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空想科学祭参加作品群

千休

作者: 虹鮫連牙

 この作品は空想科学祭2011参加作品です。

 http://sffesta2011.tuzikaze.com/

 長兵衛がそいつを見つけたのは、町外れにある細い袋小路だった。

 贔屓にしている材木屋の主人に招かれて、酒を飲んだ帰りのことだ。真っ暗な道中、提灯の灯りをふらふらと揺らしながら歩いていると、妙な物音を聞いた。

「おや、猫かい?」

 もし本当に猫だと思っていたら、わざわざ尋ねるようなことはしない。尋ねた理由は、音のした方角と頼りなさげな手元の灯りから感じる、怖気(おぞけ)を拭い去りたかったからに他ならない。

 問い掛けに対する返事はない。やはり猫か。

 長兵衛が胸を撫で下ろした途端、袋小路の先が突然、ぼんやりと光を放ち始めた。

 悲鳴を上げることすらも忘れて尻餅を付いた長兵衛は、その光の先から目を逸らすことが出来ずにいた。

 光の中に、壁にもたれ掛かって腰を下ろしている何者かが、じっと長兵衛を見たまま、真っ直ぐに手を伸ばしてくる。

 服は着ておらず、全身が真っ白。体のなりは人の形をしているが、肌が蛍のように光る奴など人ではないに決まっている。

 こいつは(あやかし)に違いないと、長兵衛はそう思った。

 しかし、改めてその妖を見ると、あることに気が付いた。

 大きな怪我をしていたのだ。

 右の膝から下が妙な方向にひん曲がっている。

 いくら妖であろうとも、手負いの者を放っておくのはどうも忍びない。だが、こんな状況を誰に相談できるだろうか。

 額に汗を滲ませ、体を僅かに震わせる長兵衛は、意を決してそっと近づいてみた。

 そして直に触れてみると、あることに気が付いた。こいつ、鉄を纏っているじゃないか。

 鉄の肌だと言うのに足がひん曲がるなんて、空から落ちてきたとでも言うのだろうか。

 妖の両脇に手を滑り込ませると、長兵衛は動かないそいつを引っ張った。

 痩身であるくせにやたらと重い。

 今度は、背後から羽交い絞めにするような体勢へと直り、草履の跡をくっきりと残すぐらいに踏ん張ってもう一度引っ張ると、ようやく動いた。出来上がったばかりの長兵衛の足跡は、引きずられる妖の体がすぐに掻き消してしまう。

