もし、勇気があったなら
トアさんの言っていた通り、進むにつれて辺りが嫌な雰囲気になってきた。
薄暗く、ユーエンチに来るまでの暗さでは無いものの、どんよりとしている。
木や竹がたくさん生えているが、この暗さでは光が届かず、枯れたり腐っている。
生物など、とても生存できる環境ではない。
「君、大丈夫? さっきからキョロキョロして。頭悪い子みたいだよ?」
真顔でトアさんが悪口を言ってくる。
何だか、私を見下している感が歩くにつれて増している気が。
(やっぱり性格悪い……)
「ちょ、ちょっと、つ、疲れてので」
「え、疲れたの? もう? 弱いなー、でも、まぁ、人間は皆そうだよね。じゃ、その辺で休もうか」
「あ、ありがとう、ございます」
仕方ない、と言わんばかり。盛大なため息と共にトアさんは、立ち止まってくれた。
悪いのは、私なのか?
「やっぱり、僕は辺りを見てくるよ。暇だし。君はここを動かないでね、面倒くさくなるから」
「は、はぁ」
枯れて倒れた木に腰を下ろす。
どこを見ても薄暗い。そのうちトアさんも見えなくなった。
不安になる。
やっていけるだろうか、こんな世界で。姑みたいなトアさんと。
(今、何時だろう。というか、この世界、時間あるの?)
することもないので、ぼーとしていたら、背後から葉を揺する音。
風はない。のに、探るようなガサガサ音。
(まさか、敵!?)
やばい、私丸腰だし、トアさんいない。
動くなって言われたし、どこかに隠れる?
見回すけど、木しかない。音は近づいてくる。まるで私に用事があるように。
(どうする? どこか、隠れる?)
一番太そうな木の陰に出来るだけ体を小さくして隠れる。
ガサガサ音が無くなった。葉から抜けたのか代わりに足音がする。一歩、一歩と近づいてきている気がする。
(気付くな、気付くな! 通りすぎて、お願い!)
何歩目かの足音を最後に、静寂に包まれた。
息を殺す。気付かれないように。
「……おい、何をしている? 迷ったのか」
突然目の前から幼い声がして、つむっていた目を開ける。
地面には、小さめの黄色い革靴。
(こ、子供?)
恐る恐る視線を上げる。
もしかしたら、子供の幽霊かもしれない。
黒いズボンにサスペンダー、白いYシャツ。
(……あれ、大丈夫じゃない?)
整った顔立ち、真っ白なおかっぱに真っ黒の大きい目。
美しい少年が首をかしげて見つめている。
「おい、聞いているのか?」
「あ、どうも」
軽く会釈する。なんだ、子供か、と。
その割には、大きい態度だな。
「迷ったのか。よくこんな所まで。菓子にでも釣られたか」
「え、迷っているの?」
「俺じゃない! お前だろう?」
「あ、私? えっと、人を待っているけど」
「人? 人間が、この世界に?」
ありえない、といった様子。
子供だと思っていたけど、すごくしっかりしている。
何歳だろうか。
「おい、聞いているのか? 誰を待っている」
「あの、トアさんって名前」
「トアさん……トア様、のことか? いったいどこでトア様と。もしかして」
考え込み始めた男の子。
自分より小さいと、警戒心とか、なくなるな。
(あれ、私、子供平気じゃない?)
人間みたいだけど、きっとこの子もトアさんと一緒。
普段は関わることのない世界の住人。
(てか、トア様って、何?)
「おーい、って、あれ? いない……」
トアさんの声が、近くで聞こえてきた。
木に隠れて見えていないのだろう。
「! トア様、人間なら、ここです。自分が話相手になっていました」
トアさんの声を聞くなり、男の子は一転。
考えることを止め、私の時と態度も変わっている。
(やっぱり、子供じゃないと思う)
「あれ、カトくん。どうして、ここに?」
男の子をカトと呼び、近づいてくる。
「あの、自分はトア様を探していまして。そしたら、この人間を……」
「あれ、ここにいたんだ。ダメだよ、君、動かないでねって言ったのに」
近づいてくる途中に私を見つけ、カトくんの話を聞いていないのか、無視して話し始めた。
カトくんは「あの」「えっと」とおろおろしている。
「ご、ごめんなさい」
仕方なく、謝ることにした。
「全く、どうして勝手に動いちゃうのかな。人間は弱いのに、実に愚かだね」
「あの! トア様、この人間は?」
無理やり私の前へ一歩踏み出したカトくんは、トアさんを見上げた。
カトくんが視界に入ったトアさんは「あぁ」と声を出した。
「この子はね、僕の弟子。一緒に死者と戦うんだよ」
「弟子!? そ、そんな……じ、自分は……」
弟子になったつもりは無いが、カトくんは驚愕し、落胆している。
(もしかして、弟子に憧れでもあるのかな)
「あ、あのさ、カトくん!」
助け船を出そう! 私よりも弟子になりたいのであろうカトくんに譲りたいと思った。
「はい! じゃ、休憩したよね。行くよ」
トアさんは無視して歩き出そうとする。
落胆したままのカトくん。
おろおろする私。
(でっ! なんて自分勝手な奴!)
「ちょ、ちょっと」
トアさんに何か言おうと走り出そうとした時。
「うああああー、うおおおおおー」
突然、背後からする不吉な低い声。
(! な、何?)
