-8
ヨシユキが目を覚ますと目の前には鉄板で周囲を囲まれた部屋にいた。
もちろんそこがどこかなんてまるでわからない。
辺りを探ってみると大きな暖炉、シャワーにバスタブと、ロッカーが一つあった。
「……なんだここは……なぜこんなところに……」
理由もまるでわからない。
目を覚まし前の記憶を辿ろうとしても何も思い出せない。
その時だった。
どこからかボイスチェンジャーのような声が聞こえる。
(ヨシユキ、ロッカーをあけろ……)
誰だ!?
どこから声がしたのかもわからない。
「どういうつもりだ。ここはどこだ!」
声は聞こえなかった。
一体誰が……何も思い付かない。
いや……一人いる……俺が憎んでる女が……
ヨシユキは声に従いロッカーを開けた。
そこには……俺が大嫌いだった……女。
「モモノ……何してるんだ……」
モモノは不意に開いた扉越しにいるヨシユキにただただ驚愕する。
「なんであんたが……あんたがここに閉じ込めたのね……」
モモノはヨシユキに噛みつくように激昂した。
だがヨシユキも同じ思いだった。
「おまえが俺をここに閉じ込めたんだろ!お前は俺が嫌いだった!なんのつもりだ!」
「そんなことするわけないでしょ!あんたが私を閉じ込めたのよ!」
二人が言い争うのをよそにまたあの声が聞こえる。
(二人とも目が覚めたな……悪いがお前らにはそこで死んでもらう。)
どういうことだ……なにをいってるんだ……
「おい!俺が何をした!汚い真似してないで説明しやがれ!」
「そうよ!何のつもりよ!なんでヨシユキなんかと一緒にしたのよ!」
声は何も帰ってこなかった。
その後どれ程時間が経ったかわからない。
おそらく2時間はたっただろう。
二人はそれぞれどうにか逃げる方法を探った。
しかし何も出口に繋がるようなものは見えない。
モモノは壁を殴った。
だが鉄でできた壁はなんの反応もない。
「こんな所で死にたくない!私を出して!」
モモノの声は虚しく響いた。
その様子にヨシユキは疑いの目を向ける。
「アカデミー賞なみの演技だな。モモノ、今ならお前を許してやる。」
「私じゃないって言ってるでしょ!!あんたを閉じ込めてなんの得があるのよ!!」
モモノの台詞はヨシユキの中でその理由が証明できるものだった。
「俺たちは……愛する人を奪いあった……充分理由になる!」
あの声は聞こえなかった。食事も与えられず、風呂に入ろうにも水も湯もでない。
モモノも隅っこで床に座り込み微動だにしなかった。
「モモノ、お前からも何か言え。食事も風呂もない。このまま死にたくないだろう」
「……動いたって何も起きないでしょ。あの声を待つしかないのよ」
……その声は現れた。
(お前らには裏切られた。友達と思ったのに)
怒りに溢れたその声。
(お前らは俺を騙したんだ。それは許されることなんかじゃない。)
ヨシユキもモモノもまるで見当がつかない。
二人とも誰かを騙したことなんかない。
(お前らの記憶をたどれ。死ぬ前にそれだけ教えておいてやる)
「記憶ってなに!?あんたは私たちを知ってるの!?」
(知りたくはなかった。だがお前らは俺のテリトリーに入ってきた。俺は騙されたんだ)
その声は聞こえなくなった。
ヨシユキとモモノは不服ながらも強力して記憶を呼び覚ました。
しかし何も記憶にない。
記憶にあるのは……お互いの大切な人だけ。
「……マサシしか思い出せない……」
「……俺もだ……」
2000年。今から15年前にヨシユキとモモノは共通の友人、マサシと出会った。
とても仲が良く、一緒にいろんな遊びをした。
そんなある時、モモノはヨシユキにあることを告げた。
「マサシが好きなの。これからは気を使ってあなたはマサシに近づかないで」
ヨシユキはその言葉が許せなかった。
それは自分を除け者にしようとしていたからじゃない。
ヨシユキも同性のマサシに惹かれていた。
「……ふざけるな。マサシは俺のものだ!お前なんかにはやらない!」
それからもマサシとは友達でいた。
ある時、お互いの腹の中が見えている二人はマサシの前で激しく喧嘩した。
もちろんマサシを取り合って。
直接的な言葉は言わなかったが、マサシが自分を取り合い二人が言い争っていることはわかっていただろう。
それからしばらくしてマサシは病院へ入院した。
感染症にかかったらしい。
優しいマサシの前で喧嘩したことを二人で謝った。
マサシは気にしてないと言ってくれたが、その後もマサシの具合は悪くなっていた。
ある時、抜け駆けをしたモモノはマサシに愛を伝えた。
ヨシユキはその現場を見てしまった。
