モモとショウマ
「ショウマ! どこにいるにゃ!」
「はい、モモ様。只今参ります」
ニャオン国の由緒正しき華族、モモの私の前に現れた人間──ショウマはわたしの下僕。
ニコニコと害の無い笑顔で、わたしの前へやってきて跪いた。
「遅いにゃ。わたしが頼んだ用立ては済ませたのにゃ?」
「はい、勿論です。ここに……」
ショウマは恭しく箱を差し出してきた。
「開けなさい」
わたしが命令すると、はい、と素直に箱の蓋を開ける。
そこには、淡いピンク色のヒールが一足。
取りだし、うっとりと眺める。
欲しかったんだあ、これ。
踵の部分にはリボンとクリスタルの鈴。
歩くとチリンと清らかな音が鳴る。
この前の舞踏会で、商人上がりの男爵の娘が履いていたの。
あれは赤だったけど、わたしにはあんなどきつい色は似合わない。
だって、わたしの毛並みは白だもの。
欲しくて欲しくてお父様におねだりしたんだけど
「ニャオン国の伝統を守るのが、皇家にお仕えするのも使命なのにゃ。異国の物を欲しがるとは、はしたないにゃ」
と、あっさり却下。
華族のお姫様って、お金を自由に使えないのよ。出納にしっかりチェックされてしまうの。
でも、諦められない。こんなに「欲しい!」と思う気持ちは、初めてなの。
分かってくれないお父様を思い出し、鰹節をガジガジかじりながら何か良い手はないかしら?
と悶々としていたら、ショウマが内職を勧めてくれたわけ。
ハンカチの刺繍と手袋のビーズ。
これなら学校の授業でもやってるし、ボランティアで日常的にやっていたから、わたしにも出来る。
一枚三十円の世界だけど、怪しまれずに出来るバイトってなかなか無い。
一日十枚ノルマでせっせと縫い物。
傍らで暇だからと、ショウマもせっせと鰹節を削る内職。
……美味しそうじゃないのよ。
離れて削りなさいとショウマを足蹴りしながら三ヶ月。
目標額達成!
そんなわけで今日、ショウマを買い物に行かせたわけ。
ショウマは人間だから、猫族の靴箱なんか身体のどこだって隠せちゃうもの。
「履かせて」
「はい」
座り、ショウマに後ろ足を出す。
ショウマは跪いたまま、私の後ろ足を受け取るの。
ふわりと、繊細な硝子細工でも扱うかのように、ショウマは私の足を扱う。
ショウマの手は最高だ。
わたし達猫族のように可愛らしくも美しい肉球もないし、いざという時にシャッキーンと伸び、武器と変化する爪も無い。
しかも、猫として一番重要な身体を覆う毛皮が無い。
それでも、マッサージするように足を擦りながら靴を履かせてくれるショウマの手は、神がかった動きを見せてくれるの。
滑らかな手は毛皮の手触りとは、違うなめらかさ。
なーんだか気持ち良くなっちゃうのよねー。
「既製品ですから少々調整しなければなりませんね」
「──あ、そ、そうにゃ?」
やばっ! ウトウトしてた。
「歩いてみて頂けませんか?」
「別に要らないにゃ。どーせ、外出する時はいつもお着物か袴だもの。この靴で外は出歩けないにゃ。だから室内でこっそり履いて楽しむためだけのもの。別に合わせなくても良いのにゃ」
「だけどモモ様の肉球はとても柔らかいですから、少しのお時間でも痛むのではないかと……このショウマ、心配でなりません」
眉を下げ、潤んだ瞳でわたしを心配そうにショウマは見つめる。
ショウマの瞳は、わたし達みたいに虹彩が細くなったりしないし、夜に光ったりしない。
でも、とても表情が豊か。
「踵の高い靴は、思うより足に負担をかけます。美しいモモ様の丸みを帯びた、おみ足の形が変形したり、真っ白な爪が歪んで変色すり可能性があるのです──それを考えるとこのショウマ、胸が潰れそうに……」
切なそうに胸を押さえ、今にも涙が溢れそうな茶色の瞳がわたしを捕らえる。
そんな瞳で
そんな顔で
わたしを見ないでーーー!
胸のバクバクが止まらない~!
ああん! どうしてなの?
わたしは猫族
ショウマは人間
身分どころか種族も違うのに、どうしてわたしの胸は恋をしたようにドックドックと激しく動くの!
確かにショウマは人間の中では『イケメン』と言う部類に入るわ。
しかも、きちんと躾を受けた、その辺の雑種とは違う。
でも、猫とは美的感覚が違うはずなのに。
猫族のイケメンじゃなくて、人間のイケメンにどうして胸がときめくの!?