振り向くと、チョンシ―みたいに手を上げた、顔色の悪い男。
目は空洞で、先は闇。口は常に開いていて、よだれが半端ない。
服は生前着ていたのか、ジーパンだがボロボロ。
「し、死者」
ぽつり、と落胆していたカトくんが呟いた。その目は警戒している。
(こ、こえーーー!!!! 何、死者めっちゃ怖い! こんなのと戦うの? 無理!)
「君、何している、逃げるぞ!」
トアさんが迫りくる死者を見ながら私の腕を掴んだ。
だが、残念な事に、私の足は恐怖で動かない。
「君! 早く! どうしたの?」
腕を引っ張られても、私の足は動かない。
言葉を発したくても、出ない。
「何してるの、人間。殺されるよ!」
いったんは逃げようと数歩進んだカトくんも来てくれた。
二人は、何やってんのこいつ。という目で見てくる。
今の私は、さぞかし迷惑をかけている。いうなら、時間を守らず買い物を続け、皆を待たせるツアー客。
「っとに! 仕方ない」
迫りくる死者に我慢の限界とばかり、トアさんが動いた。
私の身体をなんとかして、運ぼうというのだろう。
(え、ま、まままま、まさか! この仕草……漫画で見たことある、お姫様抱っこ!)
瞬時にでた私の脳内は、拒否。
これだけは、未来の旦那様でなければ、全身全霊でお断りする! って決めていた。
「待ってぇーーーーー!!!!」
私は叫び過ぎて、呼吸が乱れた。突然の声に驚いたのだろう、トアさんは動きを止め、カトくんは目を見張る。死者ですら一瞬飛び上がった気がする。
「ど、どうしたの、君」
いつになく静かな声を出したトアさん。そして唖然としているカトくん。
(ど、どうしよう。お姫様抱っこが嫌だっただけで、叫んだ事に意味はないんだけど、何か期待されているのかな)
二人は私を見つめる。奇怪、という目で。この空気で本当の事なんて言えない。
そのうちカトくんは、迫ってくる敵を思い出した様子で「トア様」小さく知らせた。
考え込み、確信した私は、一つの答えを出した。
「に、逃げたら駄目だよ! 戦わなくちゃ」
出来る限りの感情を込めた。
この場を乗り切る事が出来るのは、勇者的セリフではないか、と。
ゲームとかアニメに出てくる鍵となる人物。
時には優しく知識を分け、時には厳しく崖から子を落とすライオンの様に。
私が――キーパーソンになってやる!
「何言ってるの、君。戦えるのかい? 君が、死者と」
「何を言うかと思えば」
予想通り、トアさんの反応は否定的。カトくんも呆れ始めている様子。
だが、引き下がる私ではない。なぜなら、今の私はキーパーソンだから。
「に、逃げたら、このままずっと逃げる事になるよ! 戦って、勝って、そうやって進むんだよ。全力で戦うのが、大切なんだよ! 負けるかもしれない、私だけなら、死ぬかもしれない。けど、最初っから逃げるよりはずっと良いよ! 私たちが戦わないと、誰が死者を倒すのよ! 誰がユーエンチを救うのよ!!」
全て出し切った。
私も、いつの間にか本気になってしまった。
(つい興奮したけど、大丈夫かな)
静寂に包まれる。トアさんもカトくんも、唖然と私を見たまま固まっている。
「……君、人間のくせに、ユーエンチを救おうとしてるんだ。変なの。僕たちの世界なのに……ほんと、人間ってお節介だよねー。でもね、僕、そういうトコロ、好きだよ」
突然、見たことないような真面目な顔をするトアさん。
私の言葉が届いたのか分からないが、気になる言葉が一つ。
(あれ、この人、人間好きだったんだ)
新たな発見。
「ねぇ、人間、名前は?」
それまで立ち尽くしていたカトくんも、なにやら真面目な顔で私を見ている。
少し戸惑いながら「中川、灰音」答えた。
「俺はカト。ハイネ、覚えておく」
私より小さいのに、やっぱり上から目線。
何がどうして名前を聞いたのか、さっぱり分からない。そして、カトくんは歩いて行く。どこ行くの。
頭をぐるぐるしていると、トアさんが私の肩に手を置いた。
「ハイネ、僕が死者を殺してあげよう。君の人間っぽいトコロに称賛送ろう」
(え、どうしたんだろう、急に。でも、倒してくれるなら、いいか。ドヤ顔してるし)
トアさんは、楽しそうに笑っていた。私も任せることにした。
迫りくる死者に向けて放った、トアさんのステッキ。さぞかし軽そうに、ぽーんと。
「さあ、行ってこい! マジシャン!」
(あー、なるほどね。マジシャンみたいなステッキだからか)
ぼんやり考えていた私が、馬鹿だった。
ステッキが姿を変えたのは、頭が九つもある巨大なドラゴン。
それも、一首ごとに鎖が巻き付いて、腕輪もしている。尻尾は地面に刺さり、巨大な翼は少し動かしただけでも台風並みの風。
(なにこれ、新しい物件? いやいや、なんなの! この名前とは程遠い化け物!)
「と、トアさん? これが、マジシャン?」
「そうだよ、かっこいいでしょ。人間は皆ドラゴン好きだよね。ドラゴン桜って漫画あるの知ってるんだから、僕」
「それ、たぶん、違うドラゴン」
本当に異世界なんだ、ここ。