崩壊の始まり(取引先視点)
あまりもの反響に怖くなってきました。
皆様、本当にありがとうございます。
はぁ……
思わず安堵のため息が漏れた。
今出ていった男は、傍若無人な態度で有名だった。
その相手との取引が終了し、もう付き合わなくてもよくなったことに安心したのだった。
取引を始めた当初は、好青年に見えたし、うちと長年の付き合いである会社の息子さんということで、信頼して取引を始めたのだが、付き合いが長くなるにつれて、あらが目立つようになっていったのだ。
約束の時間に遅刻は当たり前。
こちらの社員をバカにするような言動。
契約内容は、こちらに不利で、あちらばかり有利なものを押し付けていく。
はっきり言って、利益がでるどころか、人件費のことを考えると赤字になるくらいの取引ばかりだったのだ。
それでも、大手と取引をしているというのは、中小企業であるうちの会社にとっての信用につながっていた。
あの会社との縁ができたから、新しく出来た取引先もある。
不満はあるし、直接的な利益がなくとも、利の方がわずかだが大きかったのでなんとか付合いを続けてきた。
彼が長年の付き合いのある会社の息子さんだったというのも大きい。
いずれはその会社に入ると聞けば、邪険にも出来なかった。
うちの会社のような中小企業は、横の繋がりや長い付き合いのところを大切にしないといけないからだ。
しかし、それも1カ月前までの話だ。
休みだからと、年頃なのに下着姿同然の格好(この格好に文句をつけると「キャミワンピよ!」と怒られる)でごろごろしていた娘が、突然大声を張り上げた。
「はあ!?あのバカ男何考えてんのっっっ!!!」
物凄い剣幕で怒鳴り散らしたかと思うと、おもむろに化け始めた。
いつも化けるのに一時間かけているのが嘘のように、5分ほどで化け終わって、
「私ちょっと女子会いってくるからっっ!!!」
と叫んで、飛び出していった。(25にもなって何が女子だと言うと、当然怒られる。最近では妻まで女子だと主張し始めた。)
嵐のような娘を茶の間から見ていたのだが、帰ってきたときの様子には度肝を抜かれた。
あの小さい頃から気が強くて強くて、めったに泣いたことのない娘がボロボロに泣いて帰ってきたのだ。
変な男にでも襲われたのかと焦って話を聞いたのだが、話は予想外のものだった。
娘の親友が婚約破棄されたというのだ。
婚約破棄されたという華ちゃんと娘は、いわゆる幼馴染みだ。
会社同士の付き合いが長く、子供の年が同じだったことから、一ノ瀬の会社との付き合いは、近年更に増えていた。
自営業であまり構ったやれなかったこともあり、娘と華ちゃんはべったりくっついて姉妹のように育ったものだった。
その華ちゃんが婚約破棄されたといえばそりゃあショックを受けるだろう。
一瞬想像した、最悪のことでないことに安心した俺は、妻が娘を慰めるのを見ながら、これからのことを考える。
華ちゃんといえば、近堂の倅と婚約していたはず。
その近堂の会社とは、一ノ瀬と同じぐらいの付き合いがあったし、近堂の倅は、大手総合商社に勤めているので、そちらとも付き合いがあった。
だが、あのバカ息子が、華ちゃんとの婚約を破棄をしたというのならば話は変わってくる。
一ノ瀬の家は、決して大企業ではないが、歴史と、技術と職人はすばらしいものがある。
あのバカ息子は、大手ばかりを気にしていて、中小企業とバカにしていたようだが、日本の技術を支えている中小企業が多いというのは知らなかったのだろうか。
小さな会社でも、作っているものが小さな部品でも、そこでしか作れない製品というものがあるし、その小さな部品一つがないと困ることだって多いのだ。
今、近堂のバカ息子と取引している製品は、他のところからでも購入できるが、特許を独占している一ノ瀬の製品は、他で購入出来ないものばかりだ。
特に、今の一ノ瀬の社長も跡取りも、所持している特許の数が半端ではない。
それも、これからの時代に必要なものばかりだ。
一ノ瀬の社長は娘溺愛だし、跡取りも妹溺愛だ。
だからといって、経営に私情をもちこんだりはしないだろうが、婚約に伴った技術提携は破棄されるだろう。
それなら、近堂の未来もかなり暗いものがある。
少し、近堂と距離をとっておいてもいいだろう。
娘は、本当にいい情報を持ってきてくれた。
今度、近堂のバカ息子が来ても、契約更新はせず、取引を終了させよう。
まあ、いろいろごちゃごちゃと考えてきたが、娘同然に可愛がっている華ちゃんを捨てるなんて許せんし、娘を泣かせたのも許せん!
利がないし、付き合いも薄い、切ってもなんの問題もない!
経営者なのだから自分の感情を優先させはしないが、最後の決めては感情だ!
……こう思うのは、うちだけじゃないだろうな……これから、近堂は大変になっていくだろう。