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もし、リンゴを与えられたなら

「誰なんだろう、呪いなんて」


「あ、あのね、ハイネ」


 トアさんは、苦い顔をして、私を見ていた。

 目線は泳ぎ、落ち着きもない。


「なに?」


「僕、この呪い、知ってるんだ。心当たりがある。もちろん僕じゃない。ハイネは、エデンの園の話を知っている?」


「エデンの園って、あの、リンゴのやつ」


「そう。アダムとイブがリンゴを食べてしまうやつ。食べてはいけないと言われていたのに、食べてしまった。どうして食べたか知ってる?」


「えっと、確か、蛇に誘われて」


 何故突然、エデンの園? この話とロリロリの呪い、何の関係があるの。

 今も苦しんでいるロリロリの前でする話ではない。


「そう、蛇。チャーナくんの場合、リンゴが呪いだったんだ。つまり、チャーナくんは蛇に誘われた。すごく、甘い誘い。その誘惑に、負けてしまった。たぶん、魔法の力と引き換えに、この呪いをもらった……残念だけど、ユーエンチにも蛇がいる。真っ白な、小さい蛇」


「白い蛇?」


 それは、縁起が良い蛇では?


 どこからか拍手が聞こえた。

 私たちが入ってきた入口付近。


「よくわかったね、褒めてあげる」


 まだ幼い、聞き覚えのある声。


「……カト、くん?」


「やあハイネ、トア、サン?」


 確かに、カトくんは真っ白だ。

 髪も、肌も。

 でも、まさか。だって子供だし、声かけてくれたし。


「やはり、君だったか、非常に残念だ」


 やっぱり、整った美しい顔。清潔感のある服装。

 嘘、だよね。こんなに小さいのに。


「ど、どうして」


 私の問いに、カトくんの表情が歪んだ。

 人を小馬鹿にするような、子供とは思えないほど、心の裏側が見えているような。


「理由? はっ、そんなの無いね。そうだね、暇だったから? 退屈が嫌いなんだよ、俺。そしたら、偶然その人間に会ったんだ。迷っててさ、話聞いてあげた。トアサンを追ってきたって言うから。笑っちゃうよねー、あははっ、人間のくせに。だから、ゲームを提案したんだ」


「ゲーム?」


「そうだよ。人間はゲーム、好きだろう? 命を賭けたゲームにしたんだ。そうしたら、乗って来たんだよねー、はははっ。はーあ、人間って、ほんっと、嫌い。弱いし、醜い。でも、ハイネは悪くないね、うるさくないし、力も、度胸もある。ま、退屈しのぎにはなったかな」


「命を賭けたゲームなんて、そんなのゲームじゃない!」


 馬鹿げてる。どうして、こんなに歪んだ心が。

 こんなに小さいのに、恐怖が芽生える。


「呪いを解除しろ、人の命を奪ってはいけない」


 トアさんは、弟を叱るように言った。


「……ふうん、それ、本気? ちょっとしか時間を共にしていないハイネに影響されたんだ。馬鹿みたい。あんた、変わったよね。はっ、ばーか! ハイネの何を知って、簡単に許しちゃってるの? ハイネを、ちゃんと理解してるわけ?」


「何を言っている? 僕はハイネを理解している」


 トアさんの言葉に、カトくんは口角をあげる。


「本当に? ハイネの好きな人が、向こうの世界にいるかもしれないのに? 結婚を考えた人間だって、いるかもしれない……いないって、信じられるの?」


「なっ! そうなの、ハイネ!」


 カトくんの誘導に、簡単に引っかかったトアさん。

 物凄い勢いで、私の方を振り向く。


 (前から思ってたけど、トアさんって、意外と純粋で単純だよね)


「いないけど」


「なんだ、ほら、聞いたかい?」


 安心しきったトアさんは、カトくんを睨む。


「信じちゃうんだ。知ってる? 人間ってね、平気で嘘、つくんだよ。浮気、とかいうのもあるし。遊ばれてるんだよ、トアサン。かわいそーに」


 トアさんを仲間にしたいのか、執拗に誘導する。

 私一人なら、弱いだろうし。判断は間違っていない。


「そんなことない! ハイネは、そんなことしないよ。僕、見たんだ。ハイネは友達いないし、いつも一人で犬と話してる。この前だって、上司に怒られていた」


 (お前かよ! 私の感じた視線。おかげでモモタロウが脱走して、私が怒られた)


