幼なじみの彼女:中篇
「かえでちゃんってさー、なんでこの仕事選んだの?」
ノリにのっている市田が陽気にグラスを空ける。
「近所なので」
そっけないように聞こえるかえでの返答。
だが、それが普通だ。
二十歳そこそこの若い女性が持つ、キラキラした雰囲気は無い。
今はおろしているストレートの黒髪も、一度も染めた事は無い。
「……」
澤井さんは、黙々と焼き鳥を咀嚼している。
市田の話には興味がないらしい。
「かえでちゃんってさ、男の友達とかいる?」
「ええ、高校の同級生とか同じゼミの人くらいですけど」
何を聞いているんだ市田。
もしかしてやっぱり、かえでのこと狙ってるのか?
かえでは、一生懸命市田の相手をしている。
いつ「デレ」の部分が見られるのかとちらちら伺っているが、そんな雰囲気は無い。
というか、「デレ」とはどんな部分だ。
「素朴だよねー。男の人の家とか行ったことないんじゃない?」
「いえ、ありますけど……」
「えええ!?マジで!?2人っきり!?」
「……はい」
かえでのその回答には、内心俺も驚く。
かえでの高校生活や大学生活まで首をつっこむ暇はなかったが。
まさか男と2人っきりで過ごしたことがあるとは知らなかった。
どんな男だ。どこのどいつだ。
親父さんやおばさんは知っているのか?
ぐるぐると、アルコールも摂取していないのに思考が回る。
やっぱりかえでも女なんだな。
コクコクとカクテルを飲むしぐさは人形のようだが。
ずっと見てきた、かえではかえでのままだ。
「よく竹村さんと2人っきりになってました」
――って、俺かい!!
がく、とテーブルの上でつんのめりそうになる。
「竹村ー!?お前かえでちゃんと付き合ってたのかー!?」
「話が飛躍しすぎだ!受験勉強みてやってただけだよ!」
「2人共、しずかに」
澤井さんの注意で我に帰る。
「いやいや、だよね。こんな面白くも無い男とはね」
自分にも言い聞かせるように話す市田がなんとなく憎い。
「保護者みたいな感じだからな……はは」
その後も。
なんだかんだと市田はかえでに絡み続けたが、かえでの「デレ」を目の当たりにする事は無かった。
「よ……竹村さん、帰り一緒に帰ってもいいですか?」
洋ちゃん、といつものように呼びかけて、かえではちゃんと苗字で俺を呼ぶ。
もちろんそのつもりだったが、かえでからお願いされるとは意外だった。
かえでが自転車で通っていることは知っている。
出勤するとき、いつものかえでの自転車が駐輪場になかったから。
「お前、自転車は?」
「店において置く」
「そ。じゃ、車とって来るから待ってな」
「私、市田くんを連れて帰るわね」
澤井さんが、いい具合に酔っている市田を支えて歩きだした。
「澤井さん!駅まで送りますよ?市田の家、知ってるんですか?」
「ええ、私のマンションの先にご実家があるの。名簿の住所を見る限り、近いわ」
さすが澤井さん。従業員の住所を把握しているとは。
「じゃぁ、大沢さんをちゃんと送り届けてね」
そういうと、澤井さんは颯爽と歩き出した。