(できるだけ強そうな幻獣がいいから強そうな動物をイメージしてみるか…)
陸で言うとライオンや虎がつよいのだろうか
また、水辺で言うとサメやワニが強いのだろうか…
そんなことを考えながら僕はある生き物に決めたのである。
その生き物について頭の中で念じていると不思議な感覚に襲われた。なにかが僕の中で鼓動を打っているような感覚。なんだろうと思いつつ目を開けてみると驚くことに
目の前に卵が落ちているのである。
卵といえば鳥類のたまごをイメージするのが一般的だろう。
しかしそこにあった卵は、そのような概念を根本から覆すような形や色をしていた。
鳥類のたまごとは違いまん丸な形をしており、色は紫に近い色だった。
そんなことを考えながら、卵を見ていると
バキッ…バキバキ…
「わたる!産まれるぞ!」
「え、ちょっ、早くないですか!?」
(幻獣っていうのはどんだけ生まれるん早いんだよ…)
普通の生き物ならありえない早さである。
そんなこと思ってる間にも卵の殻にヒビが入り続けついにその姿を拝む時がきたのである。
「ワン!」
そこには幻獣とはかけ離れた青色の狼のような生き物がいたのである。おそらく幼体であろうその狼は尻尾を振り嬉しそうにこちらを見つめていたのであった。
「美咲さん、これハズレで…」
僕の言葉を遮るかのように、部屋に美咲さんの雄叫びが響き渡ったのである。
「うぉおおおおおおおおおお」
「どうしたんですか?いきなりそんな大きな声を出して」
「わたる…お前すごいな。」
美咲さんは驚きを通り越して少し興奮した様子だった。
「何がすごいんですか?」
「こんな凄いものを産んでおいてなにがすごいだと?お前の目は節穴か!!!!こいつはどう見ても大当たりだろ!」
ハズレと思っていたこの狼が当たりなど美咲さんは何を言っているのだろうか。。
「僕には、そんなにすごくはみえないですがね…一体こいつは何の幻獣なんですか?」
美咲さんが深呼吸をして、少し落ち着いた様子でこう答えた。
「こいつは、北欧神話に出てくるフェンリルだ。」
僕はフェンリルという名前に聞き覚えがあった。
こんな僕でも知っている有名中の有名な幻獣であった。
最高神であるオーディンを飲み込んだとして言い伝えられている幻獣である。
「まじですか?美咲さん!!!!」
「あぁ、まじだ!!まさか、こんなレベルの幻獣が産まれるとは思わなかったぞ!!」
2人で興奮していると、そのような事自分には関係ないというように、小さい幻獣は大きなあくびをしたのであった。