愛母視点
どうしてこんなことになってしまったのか……。
ここ数ヶ月で、大きく荒れ果てた手を見て、自分に問いかけるが、自分でも何が何だかよく分からない。
今現在、私は家政婦協会で、家政婦として働いている。
私を指名してくれる人は多く、日々忙しくしていると、何かを考えようとしても、考える時間もなく、眠るか働くか食べるかの生活を送っていたのだ。
最近その指名が減ってきて、それに比例して給料の減額も痛かったが、ようやっと落ち着いて考え事ができるようになってきた。
『祝い指名がなくなってきたからだ』と職場の人はいろいろ言うけれども、『大変なのでしょう?』とまるで理解者のように振る舞っているものの、私を嘲笑っているのが分かってしまう、元友人宅からの依頼が減ったのは、精神的に楽になった。
ここまで考えて、またため息をこぼす。
今まで順風満帆な人生を送ってきた私だったのに、ここ半年程度で、大きく様変わりしてしまった。
なぜこんなことになってしまったのか……。
良家に産まれ、箱入り娘として、大事に大事に育てられた。
良家に嫁ぎ、働いたこともなく、家を守って過ごしてきた。男児には恵まれなかったものの可愛い娘を持って、誰からも羨まれるような生活を送っていたのに……。
銀行の頭取だった夫は、横領をしていたとかで、起訴されてしまった。
女に貢いでいたらしい。
問い詰めたいが、横領が新聞記事になってしまってからというもの、家に帰ってこなくなってしまった。
夫がいないというのに、いろんな非難がとんでくる。
どうやら、インターネットで晒し?にあってしまったらしく、家がばれたようなのだ。
雑誌に、家の写真が載ったときはモザイクがかかっていたのに、どうやら見る人が見ればわかるそうだ。
郵便受けには訳の分からない手紙が入れられ、電話に出ると、よく分からない勧誘のものや怒声が聞こえてくる。
賠償のこともあり、家をどうするか考えなくてはいけなくなったときに、実家のすすめもあり、離婚して家をでることになった。
長年連れ添った夫とは、顔もろくに合わせないまま離婚の手続きが済んだ。
夫だけでも大変だったのに、娘も、どこで間違えたのだろうか、窃盗未遂をおこしてしまい、それが原因で、世間体を気にした実家に戻ることもできなくなってしまった。
女たるもの純粋でなくてはと、世間で言うお嬢様学校へ入学させ、男性との接触をなるべく控えさせていたのに。
女の子なのだから、男性よりも学歴があっても……少しでも若いうちに結婚を、と思って、短大を卒業の後は家事手伝いをさせ、ゆっくり花嫁修行をしてきた。
最初のお見合いは21歳のとき。
相手も良家のご子息で、申し分ない相手だった。
王子様のような外見から、愛も気に入ったようで、乗り気でそのあとも数回お会いし、婚約の運びになろうかというときに、相手からの断りの連絡が入った。
婚約・結婚を前提に付き合っておいてなんてこと!と当初は憤慨したこちらだったが、相手から、愛の身辺調査書を見せられ、血の気が引いた。
愛が、ご子息ではない男と腕を組んでホテルに入っていく写真だった。
調査結果を読むと、愛の通っていた短大の教授らしい。
しかも、その教授は妻子持ちだった。
怒りに震える相手と、ごたごたしているうちに不倫に気づいてしまった教授の奥様に慰謝料の請求をされた。
夫には相談なんてできなかった。
自分は、子育てや家のことなどまるでせず、『そんなのは女の仕事だ。』と言って、私に全て押し付けるのに、愛のことで上手くいかないことがあれば、『母親の責任だろう』と直ぐに私を責めるのだ。
幸い、家のことは全て私にやらせるが故に、貯金から慰謝料を出したことには気づかれなかった。
相場よりもかなりの金額がかかってしまったが、表沙汰にしないためには仕方がない。
女の子に悪評がたってしまったら、素敵な結婚ができなくなってしまう。
なんとか、表沙汰になることなく解決することができたことに安心したのも束の間。
今度は、ホストクラブからの、愛が利用したと言う、すごい金額の請求がきたのだ。
さすがに、金額が金額だっただけに、愛を問い詰めるが、要領を得ず、これも夫に内緒で、貯金から支払いをする。
そのあとも、ちょこちょこお金を支払うことが多くなり、あっという間に貯金が減っていってしまった。
愛が23になったとき、なかなか結婚まで至らない愛をいつまでも家に置いておく訳にはいかず、コネを使って、働きに出した。
それなのに、すぐやめてしまった。
あの子には向いていなかったようだと思い、次を探すが、どれも長続きしない。
まあ、女の子なのだから、仕事は結婚までの腰掛けなのだからやめてもいいと思ってはみるものの、なかなか結婚相手が現れないことに焦りを覚え始めた。
その後の勤め先でも、婚約者がいる相手と付き合いだし、相手に慰謝料を支払うことになってしまった。
貯金が尽きてしまったのは痛いが、これで、愛も落ち着くだろうと思うとホッとした。
相手も、それなりの企業に勤めているし、実家は企業の経営者一族だ。
女の子は、お嫁に出すまでが母親の仕事。
これで私の仕事も終わりだと安心した。
それなのに、まだ結婚式まで間があるのにいきなり会社をやめてくる。
それならばと、今度は男性が一人もいないことを確認した習い事に、花嫁修行として行かせるが、盗難未遂を起こす。
隆司さんとうまくいかなくなってきたようで、懸命に働く私を尻目に、食べて寝てばかりいる。
今は、ネイリストになるのだといって専門学校に通わせろと言っているが、もう家にお金はないのだ。
実家にも、愛が一月前に言い出した、美容専門学校の学費を全面的に支払ってもらったのに、すぐ止めてしまったので怒りをかってしまい、もう頼めるような状況ではなくなってしまった。
八方塞がりのまま今日も、まだ寝ている愛をおいて仕事に出かける。
……本当に、どうしてこんなことになってしまったのか……。