「汚い女め!マサシの病気を知っててそんな抜け駆けを!」
「人に愛を伝えるのに抜け駆けも法律もないんだよ!マサシは男の子だ!あんたみたいなやつより、女の子がいいに決まってる。」
……またマサシの前で喧嘩をしてしまった。
翌日、病院へ行くとマサシの姿はなかった……
家へ行っても、すべて引き払われていた……
「……マサシと離れて10年だ。生きてるかどうかもわからない。」
ヨシユキは小声でそう呟いた。
また大部時間が経った……
腹が減った……風呂にも入りたい……
ヨシユキがモモノの姿を見ると、同じく動かず壁によすかっていた。
同じ思いをしているんだろう。
「モモノ……ひとつ聞いてもいいか」
「……なによ」
「お前マサシのどこが好きだったんだ?」
モモノは考える必要もなかった。
「全部よ……顔も声も、優しさも、なにもかも。あんな完璧なヒトはいない……」
その言葉にヨシユキは驚愕した。
「俺もだ……あいつの全てが好きだった。なぜここまで惹かれるのかわからない……」
まるで意見が一致した。
だが……
「あいつは……おそらく俺たちのそれが嫌だったんだ……別に好きな人がいたんだよ……」
モモノはヨシユキに向かって拳を振り回した。
「そんなこと許さない!私以外にマサシは似合わないのよ!私はこの10年マサシのことだけ考えて生きてきた!誰を愛することもなくね!」
ヨシユキは馬乗りするモモノを引き落とした。
「俺もだよ!だがそれしか考えられないだろう!あいつは俺たちの愛が迷惑だったんだ!」
モモノは黙れと再びヨシユキを殴った。
男のヨシユキも負けずと殴りかかった。
性別なんか関係なかった。
無性にお互いがお互いをに組み合った。
(また喧嘩ですか……いい加減にしてくれ。)
声はその喧嘩を止めた。
ヨシユキもモモノも冷静に考えて体力の無駄だと再び距離を取り別々の場所へ座り込んだ。
さらに月日は流れた……
二人とも動くことができなかった……
その時、再び声がやってくる……
(……まだ生きてるのか。どうすれば死んでくれるのかな……君たちは)
言い返す気力もない……
心の中で目的は何なんだと叫ぶのみ……
(……やはりお前らは嘘つきだ。そうやって俺を騙して……楽しかったか……)
騙す……一体何を騙したというのだ……
さらに時間は無情にも過ぎる。
何も考えられない……死が近付いてるのか……
モモノも反対側で倒れている……
最後の力を振り絞った……
「モモノ……マサシによく喧嘩を止められたよな……あいつ優しいから」
「ええ……なんだかんだマサシを好きになる前から喧嘩してたわ……」
〈もう、また喧嘩して……モモノは女の子だから叩いたらダメでしょ!〉
いつも喧嘩をするとモモノの味方だった……悔しいけど……
あれ……?
なんかひっかかるぞ……
あいつなんで……もしかして……
「おいモモノ。あの声の男こないだ俺たちが喧嘩したとき何て言った?」
「また喧嘩ですかって言ってたわ……」
「またって言うほど喧嘩したか?」
「言い争いはしたけど……」
マサシだ……この声は間違いなくマサシだ……
あの声は俺たちの喧嘩を前にも見たことがある人間。
半分勘なのだが……
「マサシなんだろ!答えてくれマサシ!なんでこんなことを?」
モモノは「マサシがするわけないでしょ!」と一喝した。
だがそんなもんは関係ない。
「出てきてくれマサシ!あの日喧嘩したことを恨んでるなら謝る!もう喧嘩はしない!」
その声が現れた。
(なぜマサシだと思う……)
「もう他に思い当たる人がいない……」
(……そうか……そう思うなら嘘をつくな……二人ともに言ったはずだ。そんな芝居はやめろ)
モモノは立ち上がった。
「私たち嘘なんかついてない!!何もしてない!マサシに嘘なんかつかない!」
(俺は今嘘をつくなと言ってるんだ。今過去の話は関係ない)
認めた……この声はマサシだ……
「マサシ……嘘ってなんだ!腹がへった……風呂に入りたい……友達を苦しめないでくれ」
(また嘘ついたな……お前らは稀代の悪党だ……よくも俺を騙したな……)
どういうことだ……嘘ってなんだ……
(……俺たちは友達だった……僕は君たちが大好きだった……そして友達の証、僕が大好きな飛行機のおもちゃでよく遊んだなぁ……覚えてるか)
モモノもヨシトキももちろん覚えている。
マサシの家には飛行機が沢山あった。
だがあるとき……
「君の飛行機を一つ壊してしまった。俺とモモノがやったんだ……」
(よく覚えている。一番のお気に入り……)
そうだ。よく覚えてる。その機種はダッシュナインと肩を並べる機種だから。ヨシトキもモモノも全て覚えていた。
