ハートの戸惑い
このお話だけ、あんまりテーマ(社内恋愛)に沿っていませんがご了承下さい…。
バラエティ番組の騒がしい音響をBGMに、私は読書をしていた。
帰宅すると、無意識にテレビの電源を入れてしまう。
ルーティンワークのように。
いつものようにそうしてテレビを見るでもなく、好きなことをしている。
電力の無駄遣いである。
~メールに絵文字を入れる場合ってありますよねー
耳に入るパネラーの声。
変な表現だと思いつつ、ふと小説の文字列から視線を外した。
「例えば、異性からハートの絵文字が送られてきた場合、その数で好意の度合いがわかるんです」
画面の中で、「ええー!?」とお決まりの喚声があがる。
「3つ以上ハートが使われていたら、その異性はあなたを好きという気持ちがとても強いと思ってください」
いまどきの女子高生なら、ハートの絵文字なんて沢山使うんじゃないのか。
誰がそんな統計を取ったんだ?
そんなことを思いつつ、私は再びテレビをBGMに戻した。
「ハートの絵文字、3つ以上使ってたら恋かもよ」
食堂のパートのおばちゃんが何やら聞いたことのある話をしている。
男性社員を捕まえて、何やら楽しそうだ。
「あー、昨日のテレビでしょ」
男性社員も、ごはんをよそってもらいながら話題に乗っかっている。
いいから、早く順番を回して欲しい。
「あら、サキちゃん!サキちゃんも昨日の番組見た?」
後ろに並んでいた私にまで、同じ話題が振られた。
「…そういえば、そんなのやってましたねー」
極めて愛想よく応対する。
デパート勤務に愛想は必須だ。
「あ、俺も見た見た」
「…太田…」
さらに話題に加わってきたのは、同期入社の太田だった。
この男、紳士フロアでは断トツに売上がいい。
ごはんコーナーが若干賑やかになる。
「太田ちゃん、ごはん大盛?」
「うん。おばちゃんの愛情たっぷり欲しいな」
「やだー、サキちゃんにハートいっぱい貰いなさいよ~」
おばちゃん、恥じらいながら何を言う。
「えー、サキはメールに絵文字なんてないもん」
「うるさいな、めんどくさいんだよ、いちいち選ぶのが」
「サキは女の子っぽいこと苦手そうだもんなー」
ふざけて、太田がそんなふうに言うから。
なんとなくカチーンときて。
「あのねー、私だって使うときは使います」
「じゃ、今日中にお待ちしております」
売り言葉に買い言葉というか。
負けず嫌いというか。
なぜか太田に絵文字付きのメールを送るハメになってしまった。
ただハートを並べるだけではなんだか悔しくて。
私はじっと絵文字記号の一覧とにらめっこ。
仕事中もどうやって太田の鼻をあかしてやろうか、そればかり考えて眉間にシワが寄りそうだった。
私が使っているキャリアの絵文字は、単体ハートにもいろんな種類がある。
絵文字も駆使しない私がデコメなんて使わないのは百も承知だろうから、そこはいいとして。
「ハート…」
だいたい、どんな文面でハートを使えというのだ。
太田とは業務連絡程度のメールしかしたことがないというのに。
悩ましい。
ふと、売場を歩く女性客のドット柄の洋服が目に付いた。
カラフルで、かわいらしい。
「…あ、そうだ」
そして私は妙案を思いついたのだ。
就業後、バックヤードで太田が待っていた。
「あら、3階にいるなんてめずらしいわね」
「メール、見た」
「私の力作、どうだった?」
「びっくりした」
ふふん、私の妙技に面食らっているようね。
「どんな感じで届いたのか見せてよ」
太田が携帯を取り出す。
画面を見ると、赤いハートが沢山。
「ちょっと!なんで赤だけなの!!」
「はぁ?」
太田の受信メール画面には、赤い絵文字しかない。
「苦労したのにー」
私は自分の携帯を見せつけた。
そう、私は、画面いっぱいにハートの絵文字だけを並べて送りつけた。
しかも。
色とりどりのハートを使って、ぷよぷよばりに技巧を凝らした巧妙なものを作成してやったのだ。
なのに。
太田の携帯に届いたメールは赤一色。
「うわ…なにコレ」
私の携帯を覗き込み、太田が苦笑している。
「お前、バカじゃん」
「なんでよ!」
「何、お前そんなに俺のこと愛してくれちゃってるの?」
ぽかーん。
開いた口がふさがらないとはこのことか。
「俺のために、こんな力作作っちゃって。ハートいくつあるの」
かかかかか。
頬が赤くなるのが分かった。
そんなつもりはなかったのだが。
3つ以上で恋かも。
そんな話題を思い出す。
「そんなんじゃないわよ!」
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
戸惑う私を見て、太田もなんだか赤面している、気がしなくもない。
「…いや、えっと、サキ、あのな」
太田が深呼吸する。
「俺、お前が好きなんだけど」
なんだコレは。
「このハートの数だけ、お前の愛情って受け取っちゃマズイのかな」
なんなんだこの展開は。
「私の力作ちゃんと受け取れてないのに、何いってんのバカ!!!」
こうやって。
私達のハートは戸惑いながら近づいていったのだ。