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社内恋愛  作者: みねお涼
6/15

後輩



はじめて彼を見たのは、配属資料の写真だった。

短く、リクルーターらしく整えられた髪。

真面目な眼差し。

ブルーストライプのネクタイ。


「新入社員の高槻です。よろしくお願いします」


朝礼でそう挨拶する実物を見たときも、なぜか配属資料の写真に見えた。


「あの、御崎チーフ」

おずおずと声をかけてきた後輩社員、高槻貴志を私はぼんやりと見上げる。

叩いていたキーボードから手を離し、「なぁに?」と優しく返した。

高槻は、胸の前に資料を抱えていた。

表紙をうかがうに、取引先の過去の受注データだ。

「この資料、お借りしてもよいでしょうか」

それは私が許可するようなことではないと言いたかったが、社員ならば誰でも見ることができるものなので

「いいわよ」

と、了承する。

「でも、何するの?」

「こちらの取引先がどのような傾向で商品発注をかけてくださっているのか分析しようかと」

「ん?課長にそんな仕事しろっていわれた?」

「いえ、ただ興味がありまして」

興味という彼の顔は、やはり写真のようだ。

表情が変わらないわけでも、動かないわけでもないのに。

「…どんな興味か知らないけど、あまり時間をかけないようにね」

新入社員に振り分けられる仕事はたいして多くはない。

まあ、いいかと思い、私は許可と同時に彼の行動を観察することにした。

私には、彼の行動のほうが興味深かった。


彼の配属から半年が過ぎた頃。

彼が彼女と別れたという噂が社内に広まった。

よくあることである。

学生時代とは違う。

社会人には社会人の時間がある。

しかし…。

よくよく観察していると、彼は人気があった。

昼休みには必ず部署内の誰かに昼食に誘われいたし、終業間近になると若い女性社員から声をかけれらている姿を目にする。

でも。

「御崎チーフに仕事頼まれていますので」

彼はたまに、そうやってアフターの誘いを断っている。


「私がいつあなたに仕事頼んだのかしら」

案の定、彼は今日もその常套句を使った。

残業しながら、彼の入れたコーヒーを飲む。

「記憶障害にでもなったのかしら」

「いやだなー、冗談きついですよ御崎チーフ」

高槻は、取引先からの年内最終発注書をデータ入力している。

入力されたデータの確認ボタンを押しつつ、ほう、とため息をついた。

「だって、仕事だって言えば大概しょうがないってあきらめてくれるんですよ」

「あなたね…そんなだから彼女に振られるのよ」

「うわ、その噂みんな知ってるんですね」

入社したてのころよりも、柔軟に会話するようになった高槻。

若者らしい、軽い口調が社内に響く。

何列か先のデスクで、同じく残業中の社員が聞き耳を立てていることだろう。

彼は、知っているのだろうか。

別れたという噂と同時に、私と付き合っているのではないかという憶測が飛び交っていることを。

「あれ」

高槻が頓狂な声をあげる。

「どうしたの」

「なんか、画面がフリーズしたみたいで…」

「はぁ?」

椅子を下げ、私は彼のパソコンをみる。

どれどれ、とパソコンに伸びる彼の腕の下から自分の腕を伸ばす。

パチパチと、エンターキーを叩く。

変化しない画面。


ctrl Alt Del


タスクマネージャから、プログラムの起動を確認し、適当に処理すると画面は正常に戻った。

「おおお」

感嘆する後輩に、こちらは嘆息する。

「学校で習ってないの」

「大学の情報処理なんて、大したこと勉強しませんって」

そうか、どうでもいいけど。

私は自分の仕事に戻る。

「ありがとうございます、御崎チーフ」

彼は満面の笑みで礼をいった。


彼は。

知っているのだろうか。

私との恋仲を疑われていることを。


私が、そんな噂に気持ちを左右されていることを。

写真を見たときから、気になっていたことを。


「御崎チーフ、このあとご飯行きません?」

誘われたと気づくのに、一瞬かかった。

またたき。

「お腹すいてたんなら、さっきの誘い受けなさいよ」

「いやいや、僕は先輩を誘ってるんです」

「なに、この仕事の礼でもさせる気?」

「あはは、それでもいいです」

何なんだろう。

この後輩は。


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