 小さくトアさんの足を踏んで睨む。

 何を思ったのか、トアさんは私にウインクした。


「ちっ、つまんなーい。ハイネみたいな、ぼっちの人間じゃ、引っかかりもしないや。あーあ、戦うしかないかな。俺、そんな人間どうでもいいし、解除する気もないよ。ユーエンチもつまらないし、死者は弱いしさー、俺を殺してみなよ。臆病な、ト、ア、サン!」


 ノーガードですよ、と言わんばかりに両手を広げている。


 (トアさんが臆病? そんなところ、毛ほども無いけど)


 いつも堂々としていて、マジシャンだっているのに?

 不思議になってトアさんを見上げる。

 私に気付いたのは、カトくんだった。


「あれ? もしかして、ハイネ知らないのー? あ、それもそうか。だって、ハイネの前なら恰好良く演技するよね。男だもん、臆病なところなんて、ダサいし、嫌われちゃう」


「うるさい、君には関係ないだろう」


 トアさんは平静を装っているけど、明らかに動揺している。図星なのだろう。

 トアさんの様子に、笑いを堪えるのが必至なカトくん。


「だって、ぷっ、おかしいもんね。ここまでハイネは、ほぼ何もしてない。死者を倒したのは、ぜーんぶトアサン。じゃあ、なんで今まで戦おうとしなかったの? 怖いからさ。死者も、自分のステッキ……ええっと、マジシャン? で、さえも。だから人間の世界に逃げてた。なのに! ハイネを気に入って、ハイネが困ってる姿を見かねて、助けたくなった。だから、連れてきた。ふふっ、自分の為にぃ! ……違う?」


 ツボに入ったのか、腹を抱えているカトくんに、残念ながら、これも、図星なのだろう、ぐうの音も出ないトアさん。


 (たぶん、怖くてこっち見れないんだろうな……仕方ない)


「カトくん、何が面白いの? 何が楽しいの? 臆病だから、何? トアさんは、ちゃんと私を守って戦ってくれた。死者に立ち向かってくれた。すっごい強かったよ。恰好良かったよ。どうして、そんな人を笑うの? 私からしたら、カトくんの方が、よっぽどダサいよ!」


「は、ハイネ!」


 鼻をすすり、目を潤ませながら、感動しているっぽいトアさん。

 それとは反対に、つまらなそうに口を曲げるカトくん。


「つまんないなー、死ねよ。俺が殺してやる。二人仲良く、殺してやるよ。ユーエンチも、人間も、みーんな! 俺の暇つぶしに、付き合ってもらう」


「僕とハイネの愛に、勝てるわけない。死ぬのは、君だ、カトくん」


「いや、ロリロリ救うのが先だから!」


 恥ずかしい事を平気で言えるのに、どこが臆病なの。

 トアさんは、本当に理解できない。

 でも、どこか憎めないのは、何故?


 (初めて好意を言葉にしてくれたから? プロポーズされたから? それとも……私は、トアさんをどう思っている?)


 トアさんの後ろ姿に問いかける。


 (答えは出るのかな? いや、出さなきゃいけない。プロポーズされたからには、こっちも真剣に答えないと。そうでしょ、灰音)


 トアさんはステッキを高く上げる。ロリロリの時は水だったけど、今回は大きな稲妻。本気らしい。

 カトくんに向かって一瞬で飛んでいく。

 カトくんはそれを、これまた一瞬で避けて、空気を手のひらで集めて、槍の様に鋭くこちらに飛ばす。


「それ、触れたら死んじゃうから、頑張って避けてねー」


「え! 死ぬって、ひっ」


 私のすぐ横を風のようにいくつも飛んできた。


「あれは、死呪文のようなもの。ハイネ、僕の後ろにいてね。絶対出たら駄目だよ!」


 トアさんは、触れたら駄目なのに、ステッキで弾く。

 何度の何度も弾いているが、特に異常はない。物は平気なのか。


 稲妻と死呪文が飛び交う中、私はカトくんの足元に動くものを見た。

 小さく動く、真っ白な蛇。時々、チロチロと舌を出している。

 そして、躰を動かしながら、徐々にカトくんから離れていく。


 (怪しい、怪しくないかい、あの蛇)


 ちらっと見えた蛇の目は、金色に光っていた。

 怪しさと不安が入り混じる。

 蛇は、シュークリームから出ていくように、出口に向かう。


 (逃げちゃう! 捕まえないと!)