 そんな調子で、長兵衛は妖を家まで運んだ。運んでいる間、いつの間にか妖の体は光るのを止めていた。

 ようやく家に辿り付いた長兵衛は、肩で息をしながら水瓶の前まで行き、柄杓一杯の水を勢いよく喉に流した。一日中休まず働くよりも苦しい道のりだった。

 少し休んでから再び妖の体を引きずって、離れにある仕事部屋に連れていくと、妖を部屋の真ん中に寝かせた。

 改めてまじまじと見ると、やはり妙な体をしている。

 背は六尺、いや、七尺はあるだろうか。体つきは細くて女のようだ。しかし、運んできた時のことを思い出してみると、二十五貫はある重さ。

 体毛は一切生えておらず、のっぺら坊の顔みたいにつるつるした体。

 少し恥らいながら、長兵衛は寝ている妖の足元から股間を覗き見た。だが、男か女かの判別は出来ない。こちらもつるつるだ。

「そもそも妖には性別なんてないか」

 顔には一応目鼻口が付いているが、目以外は形だけのもののようだ。地蔵のようにただ模ってあるだけの口と鼻。穴は一切見当たらない。

 目はぎやまんで作られたような緑色の固い瞼が付いていて、開くことはない。しかし、その奥が何故か提灯の灯りのように淡い光を放っているのが分かる。

「お前、人形か? それともやっぱり妖か?」

 話しかけてみたが、答えは返ってこなかった。ただ、声に反応して顔を長兵衛に向けるだけだ。

「今夜はここで休んでいきな。自分で動けるのなら、明日にでもどこかへ行けばいいさ」

 そう言って長兵衛は仕事部屋を出た。

 ああ言ってみたが、あの足じゃどこにも行けないではないか。

 そう思いながらも疲れた体を横たえると、長兵衛すぐに寝息を立ててしまった。



 それが妖との出会いだった。

 結局妖は居座り続けている。今ではこいつのいる毎日が当たり前になってしまった。

 飯は食わない。言葉も喋らない。ただ、歩けない体を一日中そこに寝かせているだけ。面倒は掛からないが、いつまでも置いておくわけにもいかない。

 この先どうしたらいいのかが分からず、長兵衛は、材木屋の若旦那で幼馴染でもある安吉を仕事部屋に呼んだ。

 安吉に妖を見せると、彼は石のように固まってしまった。更に妖が視線を安吉に向けたので、彼は腰を抜かして悲鳴を上げた。長兵衛は腹を抱えて笑った。

 しばらくしてやっと落ち着きを取り戻した安吉は、妖の足の怪我に気付いた。

「何だこいつ、動けないのか?」

 そうと分かった途端、安吉は急に態度を大きくして、強気な口調で妖に文句を言った。全く調子のいい奴だ。

 飛ばした唾が妖に掛かるほど接近して、尚も文句を垂れ続けている。

 そして勢いがついたのか、

「こんの野郎がっ!」

 と言って、ぴしゃりと妖の頭を引っ叩いた。

 その瞬間、妖の右瞼が顔から取れ落ちた。

「ああっ!?」

 大声を上げて長兵衛と安吉が慌てふためいた上、転がり落ちたそれを安吉が踏みつけてしまった。

 その瞬間に乾いた音がした。安吉が足を持ち上げてみれば、そこには粉々になった緑色の瞼があった。

「やっちまったよ。安吉、夜にこいつがお前の枕元に立っていたら気をつけな」

 そう言ってやると、安吉は再び泣き出しそうな顔を浮かべて、妖に頭を下げ続けた。

 当の妖はと言うと、痛がる様子も見せず、しかも無口でいるものだから、どう思っているのかが分からない。

 それが余計に恐怖心を煽ったようだ。安吉は、今度は長兵衛にまで頭を下げた。

「頼む! こいつを治してやってくれないか!?」

「お、俺がかい? …………医者じゃないんだからさ」

「医者にこいつが治せるもんかい! 人形みたいな体じゃないか。お前、こういうの得意だろう?」

「確かに人形だったら何とかなるかも知れないけれど、こいつは妖なんだよ」

「どっちみち医者は役に立たないよ! 頼むよぉ、子供の頃からの腐れ縁じゃないかぁ」

 長兵衛は、結局首を横には振れなかった。

 仕方無しに妖の顔を覗きこむと、緑色の瞼の下には小さな眼があった。

 やはり中の眼もぎやまんで出来ているのだろうか。先程割れた緑の瞼の中には、奇妙な音を立てながらぎょろりと動き回る透明な点があったのだ。

 ふと、長兵衛は妖の右足にも目をやった。

 思えば、こいつは全然この場を動こうとしていない。当然だ、足が動かせないのだから。

 膝が逆に曲がってしまっているその痛々しさは、人ではなくても見ていていいものではなかった。

 それを思うと、やはり妖のことが気の毒に思えた。もし、こいつに帰る場所があるとするならば、やはり寂しい思いをしているのかも。

 桶屋を営む長兵衛は、桶の他に木鍬や木刀、櫂棒なども作る。人が良くて手先が器用なものだから、客の要望をはいはいと聞いている内に、あれこれと取り扱うようになったのだ。

