プロローグ
空を覆い隠す、真っ黒の分厚い雲。たっぷりと水を含み、ずっしりと重くなった雲は、大粒の雨を、地上に叩きつけるように落としていく。雨は地面で弾けるように跳ね返る。
まるで、バケツを引っくり返したような土砂降りに、数十分前までは人で賑わっていたその通りも、今は誰もいない。
ただ、一人を除いて。
その女は、土砂降りの中、傘も差さずに立っていた。そのため、女の姿はまるで濡れ鼠のようだ。いや、濡れ鼠の方がまだましかもしれない。
腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪は、たっぷりと水分を含み、重みを増し。真っ赤な上品なデザインのドレスは、ぐっしょりと濡れて、女の身体にビタリと張り付いている。真っ赤なマニキュアで彩られた長い爪からは、肌を伝った雨水が、まるで血のように滴っている。
しかしその女は、土砂降りの雨も、自分の状況も、全く気にも止めず、ただじっとその場に立っていた。
女は、顔に張り付いた髪の間から、ギラギラと異様な光を放つ瞳で、ある一点を見ていた。いや、睨んでいた。
女の視線の先には、一件の小さなアパート。
そのアパートの一階の、一番端の部屋以外は、皆留守にしているのか、真っ暗だ。その部屋は、カーテンが閉まっているが、灯りが僅かに漏れている。
カーテンに人影が映った。部屋の中には、人が2人いるようだ。その影は、一定の距離を保って向かい合っていたが、やがて、ゆっくりとその距離を縮めると、一つに重なった。
そして、その部屋の灯りも消え、辺りは闇に包まれた。
その次の日の未明、一人の女の死体が発見された。
〈赤い女 プロローグ〉