落ち着いて、落ち着くの。
錯覚かも知れないのよ。
猫族の間だってあるじゃない、発情期にはどんなブス猫だってゲス猫だってブタ猫だって、きらめく超イケてる美猫に見えるじゃない。
それと同じだわ。
時間が経てば美的フィルターが無くなって、ただのイケメンに見えるのよ。
「しょ、しょがないにゃ」
ふん、と立ち上がりショウマの前で歩いて見せる。
踵の高い靴をあまり履かないわたしは、不安定な足取り。
「ストップ、モモ様」
その場で立ち止まる、わたしの踵に触れながら
「全体的に前へ寄ってしまわれますね。爪先に柔らかな詰め物を入れましょう」
とショウマ。
……あまり触れて欲しくないにゃ
わたしだって年頃。
いくらショウマがわたしの下僕だって……。
ちくり と胸が痛む。
触って欲しい
でも
触って欲しくない
どちらかと言うと、触って欲しい気持ちの方が大きい。
心地良くって、ずっと触っていて欲しい。
喉をグルグル鳴らしたくなるのを我慢するのって辛い。
ずうっと昔、わたし達猫族が人間に飼われていた時の記憶が、身体に埋め込まれているんだわ。
「調整しましょう。靴をお脱ぎ下さい」
柔らかなスポンジを入れては出して切り。それを何度か繰り返し、履き心地の良いセミ・オーダーのハイヒールに早変わり。
「如何です?」
わたしは、ショウマの前でくるりと回って見せる。
チリンと鳴るベルの涼やかな音も変わること無く、わたしの足に馴染む。
「良いにゃ。流石ショウマね」
ショウマは色んな事をそつなくこなせる。
室内でしか履けない靴。だけど足が痛くならない方が良いに決まってる。
歩く度にチリンと鳴るベルの音に、わたしは微笑みながらショウマを見ると、ショウマも嬉しそうに微笑んでいた。
その笑顔がうっとりと蕩けそうなので、わたしの方が恥ずかしくなって、思わずプイッとそっぽを向いてしまう。
「……ふん。まあ、わたしに仕える下僕なんだから、この位出来て当たり前だにゃ」
「はい、このショウマはモモ様だけの物です」
にこりと、胸に手を当て更に微笑みを深くして、わたしを見つめるショウマ。
──そんなこと言わないで。
真に受けちゃう。
時々ショウマは、下僕以上の思いが籠っているんじゃないかと、こちらが錯覚してしまう言い方をする。
ドギマギしているわたしを見て、からかってるんじゃないかな? とひねくれた考えで、わたしは高飛車な態度になってしまうの。
「モモ様……」
微笑みを継続しながら、ショウマがポケットの中を探りつつ近付いてきた。
……えっ? 何?
ぎょっとして身構えているわたしの事なんか気にせずに、ショウマはどんどん近付く。
わたしと数センチしか離れていないところまで来ると、ショウマはほんのりと頬を赤く染めた。
「これを……」
ポケットから出したのは、小さな四角い箱。
わたしに見せるように蓋を開ける。
──そこには、薔薇を型どったクリスタルが付いているチョーカー。
「このチョーカーのリボン。ヒールの飾りのと同じにゃ」
「はい。モモ様と一緒に私も内職をした給金で買いました。名前も刺繍してもらったんですよ」
「……それで戻ってくるのが遅かったわけにゃ……」
「モモ様がお生まれになって初めて体験した労働に、私も何か記念にお贈りしたかったものですから……」
嬉しくて
胸のバクバクと一緒に涙腺が緩んできちゃう。
鰹節、つまみ食いしなくて良かった。
わたしのためにショウマは、やらなくて良いことまでやっていたのに。
迷惑とも面倒臭いとも、愚痴どころか顔にも出さずわたしに付き合ってくれた。
それどころか
わたしにプレゼントだなんて……。
「……ありがとう」
素直にお礼の言葉が出せる。
いえ、と照れながらショウマは、片膝を付いてわたしに頭を垂らした。
「モモ様の首に、このチョーカーを付ける名誉を与えていただけますか?」
「勿論にゃ」
わたしは後ろを向いて、ショウマの動きを待つ。
ショウマの大きくて長い腕が持つ、薄いピンクのリボンのチョーカーが、わたしの目の前に回る。
シルクのリボンに合わせて白い絹糸で刺繍されたわたしの名前。
──名前……
な・ま・え!?
刺繍された名前を読んで、わたしの毛がぶわりと逆立った。
「ショーマーーーー!! 何よこれ!?」
ぐいっとヒョウマの手からチョーカーを引ったくり、ポカンとしているショウマに叩きつけた。
「えっ? えっ?」
本気で驚いているようだけど、私の方がもっと驚いたわ!
「“モカ”になってるにゃ!」
「えーー!?」
慌てた様子でショウマは刺繍を確認する。みるみるうちにショウマの顔が青ざめていった。
「──そんな! 店側のミスですよ」
「本当にミスなのにゃ? ショウマが二つチョーカーを用意してあって、相手を間違えて渡したんじゃ無いのかにゃ!」
「そ、そんなことは……!」
「アビシニアン家のモカ様への贈り物でしょ! うにゃー!」
「ちょっ! アビシニアン家のモカ様とは面識はありますが、それだけですよ!」
「確認しなかったショウマが悪いにゃ!」
ヒールを履いたまま、ショウマを足蹴り連打。
ゲシゲシゲシゲシゲシ
「いたたたたたたたた!! モモ様! ヒールの靴で足蹴りは凶器ですから!」
「黙れにゃ!! この浮気者! おっちょこちょい!」
「いや、ちょっと! 浮気って……! 事実無根──! 痛い痛い!」
「ショウマのバカ! アホ!」
「肉球で蹴られるのは気持ちが良いけど! ヒールは勘弁してください!」
「ショウマの変態! 気持ち良くなるまでヒールで蹴り続けてやるにゃ!!」
ゲシゲシゲシ
「……あれ? 本当に何だか気持ち良くなってきた……」
二話完結です。