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社内恋愛  作者: みねお涼
3/15

ときめき・前篇

【ときめき】



リサは、映画のチケットを握る指先に力を込めた。

折れないように、破けないように、だけど、強く。

終業時間が近づく。

今夜は、決意を形に変える日だ。



営業時間の長いレストランの勤務体制はもちろんシフト制。

残業は当たり前で、なかなか8時間勤務というわけにはいかないが、正社員も同様だ。

といっても、リサが務めるレストランには正社員は2人しかいない。

店長と、料理長だけ。

深夜3時までの営業時間を支えるために、契約社員が何人かいる。

リサはその一人だった。

外食産業の勢いも鈍り始めた昨今、昨年の売上比には若干及ばなくらいの成果が続く。

事務所でこまごまとした雑務を片づけていると、雑誌を眺めていた料理長が呟いた。

「あー、この映画もう公開されたのか…」

30歳を少し過ぎた、まだ若い料理長。

リサは、書類を片づけながら料理長が眺めていた記事をのぞきこんだ。

そこには、話題の3Dを効果的に演出に取り入れたと評判の映画の紹介が掲載されていた。

「料理長、映画好きなんですか?この映画、評判ですよね」

「んー、なかなか観に行く機会ないけどね」

料理長はやわらかな笑みを口元に浮かべ、リサを見る。

「一緒に行く?」

「え?」

思いがけない提案に、リサはキョトンと目を丸くした。

「明日、俺早番だから21時には仕事終わるし。っつても、もう観た?」

実は公開初日に観た、とは言わない。

「いいですけど…、いいんですか?」

「何が?あ、レイトだから遅くなるけど、こっちこそそれでもいいなら」

時間が遅いことは問題ない。

明日は、シフトも休みだ。

「はい、大丈夫です」

「わかった。じゃぁ、明日は残業しない」

そう言って真剣に明日の業務確認を始める料理長。

問題なんて、何もない。

あるとすれば、憧れの男性との映画観賞というシチュエーションに、何を着ていくか悩むくらいだ。




リサは時計を確認した。

21:10

映画が始まるのは21:40だ。

店の駐車場。

料理長はいつも原付で出勤しているし、リサも自転車だった。

ここから映画館まで、タクシーで15分といったところか。

チケットは購入済みだが、間に合うか、微妙な時間。

タクシーを呼ぼうか迷っていると、制服に上着をはおった料理長が裏口から出てきた。

リサを見つけて、片手を上げる。

「ごめん、ちょっと引き継ぎしてて」

「いえ。タクシー、呼びますか?」

「いいよ、今日は車で来たから」

料理長が言うと、駐車場の端に停めてあったコンパクトカーのヘッドライトが点滅する。

「乗って」

リサは、緊張気味にドアノブに手をかけた。

乗り込むと、料理長は後部座席に置いておいたらしいシャツを出して、着替え始めた。

更衣室らしい設備のない店舗では、男性陣の着替えなど見慣れてはいたが…。

――ち、近すぎる!

激しくなる動悸を抑えつつ、リサはちょこんと座席に座る。

誰も乗っていないかのような、新しい乗り心地。

「さて、行きますかー」

車が、静かにエンジンを起こして走り出した。

「リサちゃん、今年いくつになった?」

運転する料理長にうっとり気味だったリサは、不意の質問に声が裏返る。

「へっ!?に、24です」

「なに、どうした」

「い、いえ、料理長は今年32でしたっけ」

「そうねー、小学校分くらい違うねー」

「まだまだ若いですよー」

「うん?なんだそのフォロー」

たわいない会話。

笑いが混ざる会話。

少し、リサはうれしくなった。



映画館に着くと、ロビーは若干のにぎわいを見せていた。

さすが話題の映画の上映前、といった風だ。

「料理長、チケット」

リサが差し出したチケットを見て、料理長は少し驚いた表情になった。

「買っててくれたの?」

「はい、混んだらいけないから」

リサの気遣いを受け取りながら、さらに加える。

「それと、外で料理長はやめて。恥ずかしいから」

「え。あ。すいません…でも」

「雅紀」

「え、名前ですか!?」

「だって、寅って名字だと、どっかの下町のおじさんみたいじゃん」

「まぁ、そうですけど」

リサも、職場のみんなも、「寅さん」とは呼びにくく「料理長」と呼ぶのはその為ではあるのだが。

リサは心の中で絶叫する。

――恥ずかしすぎる!

「はい、呼んでごらん」

まるで子供を手懐けるかのような声かけ。

「…ま、さき、さん」

「んー?ま、60点かな」

「なんの点数ですかっ」

「はは、まぁまぁ、ドリンクとポップコーンいるよね?」


映画が始まるまで、あと10分。

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