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平穏な生活を夢みて  作者: 宮野 圭
第一章 ~赤い女~
9/13

長雨③

 

 朝はカラッと晴れていた空は、昼が近づくにつれて段々とどんよりと落ち込み、お昼を過ぎた頃にはパラパラと雨が降り始めていた。

 放課後。一人教室に残る燐太は、しとしとと降る雨を見るでもなく眺めながら、自分の席でぼんやりと頬杖をついていた。


 棗は今日も部活で、今学校に残っているのは部活動をやっている生徒くらいだろう。

 本来なら、帰宅部の燐太は今頃家に着いている時間なのだが、今日は珍しく居残っていた。別に棗と一緒に帰る約束をしてるわけでもなく、むしろ早く帰るよう言われていた。

 それなのに燐太が居残っているのは、昨日のことがあるからだ。


 ──今日もいたらどうしよう……。

 空がどんよりと落ち込むのと同時に沸き上がってきた、モヤモヤとした不安。理由はわからないが、今日もいる気がしてならない。

 それに加え、頭を過るのは昨日の棗の話。

 「最近、不審者が出てるらしいよ」「なんか、変な女が彷徨いてるらしいんだよ」

 言われたときは、現実味のない、自分とは関わりのない遠い世界の話だと思っていた燐太だったが、その日の放課後にあんな怖い思いをしたんだ。あの女と不審者の話が、別問題だと割り切ることなど、燐太には到底できなかった。


 通り魔。無差別殺人。悪質なストーカー。

 世の中に溢れかえる恐ろしい事件。

 なんの罪もない中学生が切りつけられたり、襲われたり、殺されたり。そんな痛ましい事件は後を絶たない。

 被害者達の姿が、自分に重なる。


 もし今日もいたら……?

 昨日は睨んでいただけだったが、今日もそうだとは限らない。昨日のあれは、唯ならぬ雰囲気だった。あの目は、憎しみに染まっていた。

 もし、今日もいたら。昨日みたいに、無事ではいられないかもしれない。昨日は踏み切りの向こう側にいたけど、ずっとあそこにいるだなんて確証はない。

 もし近づいてきたら? もしアパートまでやって来たら? もし燐太の部屋まで知ってたら?


 放課後が近づくにつれて不安は大きくなり、それが燐太の足を重くした。

 ──……帰りたくない。

 燐太は小さく息を吐き出した。

 もし、もし今日もあの女がいて、燐太に接触してきたら、逃げることは愚か声すら出せずに硬直する自信がある。

 認めたくないが、棗が過保護になるのも頷けるくらい、自分が非力でその上ヘタレだと自覚している。


 燐太が何度目かのため息をこぼしたとき、ガラリと教室のドアが音をたてて開けられた。

 思考の渦に沈んでいた意識が引き上げられ、燐太はびくりと肩を揺らして顔を上げた。

 考えていた内容が内容だけに、体は警戒して強ばっている。

 しかし、怯える燐太の耳に届いたのは、明るい声だった。


「あれ? 中三川じゃん」


 「どうしたんだ?」と言いながら教室に入ってきたのは、明るい髪色をした男子生徒だった。

 彼はにっこりと口許に笑みを浮かべながら、不思議そうに首を傾げた。


「どうしたって……なにが?」


 質問の意図がわからず首を傾げる燐太に、彼はふわりと笑った。

 そして、燐太の隣の机に腰かける。


「こんな時間まで残ってるなんて珍しいじゃん。中三川って帰宅部だろ?」

「あー、ちょっと考え事してて……」


 自然と相手を見上げる形になりながら、燐太は苦笑した。

 ──まさか家に帰るのが怖いんだなんて言えないよ。

 すると彼も、クスクス笑いながら「俺も」と口を開いた。


「俺も図書室で本読んでたら、いつの間にかこんな時間でビックリしたよ」


 そう言う彼は、確かに制服姿で、部活動をやっているようには見えない。

 文化部だとしても、部活終了時間はまだ先だから、彼もきっと帰宅部なのだろう。

 しかしそこまで考えて、燐太は首を傾げた。

 この教室は第一校舎の一階の端で、昇降口から一番遠い位置にある。そして、図書室は第二校舎の一階にある。

 第一校舎と第二校舎を行き来するには、昇降口か三階の渡り廊下を通るのだが。


 ──なんで教室に来たんだろう。

 彼の口ぶりから、こんな時間まで残る予定じゃなかったのがうかがえるのだが。どうしてわざわざ昇降口を通りすぎて、教室に来たのだろうか。

 キョトンと見上げてくる燐太に、何を考えているのかわかったのか、彼は小さく笑った。


「あぁ、ロッカーに忘れ物してさ。取りに来たら教室の電気がついてるだろ? で、消し忘れてんのかと思って覗いてみたら、珍しい奴がいたからさ、声かけたってわけ」


 そう言ってケラケラ笑う彼に、燐太はようやく体の力を抜いた。

 彼の登場を、無意識のうちにずっと警戒していたようだ。


「でも忘れ物してよかった~」


 楽しそうに言う彼に、燐太は首を傾げて問う。


「だってそのお陰で、今こうして中三川と話せてるわけだろ? じゃなきゃ俺と中三川に接点なんてないからな。ヘタしたら卒業するまで話すこともなかったかもしれないだろ?」


 ──確かにそうかも……。

 燐太はぽつりと思った。

 人見知りで、人付き合いの苦手な燐太だ。

 相手から話しかけてもらわない限り、会話をすることなんて無いに等しい。その為、中学生になって三年目だと言うのに、きちんと会話をしたことがある相手は、両手で事足りるだろう。


「それに俺、ずっと中三川と話してみたかったんだよね」

「え?」


 意味ありげな笑みを浮かべる彼。



〈赤い女 長雨③〉

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