「-8〈ダッシュエイト〉……」
(なぜ飛行機の機種を知ってるんだ……おかしいよな……)
どういうことだ……当たり前じゃないか……友達だから。
(僕はあのとき-8を壊したとは言ってない。僕は飛行機が好きだが、当時はそんな機種までしらなかった……)
何が言いたいんだ……
(さっきまで腹が減って動けなかったのに元気だな。風呂も入ったのか)
「マサシ!元気じゃないわよ。もう何日も食べてない!お風呂だって……」
モモノは自分の体を見た。どこも汚れていない……
気がついたら空腹も感じていなかった。
ヨシトキも同じ思いだった。
一体何をしたんだ……
(だから嘘をつくなと言ったろ。おまえらは腹なんか減らない。風呂もいらない。なぜなら……)
…おまえらは俺が作ったんだ……
ヨシトキとモモノが最後の声のする方向へ振り向いた。
「マサシ……なぜここに……」
「俺はずっとここにいたよ。ヨシトキとモモノをこの世から消すためにね……」
マサシの手には白い手拭いが握られていた。
「俺はこの手拭いで10年間目隠してきたんだ。お前らに会わないためにね」
「何を言ってるの?そんなバカなことあるもんですか」
試そうか……
マサシは目隠しをした。
ヨシトキとモモノは自分の体が消滅するのを感じた。
マサシは目隠しをはずした。
目の前には現れたヨシトキとモモノ。
「これでわかったろ。お前らは俺が作り出した幻覚だ。」
ヨシトキとモモノはまだ半信半疑だった。
「まだわからんか?なぜ10年離ればなれの俺の顔を知ってる!なぜ-8を知ってる!なぜお前らの記憶に俺以外のものがない!」
ヨシトキとモモノは答えられなかった……
マサシの言うことは本当なのか……
「-8を壊したのは俺なんだ。それを俺の妄想であるお前らがやったことにした。全てはあの日からだった……」
2000年
マサシは保育園で口下手が影響してか友達が一人もできなかった。
マサシはある日、自分の家にヨシトキとモモノという大人がいることに気付いた。
二人は年齢が違うもののすごく仲良く遊んでくれた。
しばらくすると二人はマサシの前で喧嘩をよくするようになった。
ある時、ヨシトキとモモノと遊んでいるとき飛行機の模型を二人が壊してしまった。
マサシは父親へ謝った。3人でやったことにした。
だが父親はこう言った。
「三人?おまえはいつも一人で遊んでるじゃないか……見えないお友達のせいにして嘘はいけないぞ」
しばらく同じようなことが続く。
ついにマサシは病院へ入院することになった。
「統合失調症です。幻覚で大人の男女、ヨシトキとモモノが見えてるようです。幻覚は絶対にマサシくんのことを否定しません。マサシくんにはそれを理解してもらわなけらば。」
医者と父親からその二人は幻覚だと言われた。
今も目の前にはいると言うのに……
二人になんの病気か訪ねられたので、感染症だと伝えた。
二人はどこにでも現れた。トイレにも。
その後も二人は現れた。
ある時、モモノしか見えないことがあった。
理由はわからないが。
そしてモモノから愛の告白をされる。
それが引き金だった。
モモノはどうみても20歳代後半だ。
マサシはまだ10歳。
そんな恋愛が成立せるはずがない。
しばらくして現れたヨシトキはそれを怒っていた。
ヨシトキは30歳代前半といったところか。
二人はマサシをしたってくれる。
でもこれはやはり幻覚なんだ。
マサシは家族に手拭いと耳栓をもらった。
そして全ての情報を断絶……
それから10年間……一度も耳栓と目隠しを外さなかった。
「……つまり俺はこの部屋でずっと目隠しだけをしていたんだ。耳栓を外してね。」
認めたくない……俺たちがマヤカシだなんて……
「考えてもみろ。なぜ5歳の男の子といい歳した大人が飛行機で遊ぶんだ。」
……そんな違和感は感じなかった……
ただマサシの笑顔が見たかったんだ……
マサシは鉄の扉を普通に開けて外へ出た。
「……なぜ」
「鉄の扉だろうと鍵はかけてない。お前らは俺の近くから離れられない。つまり俺の意識の中に閉じ込められていた……」
マサシをタバコを吸いながら伝えた。
「俺はタバコを吸ってるのに、タバコをみたことがなかった。お前らが消えてくれないならまた目隠しと耳栓をする。また君たちの前から消える。」
煙は風に吹かれ宙を待った。
「ありがとうマサシ……君と出会えて良かった。」
「サヨナラマサシ。元気にやってね……」
……二人はその部屋から消えた。
マサシの涙腺は緩み、タバコを消えてしまった。
「こちらこそ……ありがとうだよ。チクショー」
マサシはかつて住んでいた家を後にした。
完