幼なじみの彼女:後編
「じゃぁ、帰ろうか」
「うん」
2人の背中が遠くなるまで見送って、俺はかえでを促した。
助手席にちょこんと座るかえで。
なんだか、不思議な気分だ。
久しぶりに2人っきりになったな。
と、そんなことを思う。
ハンドルを握る手に力が入る。
かえでが俺を男として認識していた、ということに些か緊張しているのか。
自宅までの短い道のり。
かえでも、俺も、言葉は少ない。
あっという間に駐車場に到着した。
「ありがとうございました」
「おう」
車を降りて丁寧に礼を言われ、少し緊張がほぐれる。
「あの……迷惑、でしたか?」
「は?別に一緒の場所に帰るんだし、迷惑なんて……」
「いえ、違うくて。その、ようちゃんと2人っきりになったことがあるなんて、市田さんに話しちゃって」
街灯に照らされているせいか、かえでの瞳が光を吸収して潤んでいる。
「……いや、なんでよ」
「ようちゃんは、私の気持ち知ってるんでしょ?」
――ちょっと待てー!?なんだこの展開!!
「私、ずっと……」
「ちょっと待てい!」
かえでの顔の前に手のひらを突き出し、おもわず制止してしまった。
「待て待て、なぜそうなる」
かえでの表情が「?」と言っている。
「俺は、お前を妹のような存在だと思っている」
「……そうなの?」
「そうなの」
「なんで?」
「いや、なんでって……」
「私、付き合ってたのかって言われてうれしかったんだけどな……」
頬を赤らめ、うつむき加減になっていくかえで。
わずかな明かりの中でも、際立っていく頬の紅潮と瞳の潤い。
酔っているのか?
冗談なのか?
明らかに混乱していく俺。
「幼なじみが彼女って、ようちゃんは嫌?」
とどめの上目遣い。
――これか!これが「デレ」というものか!!
悟り、俺の心臓が鼓動を高める。
「はぁぁぁぁぁ」
がっくりと、ひざに両手をついてため息をついてしまった。
取りあえず落着け、俺。
よく考えろ、俺。
おばさんたちになんて言う?
かえでとお付き合いしてます?
いやいや、違う。
近所付き合いのことを今考えている場合か。
「ようちゃん?何か変なこと言った?」
「全然変じゃないけどな……唐突というか、なんつーか」
困惑する声音がまた、俺の心を揺さぶる。
顔をあげ、かえでの顔をよく見る。
普段どおりの、すました無表情に戻っている……気がする。
「……とりあえず、俺にもう少し時間をくれ」
「時間があったら何か変わるの?」
「……わからん。が、お前の気持ちは分かった。うん」
「私はようちゃんの気持ちがわからないよ」
「待て。ちょっと一晩寝て考える」
「寝たら考えられないよ」
「……わかった、寝て、起きてから考える」
「ようちゃんって、案外小心者だね」
そう言って。
かえでが笑う。
きゅん、と。
乙女のように胸が高鳴るのを感じた。
「じゃぁ、また明日ね」
かえでが手を振りながら軽快に階段を登っていく。
――ああ、やっぱりコレか。
市田や顧客がファンになるのもうなづける。
はっきりいって、可愛い。
欲目でなく可愛い。
可愛いと、思ってしまう。
「明日、か」
明日になったら、なんて言おう。
答えはもう、決まった。