 そんな自分にこいつが見つけられたのは、もしかしたら運命というやつだろうか。

 長兵衛は腕を組んでしばらく唸り声を上げてから、「ん!」と一言だけ声を出して、安吉と妖を交互に見渡した。

「…………やってみるか」

「よく言った長兵衛! 偉いよ、お前さん!」



 それから、長兵衛は妖を治すために動き出した。もちろん自分の仕事を投げ出すわけにもいかないので、暇を見つけては妖の体を調べたり、時には安吉にも手伝わせたりした。

 とりあえず、安吉の手前もあったので、右瞼を治してやりたかった。

「あんなに綺麗な緑色を出すことは出来ないから、同じものは用意出来ないけれど」

 そう言った安吉が長兵衛のもとに持ってきたものは、妖に元々ついていたものと似た形の、一枚のぎやまんの欠片だった。

 ところどころが尖っているし、うっかりすると指に刺さりそうで危なっかしい。なんだか、ぎやまん細工の失敗品からちょうど良い破片をそのまま拾ってきたような。

 長兵衛が呆れながらもそれを受け取ると、妖の目に当ててみた。

 大きさはほぼ同じ。淵の隙間は姫糊(ひめのり)で埋めてみた。しかし、どうもくっ付きが良くない。

「あんまり動くなよぉ、また落ちるから」

 そう忠告をしながら長兵衛が手を離した瞬間、妖が動くよりも先に、目のぎやまんがぽろりと落ちて割れた。

「ああっ! まったく、それしか無いのに!」

「長兵衛、寝る時は枕元に気をつけなよ」

 安吉が笑いながら言うので、長兵衛は恨めしそうに安吉を見やった。

 瞼はまたやり直せばいいとして、一番の問題は実は右足だった。

 先にも解っているとおり、こいつの皮は鉄で、曲がった膝をただ伸ばしただけでは、元通りとはいかない。

 そこで長兵衛は、安吉に誰か頼りになりそうな知り合いがいないかを尋ねてみた。安吉はお調子者で知られる男だが、顔見知りが多い。

「だったら平介棟梁がいいや。大工なんだけど、遊びでからくり人形を作ったりもするのさ。話によれば、その人形は出来が良いらしくてね。どこぞの大店(おおだな)の主人が高価な物と引き換えに譲ってくれと言ったくらいだよ」

 話を聞いた長兵衛は、すぐに大工の棟梁と会いたいと言った。

 安吉が「仕方ねえなぁ」と得意気に笑い、しばらくすると、額に捻り鉢巻を巻いたごつい男を連れて来た。日に焼けた肌と、皺の刻まれた顔と、硬そうな両手の平から職人としての年季が感じられる。

 いかにも気の強そうな男だ。長兵衛は少しだけ緊張した。

「棟梁、こいつなんだけど見てくれるかい?」

「おう。どれだい? からくり人形みたいな妖ってのは」

 安吉が平介を部屋の中に招き入れた。

 大工道具が一式入った箱を抱えてきた平介は、妖と目が合った途端に担いでいた道具箱を落としてしまい、ついでに自分の尻も落として、肩を震えさせながら妖を見た。

 気が強そう? 長兵衛と安吉は苦笑いを浮かべた。

 そんなこんなで、治療が始まった。

 人であれば、折れた骨は治れば以前よりも強くなる。しかし、こいつの場合はまったく逆だった。

 鉄であるが故に、曲がりを伸ばしてやっても、そこは以前より脆くなる。

 妖の皮はあちらこちらに節目があって、どうやら一枚ものである人の皮とは違うみたいだ。そして節目は膝にもあって、その隙間を少々強引に開いて中を覗けば、妖にも骨があると分かった。

「鉄の骨だな」

 とことん鉄の妖であると、長兵衛は思った。その骨すらもひん曲がっている状態だ。

 三人はある決断を下すことにした。

「こいつにゃあ悪いが…………切っちまうしかねえ」

「代わりに新しいのを付けてやろうぜ」

 平介が提案したのは、心棒を埋め込んだ樫の木製の義足を付けてやろうというものだった。

 樫の木は安吉の家が取り寄せた。こちらも安吉の顔が利くので、木場の川並に「出来る限り良い木をくれ」と言っておいたら、本当に良い木材が揃った。更に、長持ちするようにと油も塗ったので万全だ。  脛部には鉄の芯棒が埋め込まれたが、この心棒は、平介が親しくする鍛冶屋に頼んでこしらえてもらった。金が掛かると思われたが、鍛冶屋の男に切り落とした妖の右足を見せたところ、「皮一枚でもいいから譲ってくれたら、金は要らない」と言うのだ。気は引けたが、だからと言って金を用意出来るわけでもなかったので、三人は妖に謝ってから鍛冶屋に足の皮を一枚くれてやった。

