最終話 白玉ぜんざいと、母が最後に見た花火
夏祭りのにぎわいから帰ってきた桃は、
祖母の家で見つけた木箱をそっと取り出した。
(……お母さんの手紙、また読みたくなっちゃったな)
白玉ぜんざいを食べた瞬間に蘇った、
甘くて、少し切ない“あの夏のにおい”。
桃は静かな部屋で、そっと便箋を開く。
しかし、手紙の下に――
今まで気づかなかった封筒が一枚、ひっそりと隠れていた。
「これ……なに?」
中には、色褪せた 一枚の写真 が入っていた。
写真には、幼い桃を抱きしめる 母・桜 の姿。
二人の後ろでは、夏祭りの大輪の花火が夜空に咲いていた。
桃は息をのむ。
(……お母さん、こんなに笑ってたんだ)
その瞬間、
忘れていた夏の夜の記憶が、静かに広がり始めた。
──桃ちゃん、見てごらん。
あれは“金魚花火”っていうんだよ。
──ほら、ひとつ消えちゃってもね、
また次の光が生まれるでしょ?
──人の人生もね、そうやって続いていくんだよ。
桃ちゃんも、きっと誰かの光になるよ。
母が優しく語った声が、
胸の奥からふっとあふれ出す。
(……そうだった。
お母さん、私にそんなこと言ってくれてたんだ)
でも、その記憶は途中で途切れていた。
あの夏、桜は体調を崩していて――
その翌年、桃を残して旅立ってしまった。
写真の裏には、祖母の字でこう書かれていた。
「桃へ。
桜のいちばん幸せな夜です。
あなたの笑顔が、桜の光でした。」
桃は、そっと写真を胸に抱いた。
翌朝、クリニックに出勤すると、
受付の沙耶がにこっと言った。
「先生、昨日の白玉ぜんざい、すごくおいしかったって
陸くんのお母さんからメール来てましたよ。
……息子が笑って、ほっとしたみたい」
桃はほわりと微笑む。
(陸くんのお母さんも、きっと寂しかったんだろうな)
ふと、ポケットに入れたままの写真が指先に触れる。
「……沙耶ちゃん」
「はい?」
「私ね。
お母さんと最後に見た花火のこと、
昨日思い出したんだ」
軽く話すつもりが、
言葉にした途端、胸の奥がじんわり温かくなる。
祖母の白玉。
町内の夏祭り。
そして陸との約束。
それらが全部つながって、
桃の中に“なくしたと思っていた灯り”がふわっと戻ってきた。
「……やっぱり、人ってひとりじゃ生きられないね」
沙耶は微笑んだ。
「すもも先生は、皆の光ですよ?」
桃は笑って答えた。
「私も誰かに照らされてばっかりだよ」
診療が終わる頃、
クリニックの窓から夕陽が強い朱色を落としていた。
桃は、写真をデスクに立てかけながらつぶやく。
「お母さん。
私、すこしだけ強くなれたよ」
その日は、不思議と疲れが軽かった。
桃の背中には、
母から祖母へ、
祖母から桃へと受け渡された
“光のリレー”が確かに息づいていた。
次の夏祭りまで、あと一年。
すもも先生の胸の灯りは、もう消えることはなかった。




