第11話 夏祭りと、祖母が好きだった白玉ぜんざい
梅雨が明けたばかりの土曜日。
須之内デンタルクリニックの外には、
町内会の提灯がもうぶら下がり始めていた。
「今年も、夏祭りの季節だねえ」と受付の沙耶が呟く。
桃はカルテの整理をしながら微笑んだ。
「おばあちゃん、毎年この時期になると
“白玉ぜんざい作るよ”って言ってくれたな……」
祖母・梅が亡くなってから二回目の夏。
祭りの匂いが漂うと、どうしても胸の奥がそっと疼く。
午後の診療が始まってすぐ、
受付にふらりと現れた中学生の男の子がいた。
「すももセンセ……急に歯が痛くなって」
町内の子ども、 杉原陸(りく・13)。
小さい頃から何度も来ている、元気な少年――
のはずなのに、今日はどこか落ち着かない。
「どこが痛いの?」
「ここ……上の犬歯のとこ。
明日の祭りで友達と写真撮るから、変な顔になりたくなくて……」
たどたどしく話しながら、
陸はチラチラと外の提灯を見つめている。
桃は診察しながら感じ取った。
(……痛みは軽い。でも、心がざわついてる)
「陸くん、祭り……なにかあった?」
陸は一瞬視線を泳がせ、
小さな声で言った。
「……お母さん、今年は来れないんだ。
仕事で、家にもあんまり居なくて……
本当は一緒に回りたかったのに」
桃は胸がきゅっとした。
子どもの“会いたい気持ち”は、誰よりも純粋で切ない。
「そっか……寂しいね」
陸は唇を噛んだまま、うつむく。
桃は器具を置き、目線を合わせるように膝をついた。
「じゃあさ、明日。
私がちょっとだけ見に行ってあげようか?」
「……えっ? すももセンセが?」
「うん。あの白い甚平着てるの、毎年陸くんでしょ?」
陸の表情に、やっと小さな笑みが灯った。
「……来てくれたら、嬉しい」
桃は小さく頷いた。
診療後、桃は祖母の家に寄った。
遺品整理で持ち帰った木箱をそっと取り出す。
その中には、少し前に見つけた
母・桜の手紙が大切にしまわれている。
桃はそっと便箋を開いた。
──桃ちゃんはね、
夏祭りで白玉ぜんざいを食べる時、
いつも「冷たくておいしい!」って笑ってくれたね。
──あなたの笑顔を見ると、
私も痛みが消えていく気がしたんだよ。
桜の文字をなぞりながら、
桃の思い出もふっとよみがえる。
浴衣の匂い。
祖母・梅の作る白玉のやわらかい食感。
夕暮れの参道で、母の手を握った温度。
(……あの頃みたいに、
私も誰かの痛みをふっと消せる人でいたいな)
桃は木箱を閉じ、
翌日の夏祭りに向けてそっと準備を始めた。
翌夕方。
町内の神社には、子どもたちの笑い声が響いていた。
桃は浴衣ではなく白衣のまま、
クリニック帰りにそのまま神社へ向かう。
(陸くん、いるかな……)
射的台の前。
綿あめにかぶりつきながら、
小さく手を振る少年がいた。
「すももセンセ!」
陸の顔は、昨日よりずっと明るい。
「来てくれたんだ!」
「もちろん。歯はもう痛くない?」
「だいじょうぶ!」
そこへ、提灯の飾られた木陰から
町内会のおばあちゃんたちが近づいてきた。
「先生、梅さんの白玉、今年も作ったのよ。
あなたにも食べてほしくてねえ」
桃の胸が一瞬つまる。
(……おばあちゃんの白玉だ)
手渡された紙皿の上には、
梅が生前毎年作っていた、優しい甘さの白玉ぜんざいがあった。
陸も隣で頬張り、
「これ、おいしい!」と笑った。
桃も一口すくう。
思わず、目を閉じてしまう。
白玉のやわらかさ、ほんのりとした塩気。
梅の味そのものだった。
(おばあちゃん……
今年も一緒に来てたんだね)
桃はそっと息を吸い込んだ。
「陸くん、来年も一緒に食べようね」
「うん!」
夏祭りの空をバックに、
提灯が炎のように揺れた。
――そしてこの夜、桃は知らず、
祖母が遺した“ある記憶”と再会することになる。