 爪先、踵、脛の三つに分けられた木足の部品は、それぞれのつなぎを“凹の字”と“凸の字”のようにして噛み合わせ、更に軸として短い鉄棒を差してやった。鉄棒は、切った妖の足の中にある骨を少しばかり拝借して加工したものだ。

 これにより、多少ではあるが踵と爪先が曲がるようになった。少しでも歩きやすくなるのならと、長兵衛が気を利かせたのだ。 

 仕事の合間で作業は続けられた。

 その間、妖の存在はあちこちに知れ渡っていた。

 まずは平介のところに奉公に来ている佐之助が知ると、彼の友人である安吉の家の番頭が佐之助から聞いて、遊び人の安吉を連れ戻しに来るという名目で妖を見に来た。

 そして番頭が、密かに想っている団子屋の娘の小梅に妖のことを話すと、小梅が面白がって団子片手に連日見物しに来た。

 小梅に連れられたのか、団子屋の常連である薬問屋の主人である平左衛門が、手代の勘兵衛を連れてやって来た。

 そうしてある日。

 「うちの薬は効くぞ!」と言いながら平左衛門が、妖の膝に塗り薬を付けた。

 すると、なんと妖が立ち上がり、不自然ながらも歩き出したのだ。

 驚く長兵衛たちを前にして、平左衛門が得意気に笑った。

「お前……いきなりどうしたんだい?」

 やがて、“妖にも効く薬”として平左衛門が薬を宣伝すると、妖の存在が一気に町中へと広まり、大勢の人が長兵衛の家にやって来た。

 そして自由に歩き回る妖を見た人々は、その木足を作った長兵衛たちの腕前に惚れ込み、そんな彼の作るものはきっと良い物だとして、桶やら木鍬やらを次々と買っていった。

 この突然の見返りは、もしかしたら妖の恩返しなのだろうか。



 妖がやって来てから、なんだかんだで三年もの月日が経った。

 稼いだ金で長兵衛は、綺麗なぎやまん細工を買った。職人に言って、妖の瞼の形ぴったりにこしらえてもらったものだ。白の中に桜の花びらも描いて、洒落ている。

 長兵衛はそれを妖の目に取り付けてやった。

「今度は落っことすなよ」

 すると、妖が急に立ち上がった。

 それから、いつか見た時のように肌を光らせ始めたのだ。

「お、おい……」

「Time Leap System, restoration complete」

「…………何だって?」

 言葉は聞き取れなかったが、妖が初めて喋った。

 光を止めない妖は、徐々にその体を宙に浮かせていった。

 このまま空に帰ろうと言うのだろうか。あまりに呆気ないではないか。

 長兵衛は、駆け寄るようにして妖の足元に立った。

「おーい! もう行くのかい!? せめて名前くらい教えとくれよ!」

「Thank you!」

 妖はそう答えながら、更に高く浮かんでいく。

 長兵衛は、仕方がないとばかりに笑いながら言った。

「“せんきゅう”か。随分とお似合いだね」

 光りながら空へと消えていく妖。

 長兵衛は、後に人々へこう語った。

 “怪我をした妖が、我が家で休んでいったこと実に千日間。その妖、名を『千休』と言ふ。”


 <了>

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[一言]  『トランスホーム』に続いてこちらにもお邪魔します。  本当は、先にこちらを読んでいたんですけど…というどうでもいい情報。  和風小説って難しいですね! 苦戦されたのかなぁという雰囲気が…
[一言] タイトルの意味が最後の最後で一気に効きました。 昔話的な話にSF要素を組み込むアイデアと それでいて不快感を全く感じさせない技量は 自分には到底真似できません。
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