 突き動かされるように、私はトアさんの背中から走り出す。


「ハイネ!? ちょ、危ないから! ハイネ!!」


 トアさんは私にも飛んできている死呪文を、弾きながら走ってついてきてくれた。

 カトくんは、今もなお大量に死呪文を遠慮なしに放つ。その姿は、魔王のよう。


 無事出口までたどり着いた私は、蛇を追う。


「ハイネ! どこに、どこに行くの! ねえ!!」


「なんだ、ハイネ逃げたんだ、根性ないねー。おい、お前の相手は俺だろう? よそ見しないで、ほら、トアサン、死ね死ね!」




 2人の会話を背中に、蛇を追った。


 しばらく追ったところで、蛇はとぐろを巻いて私が来るほうを、じっと見ていた。

 まるで、私を待っていたかのよう。


 息を切らしながら、蛇を睨む。


 (何か、わかるかも。捕まえないと!)


 ゆっくりとした動作で蛇に近づく。

 爬虫類は平気な方だから、素手で捕まえようと思った。


「小娘、貴様、人間だな」


 蛇がしゃべったー! 明らかに、目の前の蛇は口を動かした。

 怪しい、見た目に似合わない、老婆のような声。


「蛇さんは、カトくんから出てきたように、見えたんだけど。何者?」


「ふぉ、ふぉふぉ。気の強い小娘だこと。ワシが見える、それすなわち、人間である証拠。カトやトアには見えてないからの。ワシは、ヤミ。全て、ワシがやったこと」


「ヤミ、さん? どういう意味? 全てって」


「全てじゃ。カトに憑き、弱い小娘と契約したのも、死者を作ったのも、全て、ワシじゃ」


 カトくんは操られただけ? 弱い小娘って、ロリロリのこと? 死者を作ったって、何?

 全ての元凶は、このヤミって蛇なのか。


「全部、ヤミさんだったの? 死者を作ったって、どういう?」


「死者は、ワシが作った。ワシが死なない限り、死者は消えん。弱い小娘の呪いも、解けん……この世界を揺るがして、事が大きくなれば、人間が来ると思った。ワシを見てくれる人間が。そして、ワシを殺せるのも、人間のみ」


「どういう事なの、ヤミさんは、死にたいの? 死にたくて、こんなことを」


「そうじゃ、死にたい。人間として生きた九十年。間違えてやってきたこの世界で彷徨って、力を求め、魔女になって、不老不死にたどり着き、成功、そして罰せられ、蛇にされた。あれから何百年、やっと、やっと、死ぬ方法に辿り着いた! 久しぶりに出会った人間は弱かった。でも、利用する他なかった」


「そんな! 自分が死ぬために、ロリロリを、あんなに」


「さぁ、強い小娘。貴様なら、ワシを殺せる。ワシを、ワシを殺してくれ! こんな、生きていない醜い姿になった、化け物のワシを! 殺してくれえ!!」


 シュルシュルと、私の方に寄ってくる。

 嬉しそうに見える。蛇だから、表情は変わってないのに。


 (悔しい。こんな、死を望んでいるだけの奴に、振りまわされて、ロリロリが苦しんで、私の職場まで影響を受けて、それなのに! 私は、こんな自分勝手な奴の、望みを叶える事になる)


 私は、トアさんに貰ったステッキを取り出した。


「ヤミさん、あなたは、たぶん、死んでからも苦しむでしょう。傷つけてきた人やユーエンチの住人、その数だけ、苦しむ。苦しんで苦しんで、ちゃんと償って下さい」


 苦しんでほしい。悲しんでほしい。後悔してほしい。これらの言葉を飲み込んで。

 私はステッキを、ヤミさんに向かって、投げた。



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