幼なじみの彼女
コネというのも、一種の才能である。
かえでが入社してきた時、世界の狭さを知ると同時にそう思った。
新人のういういしさはあるが、ほとんど無表情のかえでを見て
「サービス業ができるのか?」
と一抹の不安を抱いた。
まるで、兄か父親のように。
俺が勤める自動車販売店は、市内でも大型店にあたる。
展示車数も多いし、土日ともなれば家族連れやシニア世代がひっきりなしに訪れる。
中古車販売部門も併設しているので、それなりに従業員も多い。
そこに、新人として配属されてきたのがかえでだ。
同じ団地の同じ棟に住んでいることもあり、かえでが小さいときから知っている。
幼馴染というには年が5つも離れているが、母親同士も仲が良いので、他の団地の子供たちよりは親密かもしれない。
かえでが大学受験の時など、家庭教師をしていたくらいに。
しかし、かえでの父親が本社の部長とは知らなかった。
一見してサービス業向きでないかえでが入社できた経緯は、すぐうわさになった。
「大沢部長の娘さんだって。いまどきコネ使う学生っているのね……」
店舗事務を任されている澤井さんが、カタカタとキーボードをたたきながらそう言う。
今日の販売成績を報告書にまとめながら、「はぁ」と曖昧な返事を返す。
「家、近所なんでしょ?竹村くんも知ってたの?」
「いや、今朝普通にびびりましたけどね」
そうだ。
まったく知らなかったのだ。
知っていたら、車で送ってやったのに。
「……」
ちがう。
そういう話ではなく。
比較的無口な彼女が、サービス業でやっていけるかとことん不安でしかたない。
俺の心配に反して。
ひと月もたつとかえではアイドルになっていた。
「なぁ、竹村!かえでちゃんのあのツンデレさ加減たまらなくないか」
「は?」
興奮した同僚の市田が俺の肩を叩く。
「いつもはさー、ほとんど無口で滅多に笑いもしないのに、俺さっき微笑みかけられた!」
「……なんで」
「出張先の土産、渡したら!ちょっと照れた感じで『ありがとうございます』だって!」
「そら、礼くらい言うだろ」
「いやいやいや、あの微笑のギャップはたまらんだろ」
そんな感じで。
かえでのギャップとやらにニヤニヤする同僚が増え。
そこそこ見た目も可愛いからか、シニア世代のお客様にも気に入られている様子。
「……」
複雑だ。
「洋ちゃん?」
「うおお!?かえで!?な、なに!?」
ふいに呼ばれて心臓が飛び跳ねた。
新しい車のパンフレットを抱えたかえでが俺を呼んでいる。
「ごめんなさい、お店では竹村さんって呼ばないとね」
「いや、いいけど……何?どうした?」
どぎまぎした自分が情け無い。
「今夜、市田さんにごはん誘われたの。洋ちゃんもいかない?」
「……誘われたの、お前だけ?」
「うん。でも、誰か他のひとも一緒でいいって」
それはまさかいわゆるデートの誘いでは、と思わずに入られなかった。
だがしかし。
「わかった」
俺にはそう答えるのが当然のように思えた。
結局。
澤井さんも誘って4人で飲みに行くことになった。