童貞魔王と第四皇女:その3…次の妃候補はエルフ…え、全権大使!?(2)
エルスペル首長国連合からの事前通告の通り、予定の期日、予定の時刻に使節団が到着した。
謁見の間には王座に座る魔王マクシム、左手の上席に皇女シルフィア、以下に重鎮が整列する。また誰にも気付かれていないが上座端の緞帳の影に、巻き角の妖艶な美女がその身を潜めていた。
その謁見の間の中央を縦断するように幅広の赤絨毯が敷かれ、その上を使節団が歩みを進める。
その使節団の先頭に、一際美しいエルフが厳かに佇む。外見は人間にして25歳前後、透き通るような白い肌に流れる金髪、特徴的な長い耳は真横に伸びていた。パンツスタイルの公式礼装を堅く着こなし、顔には凛とした微笑みを張り付かせている。
そのエルフはマクシムの御前に跪くと、胸に手を当てて口を開いた。
「御目通り頂き、ありがとうございます。本日から特命全権大使として赴任致します、エフィリ・エルスペルでございます。以後、お見知りおきを」
「よくぞ参られた。エルスペル首長国連合、特命全権大使殿。着任の挨拶、有難く受けよう」
「ありがとうございます」
マクシムの言葉を受け、エフィリはすくりと立ち上がる。
「うむ、では以後は外務省の担当官と折衝するように。退室を許す」
「その前に陛下、エルスペル首長国連合の要望をお伝えしたく思います」
マクシムの眉がピクリと動く。
エフィリは後ろで腕を組むと、胸を張って言葉を続けた。
「要望は一つ、神聖キールホルツ帝国と断交していただきます」
エフィリの発言に左右の重鎮達が騒めき立つ。しかしマクシムは無言を貫き、シルフィアは表情を崩さない。
「我が連合と帝国は長年に渡り、経済、安全保障、魔法技術、そして地政学的な分野で複雑な対立が続いております。そして近年は貿易赤字の解消など要望しておりますが、頑として受け入れません。対策として追加課税を行いましたが、帝国も追加関税で対抗し、今では100%を超える関税を互いに課している状態です。このままでは帝国は思い上がり、再び世界を混乱に陥れるでしょう。そうなる前に各国が協力して帝国を包囲し、その国力を封じ込めるのです」
エルスペル首長国連合と神聖キールホルツ帝国は過去に世界の覇権を争った大国である。連合は先進的な魔法技術で他国を圧倒した時代があったが帝国の魔法技術が追い付き、人口の多さによる生産力の高さから安価な製品を大量輸出するようになった。
これにより連合は国内生産力の低下、そして帝国に対して莫大な貿易赤字を抱える事となる。
互いの国力が拮抗する中、大ゴウディン魔王国が若輩のマクシムに代替わりした。これを好機と見た帝国が領地拡大を狙い戦争を仕掛けたのだが、同時に発生した内乱と、魔王国の個体能力の高さと底堅い国力によって敗戦する事となる。敗戦した帝国は分裂しなかったものの、皇室と民意に乖離が生じている状態なのだ。
現在では連合が覇権を握ったように見えるが、実のところ国力は疲弊しきっている。先の戦争で魔王国と敵対した獣人族のビースピド連峰地方への物資援助と魔法技術供与が全くと言っていい程に成果が上がらず、そして獣人族が敗戦した為にその投資も無駄になった。さらにお節介にも別の戦争にも肩入れし援助した結果、財政赤字が莫大に膨れ上がった。現在は各省庁の職員の大量解雇や富裕層への増税など、財政赤字を減らすのに必死である。
そんな中で他国の関心が魔王国へ集まり、その情勢は魔王国に傾きつつあった。その最中に帝国から皇女が魔王国へ輿入れし、その寵愛を受けているとなれば大問題なのだ。
さらに先日にはマーマジネス海洋共和国から王女が輿入れし、他の国も魔王国への輿入れを企てている動きがある。帝国と魔王国、そして第三国が結束するとなれば、連合の地位も危うくなるのだ。
「今、世界の均衡は大ゴウディン魔王国、そして我が連合によって保たれています。両国がより親密となり、世界を平和に導く事が求められているのです。その為には敗戦国である神聖キールホルツ帝国に皇室解体・戦犯裁判を求め、責任の追及が必要となります。よって連合は魔王国に対し帝国との断交と、そこに控えるシルフィア・キールホルツ皇女の放逐を要望します!」
(…なるほどね、エルフが輿入れしないのは国力が拮抗しているからか…)
シルフィアは表情を崩さないまま状況を整理した。
覇権を持つ連合としては、急進の魔王国と仲良くしたい。しかし格上と思っている連合から政略結婚を行う事は出来ず、魔王国にそれを求めようとしても魔王に姉妹や娘は居ないのだ。例外としては先日の共和国王女との子供がいるが、まだ幼生で魚と見分けが付かない上に大海に泳ぎ出しているので手駒としては使えないのである。
連合が政略結婚できない以上、帝国の政略結婚を妨害するのは当然の選択である。
(ま、ここは私を放逐して連合と仲良くするのが正解よね~…あいつの手助けができないのは残念だけど、身を引くのもあいつの助けになるか……ちょっと……寂しくなるなぁ……)
シルフィアは小さく息を漏らすと、薄眼でマクシムを見た。そしてその表情に凍り付く。
(あ、あのバカ!頭に血が上ってるッ!?)
「………誰が……発言を許可した?」
魔王の一言で、謁見の間の空気が凍り付いた。