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社内恋愛  作者: みねお涼
7/15

先輩

「御崎チーフ、ごはん行きましょ」


めんどくさそうに、先輩は返事をする。

でも、断られることはない。

その理由を考えた事は無かったが、自分の誘いを受けてくれる異性が、彼女以外にもいるということが純粋に嬉しい。


学生時代3年付き合った彼女と、別れた。

社会人になって、仕事優先になって。

彼女はまだ学生だったから、その辺の大人の事情を理解できなくて。

別れた当初は、ちょっと落ち込みもした。

だけど。


同じ部署に、面白い女のチーフがいた。

キャリアウーマンといった雰囲気なのに、言うことが男っぽい。

よく、話を聞いてくれるし、後輩社員たちを見捨てない。

ミスもフォローしてくれるし、いつも仕事に熱心で。

そういう意味であまり女性っぽくない、といったら失礼だろうか。

他の女性社員に比べ、OLっぽくない、というか。

まるで、体育会系のサークルにいるかのような錯覚に陥る。



だから、誘いやすい。

他の人といるよりも、頼りに出来て、自然体でいられる気がする。


「お腹すいてたんなら、さっきの誘い受けなさいよ」

「いやいや、僕は先輩を誘ってるんです」

「なに、この仕事の礼でもさせる気?」

「あはは、それでもいいです」


いつも、何だかんだと理由をつけて先輩と仕事をした。


「先輩、って呼んでもいいですか」

「はぁ?」

「いや、だって先輩だし」

「あなた、ねぇ。会社で先輩って、呼ばれたことないわよ。聞いたことも無い」

御崎チーフが苦笑している。

その表情ひとつで、嫌がってはいないと分かる。

「ねぇ、先輩。回転寿司食べません?」

「回転寿司?いいわよー」

「おごりますよ」

「後輩におごってもらうほど、安いお給料ではありません」

「さっすがー」

「いや、逆におごらないわよ?」

「え、ケチだなー」


その日、俺たちは初めて会社の外で2人っきりになった。


同じ部署に同期がいないわけではない。

友達がいないわけではない。

それでも。

先輩と一緒にいるのが楽だった。


だから。


いつの間にか「付き合っている」という噂が耳に入っても、それを無視しつづけた。

実際付き合っているわけではなかったし、異性としてみているわけではなかった。

ただ、一緒にいるのが当たり前だった。

男友達のノリ。

それが、先輩に対しては許されている気がしていた。

だから、今の関係が壊れるのが嫌だった。

まるで乙女のようだと、自分で自分の気持ちがおかしかった。



俺が配属されて、1年が経過しようとした頃。

突然辞令が出た。


先輩の転勤。


少しだけ郊外の、販売の部署。

不振部門を改善してこいとの上層部命令。


毎日のように顔を合わせていた先輩と、会えなくなる。

信じられないような不安が、俺を襲う。

親を見失った迷子のような感覚。


退社時間になって、俺はいつものように先輩をごはんに誘う。

先輩も、いつものように「いいよ」と返事をくれた。


ファミレスを出た頃には夜の空気が深くなっていた。


「先輩…」

「なぁに?」

先輩は、いつも通りなんでもないような顔している。

「あんまり会えなくなりますね」

「そう?そんな遠い距離じゃないわよ」

「…」

「ん?」

「先輩、抱きしめて良いですか」

「はぁ?」

「だって、先輩が遠くにいっちゃう」

「お前は子供か!」

「子供でいいです」

「バカなこと言ってんじゃないわよ」

独りで歩き出そうとする先輩を、俺は後ろから抱きしめた。

「ちょいちょいちょい、危ないなーもう」

抵抗はされなかった。

「先輩…」

やさしく頭をなでられる。


先輩は、知っているのだろうか。

俺たちの仲が疑われていることを。

「仕事、頑張りなさいよ?」

「はい…」

「何かあったら、電話していいから」

「…はい」

「たまには、顔だすから」

「はい」


俺は、そっと先輩の体を離した。

先輩が、苦笑しながら歩きだす。


先輩は、俺のことをどう思っているのだろう。

むしろ俺は、先輩のことを本当はどう思っていたのだろう。


「先輩、ありがとう」

「ん」


あと何回、並んで歩けるだろう。

今、俺は。

卒業式の後のような、そんな気分。




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