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平穏な生活を夢みて  作者: 宮野 圭
第一章 ~赤い女~
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不穏な気配②

 

 ──とま、った……?

 燐太が、ホッとして肩の力を抜いたとき、ソレはニヤリと笑った、ように見えた。

 ──え……?


《アハ、アハハハハ……タノシ、イ、ネェ》


 ──わ、笑ってる……と言うか、楽しんでいらっしゃる……。

 小さな子どものような、かん高い、無邪気そうな声。

 燐太は更に顔をひきつらせた。

 ──笑えばおっかないもんがいなくなるって、嘘じゃないか!

 燐太が心の中で叫んでいると、ソレはぴたりと笑うのを止めた。

 ──なん、だ?


 燐太が首を傾げるのと同時に、ソレが燐太の方に再び向かってきた。

 さっきまでのあれは、一種の演出かと疑いたくなるようなスピードで、滑るように近づいてくるソレ。間違っても、ズル……ズル……というような音は聞こえない。

 あっという間に、びっくりして動けない燐太の目の前まで来ると、ソレは燐太の顔を覗き込んだ。


《ネ、……オニ、イサン……大ヘ、ンダ……ネェ》


 燐太に顔をぐっと近づけて、ソレは言った。


《ミツカ、ッチャッタ……ネ。ニ、ゲナ……イト》


 ソレが何を言っているのか分からない。

 見つかったって何に? 逃げるって何から?

 今の状況も忘れて、燐太はぐるぐると考える。その間もソレはしゃべり続ける。


《ツカ、マッタ……ラ、オシマ、イ、ダヨ? ……ガ、ンバッ……テ逃ゲ、キッテ、ネ……?》


 そう言うと、ソレはぶわりと燐太に向かってきた。ぶつかる、と反射的に目を瞑る。

 だがソレはぶつかることなく、燐太の身体を通り抜けていった。ぞわりという嫌な感覚と共に、負の感情が入ってくる。

 燐太は歯を食いしばって、それらが通り過ぎるのを耐えた。


《オ……ニイサ、ン、ハ……我ラ、ノ獲モ、ノナ……ンダ、カラ、ツカマ、ッチャ……ダ……メダ、ヨ?》


 頭に直接響く声に、燐太は頭を抱えた。

 まるで頭の中を掻き回されたかのように、ぐるぐると気持ち悪い。

 ようやく気持ち悪さがなくなった頃には、まとわりついていた嫌な感覚も、心に入り込もうとしていた負の感情も、きれいさっぱりなくなっていた。


 燐太はズルズルとその場に座り込んだ。

 ──何だったんだ、いったい。

 先程のやつは、今まで燐太に絡んできたのとは違う。明らかに燐太に忠告していた。

 "ミツカッタ"とは、何に? "ニゲナイト"とは、何から? 全くもって、燐太には理解ができない。

 "ツカマッタラオシマイ"とは、そいつは燐太を追いかけているのか。

 分からないことだらけだ。しかも、最後の台詞は全くもってありがたくないお言葉だ。


 しばらく考え込んでいた燐太は、突然開いた教室のドアに、思わず身構えた。


「……っ!」

「……リン? どした、何かあったのか?」


 そこにいたのは棗で、座り込んでいる燐太を目にすると、足早に教室に入ってきた。

 横に膝をついて心配そうに顔を覗き込む棗を見て、燐太は体の力を抜いた。


「真っ青だぞ。だいじょぶか?」

「うん、だいじょーぶ。ちょっと貧血」


 へらっと笑う燐太を、心配そうに見つめる棗。

 そんな棗を見て、燐太は心の中で、やっちまったと毒づいた。

 ──心配かけたくなかったのに……。

 燐太は、溢れそうになるため息を呑み込み、無理矢理明るい声を出した。


「よし、ナツ帰ろ?」

「……」

「ナツ?」

「……あぁ、今朝のことも聞かなきゃいけないしな」

「あー……」


 どこからどう見ても、無理しているのがバレバレな燐太に、棗は口を開いたが、出てきたのは、言おうと思っていたのと違う台詞だった。

 二人は顔を見合せ、小さく笑うと、教室を後にした。


 誰もいなくなった教室に、不気味な笑い声が木霊した。




 結局、心配性な棗は、燐太を家まで送った。


「本当に大丈夫か? やっぱり今日泊まろうか? あ、それともうちに来るか?」

「だいじょぶだって。ナツは心配しすぎ。本当に大丈夫だよ、ありがと」


 一人暮らしを心配して、泊まると譲らない棗に、燐太は苦笑する。

 この心優しい親友は、燐太が一人暮らしだと知ったとき、「うちに一緒に住めば良い」と言ってくれた。棗の両親も、「何かあったら頼りなさい」と、燐太のことを温かく受け入れてくれた。

 そんな優しい棗だからこそ、燐太はこれ以上心配をかけたくなかった。迷惑をかけたくなかった。


 なんとか棗を説得して、家の向かいにある踏み切りで、燐太は棗を見送る。棗は何か言いたそうな顔で、何度も振り返りながら帰っていった。

 しぶしぶ帰っていく棗を見届けて、家に入ろうとしたとき、燐太は後ろから強い視線を感じた。

 明らかに、悪意を含んだ、ビリっとした視線。

 燐太はバッと振り返るが、後ろには誰もいない。


「……?」


 気のせいだろうか。燐太は首を捻りながらも、特に気にすることなく、家に入った。


 誰もいない踏み切りの向こうで、女が一人、立っていた。

 燐太の住む部屋を、睨むように見つめながら。



〈赤い女 不穏な気配②〉

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