ここどこ?
チリーン。
鈴のような音が鳴り響いたのは、夕日が沈みそうな頃だった。その音を聞いた後、いつの間にか、私、大滝美音は見知らぬ路地裏のようなところでぽつんと立っていた。
美音は、中学二年生になって、一年生の時とは少し変わった生活にも、ようやく慣れてきたところだった。
春のさわやかな風のせいか、足元に生えている雑草が、ざわざわとゆれた。
「え?」
いや、なんでこんなところにいるの?と思い、さっきまでのことを思い出してみた。たしか、私は学校から帰っていて・・・その後どうしたんだっけ?
・・・まあ、いっか!とりあえず戻ってみようと、後ろを振り返った。
すると、ごみ箱のふたの上に何かが丸まっていた。目を凝らしてみると、丸っこい、変な色のモフモフした物体がいた。なにこいつ。猫・・・?猫なら、まぁ・・・。恐怖心より好奇心が勝ち、ちょっと近づいてみた。
「にゃー」
生きてるっ!しかも鳴いてるっ!反射的に体を引いた。
・・・当たり前か。猫だし。大げさに驚いている自分が、ちょっと恥ずかしくなった。
深呼吸をし、落ち着いてから、もう一度猫を観察してみた。きれいな色の鈴がついている。見る角度によって、色が変わるみたいだ。
飼い猫か?それにしても、おしゃれな鈴。まじまじと鈴を見て、こんなことしている場合じゃないと気付き、通り過ぎようとした。
その時、猫がちらっとこちらを見て、
「・・・おなか減った。飯持ってない?出来れば、またたびも。」
と、ずっと聞いていたいと思うような、耳に心地がいいちょうどいい高さの声でしゃべりかけてきた。
・・・ん?最近の猫って、しゃべるんだなぁ。それとも、鈴が人工知能付きとか?欲しいもの要求してきたぞ、この猫。図々しっ。
いろいろなことに驚きすぎて、思わず真顔で猫に詰め寄り、むんずと猫の首根っこをつかみ、持ち上げた。
頭の片隅で、今すぐ逃げたほうがいいと思っていたが、モフモフしていて触り心地がよさそうだなと思っていたこともあり、ついこんな行動にでていた。
持ち上げてみたものの、猫は特に何もせず、おとなしくしているのでこの後どうしよう、とちょっと困った。
持ち上げたまま観察してみると、意外とかわいい顔立ちをしている。鼻のいろは薄ピンクで、かたちもきれいに整っている。
光を反射しているからか、いろいろな色、つまり虹色にみえて、とてもきれいな、つい見惚れてしまうような目だった。ただ、遠くから見たら、モフモフしているように見えたが、よく見ると泥で汚れていて、もったいない。
一通り観察し終えて満足したので、猫を元居た場所におろし、他愛ないことを聞いてみた。
「ねぇ、いま何歳?」
「わからない、数えるのがめんどくさくてやめた」
「そっか」
一応答えてくれることが分かった。数えるのがめんどくさくてやめたということは、割と長生きなのだろう。そのあとの会話が思いつかず、沈黙が続いた。
・・・気まずい!
美音は、悩んだ。
猫として接すればいいの?それとも、人間として接すればいいの?はたまた、人工知能なの?
なんだか、頭がぐるぐるしてきた。
悩んでいると、猫が座って、話しかけてきた。
「ねぇ、何か食べるもの持っていない?」
なんだかひもじそうな、悲しそうな様子で問うてきたので、何かあげられるものがないか、バッグの中やポケットの中を探した。
すると、ポケットの中に部活の先輩からもらったあめが三つほどはいっていた。
・・・猫ってあめをあげちゃだめだよね。そう思い、ポケットに戻そうとしたが、猫が期待したまなざしで見てくるので、いちおう食べられるか聞いてみたら、普通の猫と一緒にしないでほしい、という言葉が返ってきた。
しかも、妙にドヤ顔で。なんか腹立つなと思いながらも、しゃべる猫だし、大丈夫か、と納得していた。
そもそも、猫として接するのでいいのか?とまた悩んでしまいそうだったので考えるのをやめた。うん、そういう猫も、世界にはいるのだろう。きっと。たぶん。
ふと、あめのパッケージをよく見ると、期間限定!鰹節味!とポップな字で書いてあった。鰹節味ってなんだこれ。きっと、先輩が期間限定につられて大袋で買ったけど、食べて、飽きたり、まずかったりしたから、処分に困って、私やほかの先輩にくれたんだろうな。なんて余計なことを考えながらパッケージをはがし、手に乗せ、猫の口のあたりまで近づけてみた。
パクリ。食べ方を知らなかったのか、なぜかあめをかみ砕きはじめた。がりごりと音をさせながら食べ、涙目で訴えてきた。
「かたい」
「あたりまえだよ!ふつう、あめはなめて食べるものだよ。こんな食べ方する猫、初めて見たよ!?そもそも、猫にあめあげたことないけど!」
「普通の猫にあめあげちゃいけないよ。常識でしょ?」
と、不思議な様子で問われ、一番常識を無視している猫に常識を問われた、と地味にショックを受けた。・・・いやいや、こんなことでショックをうけていたら、身が持たない。
気になっていたので、味はどうか聞いてみた。猫曰く、うまい。結構いける、らしいので、私も食べてみた。・・・うん。可もなく不可もなくっていう感じ。我慢すれば、割とおいしく食べられるかな。
・・・前言撤回。やっぱり、我慢しても、おいしくはない。もう二度と食べたくない。これをうまいと言っちゃう猫の味覚って、不思議だな。
正直、あまり私の好みではなかったので、残りの飴も猫にあげた。私は食べなくて済むし、猫はあめを食べられるしで、まさに一石二鳥。
食べ方は教えたはずなのに、あめを嚙み砕いて食べている猫を見ながら、
「お母さんたちがいいって言ったら、うちに来る?」
と、つい言ってしまった。そんなことを口走ったことに、驚いた。人間、猫が泥だらけで、おなかをすかせているのを見ると、無責任な言葉を言ってしまうのだろうか。