崩壊(愛視点)
「銀行を退職することになった。」
「あら、そうですか。次はどちらにお勤めになりますの?」
「次は決まっていない。今までの貯金があるだろう?それでなんとかしてくれ。」
「貯金なんてありませんわ!すぐに働いてもらわなければ困ります!」
リビングに近付くと、二人の悲鳴のような声が、はっきり聞こえるようになってきた。
内心、鬱陶しいと思いながらも、リビングの扉を開けて、二人に声をかける。
「ねえ、外にまで聞こえてるよ。恥ずかしいからやめて。」
「愛ちゃんっっ!!!お父様ったら銀行をやめるって仰るの!!貴女からも何か言ってちょうだい!!」
「えー、銀行やめるの?別にいいけど、私の結婚式までは勤めててよ。花嫁の父親が無職なんて恥ずかしいわ。」
「もう退職届は出してきた。」
「何を仰ってるの!早く辞表を取り消してきてくださいませ!」
「そうだよね。せっかく銀行の頭取で自慢できるお父さんなのに。それかせめて、私の結婚式まで!それが終わったら二人で退職金で悠々自適に暮らせばいいじゃない!」
「…………退職金はでない。今までの貯金でなんとかしろ。愛、お前も今までのようにカードを使うんじゃないぞ。」
「え!?」
いきなりのお父さんの言葉に驚く。
「どうして!?お父さんが銀行やめるのなんて勝手だけど、私に迷惑かけないでよ!!」
「迷惑だと!!愛にも散々小遣いをやって来ただろう!」
「親なんだから当たり前じゃない!これからも同じように使うからね!!」
散々お父さんに考え直すように言ったが、全然意見を変えてくれない。
疲れた私は、あとをお母さんに任せ、部屋に入ることにした。
大丈夫……いつも頼りになるお父さんだもの。
ちゃんと一晩立てば、落ち着いてくれるはず。
次の日、起きたときにはいつも通り、お父さんは出勤したあとで、お母さんも落ち着いた様子だったのでホッとした。
今日は、料理教室の前に新しいバッグを買いに行こうと思っていたので、早めに家を出る。
「申し訳ありません、お客様。こちらのカードは使用不可となっておりますが……。」
「え!?そんなはず……。」
昨日、お父さんに言われたことが、頭によぎる。
え!?本気だったの!?
「じ……じゃああとで支払いにきます!」
「お客様、申し訳ないのですが、当店では後払いは受け付けておりません。もしよろしければ、お取り置きさせていただきますが……。」
「もういらないわよっ!」
イライラしたままお店をでる。
お得意様なんだから、少しぐらい融通効かせてくれてもいいのに!
もうこのお店で買い物なんてしてやらないんだから!
……でも、どうしよう。
今日は料理教室がある日だ。
そこに、生意気な女がいて、私に張り合うようにブランド物を持ってくる。
しかも毎週別の物!
他のメンバーも何故かあの女ばかりチヤホヤするのが腹が立つ。
でも、今日持っていかなかったら、あの女にバカにされるかもしれない。
……そうだ!お母さんのを借りていけばいいのよ!
時間が迫ってきていたので、あわてて家に戻って、お母さんのクローゼットを探る。
おお、結構良いものあるじゃない!
クロコのケリーを見付けた私は、それを中心にコーディネートした格好で出かけることにした。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
挨拶を交わして、教室に入ると、すぐにあの女を探す。
あの女のは……コーチ!最新作なのは流石だけど、今日は私の勝ちね!
バッグを見えやすい位置に持ち直して、あの女に声をかける。
「こんにちは、遥さん。」
「あら、愛さん、こんにちは。」
「それ、コーチの新作バッグ?素敵ね?」
「ありがとう。愛さんのは、クロコのケリー?それ、お母様の?親子で使うって素敵ね。」
バレた!?
やっぱり私には年齢不相応だったのかしら!?
あの女に、バレてしまったことが、悔しくて悔しくて、顔が真っ赤にそまる。
屈辱に耐えきれず、踵を返し、教室から出ていく。
すぐに、教室から出ていくつもりだったのに、なんだか寒いと思ったら、入り口でコートを預けたままだった。
流石にこの季節にコートがないのはつらい。
でも、あの女と出くわすのが嫌だったので、教室が始まる時間帯まで待ってから、預け所の管理をしている人に声をかけて、鍵を開けてもらう。
教室の間は、準備室に物を預け、鍵を閉めておくきまりになっているのだ。
自分のコートを着こんだ私の目に、あの女のバッグが写りこんだ。
あの女のバッグ……切り裂いてやろうかとも思うが、ここに入ったのを、管理の人に見られている。
でも……もしかしたら……カードの一枚ぐらい借りても分からないんじゃないかしら?
だって、私や友達もそうだけど、お財布の中身を気にしたことなんてなかったし、カードの明細なんて見ないから、バレないと思う……。
あのバッグだけでも買って、もとに戻しておいたら……。
そっと、あの女のバッグに手を伸ばし、財布を開ける。
予想に反して、カードは1枚しか入っていなかった。
まあ、これでもいいか……。
ポケットにカードを入れて、バッグをもとに戻そうと思ったとき、後ろから大きな音がした。
「え!?愛さん帰ったんじゃ……。!それ遥さんのバッグよね?」
料理教室の先生の助手が、つかつか近寄ってくる。
「違うの!」
「何が違うの!?」
その時、手からバッグとカードが滑り落ちる。
助手は人を呼びながら、部屋から出ていったのでチャンスなのだろうが、足に力が入らず座り込んでしまう。
何で……何でこんなことになるの……。
隆司の所属を、海外事業部に変えさせていただきました。
どうやら、私の会社独自の名称のようで、分かりづらくすみませんでした。
拙い文章で、誤字脱字もなかなか直りませんが、ご指摘いただけると助かります。
これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします。