第5話:返済とショッピングと命を賭けたギャンブル。
◇5◆
「本当に四、五時間でビースト・ラボを潰してくるやつがあるか」
カティアールは呆れたような表情で頬杖をついて、ため息を漏らした。それを聞きながらリンダはにんまりと笑みを浮かべている。
「これ、刀の代金だよ」
ポケットから札束を取り出す。上下と表裏が整えられていて、輪ゴムでまとめられていた。
ぱらぱらとカティアールが数えて値段を確認し、リンダとラットへ視線を向ける。
「まいどあり。で、そっちの男が助けたいやつか」
「ラットだ。縁があって――というよりも、無理やりこいつが飛び込んできて助けられた」
ラットが肩をすくめて、リンダを見る。カティアールは「無茶をするもんだ」と苦笑を漏らして、頬杖をつく。
「でもまあ、結果オーライじゃない?」
「あんな場所にひとりで突っ込んでくるやつなんていねえよ」
リンダはニヘラと笑ってからそんなことを言うと、ラットが呆れたようにため息をついて、わしわしと髪を掻いた。
その手を見て、ふむ、と唸ってからラットの腕へ指をさす。
「それにしてもゴリラの手とはな。とんでもねえもん植え付けられたな」
カティアールの言葉に、ラットは鼻を鳴らした。
「そんな悲観することばかりじゃねえよ。上手く使えば、誰かを守ることが出来る」
「囚人にしては良い志だな。こんな場所で自分自身以外、守るものがあるのか?」
ここは監獄であり、大罪人が跋扈している。そんな場所に正義などない――そう言いたげな目だったが、ラットは肩をすくめてみせる。
「俺は元・警官だ。情けないことに囚人を送ってきてそのまま捕まった。だから――罪は犯してねえんだよ」
「……なるほどな。この場所には相応しくない人間ってことか。そういうやつは大歓迎だぜ。俺はカティアール。カティと呼んでくれよ、兄弟」
そう言って白い歯を見せて笑った。「いきなり距離を詰めてくるな」とラットはふ、と短く息をつく。
「ところで、これからどうするつもりだ? ラット、お前は武器を買うか?」
「いや、俺はこの腕がある。忌々しいが、相手を沈めるには丁度良い」
ぐるぐると肩を回してから、ラットはその手を握りこみ、睨み付ける。本意ではないことは明白だったが、それでも利用することに決めたようだと思えば、リンダは自然と笑みがこぼれた。
「頼もしいね」
「だがまあ、ここはまだ一階だ。下層に行けば行くほど、狂ったやつや相当な猛者がいる。その腕だけで立ち回れるかどうかは分からんぞ」
「だったら鍛えるまでだ。こいつを自在に使いこなせるようにな」
にやりと笑うのを見て、「お前も大概に狂ってるな、兄弟」と言って息をついた。
「話は変わるが、そのボロボロの服のままじゃカモにされるぞ。特にリンダ、お前は囚人服のままだろう。そりゃあ、自分から新人だって言っているようなものだ。新人は狙われやすいからな」
「ああ、そうだった。これから買いに行くんだよ。クリスティーナって店に」
「あの女の店か。気をつけろよ。あの店は店主が気に入ったかどうかで値段が変わる。ふんだくられるかもしれんからな」
「へえ……。新人には安くするって言ってくれてたのになあ」
リンダは首をかしげると、「もう会ってるのか」と少し驚いた様子でカティアールが目を丸くする。
「うん。新人はすぐに死んじゃうからってさ」
「……すぐに死ぬ、か。リンダ、ラット、よく覚えておけ。ここは監獄で、絶対的な正義も、底知れぬ優しさもない。常に裏がある。上辺だけの言葉を信じるなよ」
「……どういう意味だ?」
「行けば分かる。とにかく、気に入られろ。そうすれば、あの店で死ぬことはない」
「ふうん。まあ、良いや。行ってみれば分かるでしょ。じゃ、カティ、またなにかあったらここに来るよ」
「ああ。無事を祈る」
そう言ってカティアールの店を出てから『NORTH B1 三番街』へと向かう。三つの通路があり、その左側へ曲がると、ネオンで『WELCOME』という文字が光っていた。
「あら、いらっしゃい」
その店の奥で、グラマラスな身体を真っ赤なドレスに包んだ女――クリスティーナが目を細める。
「早速やらかしたみたいね。ビースト・ラボの一件、もう噂になってるわよ」
「じゃあ有名人ってわけだ。良かったじゃん、ラット」
「なにも良くねえよ」
リンダの言葉にラットはうんざり顔になる。そこにクリスティーナが「名前は決まったの?」と訊いてくる。
「俺はリンダで、こっちがラット。良い名前でしょ」
「ふふ。良い名前ね。それで――服を買いに来たんでしょう?」
「ああ。俺はダークスーツが欲しいんだよね。ネクタイは赤に白のストライプ。革靴も欲しいな」
「こだわりがあるのね。こんな場所でスーツを選ぶ子は珍しいわ。それで、ラットくんは?」
「なんでも良い。ただ、この腕だ。半袖かタンクトップのほうが動かしやすい」
「そうねえ……黒のビッグTシャツか、迷彩柄のタンクトップなら在庫がある。ボトムスはどうする?」
「あんたが決めてくれ」
ラットは服装には興味がないようで、面倒くさそうに答えた。クリスティーナは立ち上がり、棚を物色していく。
「ワイドパンツがあるわ。ドレープスカート風の。これに黒のビッグTを合わせれば……ああ、ショートブーツもあるわね。これで行きましょう」
と少し楽しそうに選んでいる。「じゃあサイズを測るわね」とメジャーを取り出し、リンダ、ラットの順に測っていく。
「うん、これなら今ある在庫でいけそうね」
「それでクリスティーナ、値段なんだけど、どれくらいかな」
リンダはポケットから札束を取り出すと、「そんなに急がないの」と彼女は笑った。
そして――。
二丁の拳銃のリボルバーを回転させてから、投げてよこした。それを受け取り、二人して首をかしげていると、いつの間にか彼女の目は優しいそれではなく、妖しく光っている。
「ロシアンルーレットって知ってる? その銃の中に、一発だけ弾丸が入っているの。死ねばそれまで、生き残れば、あなたたちの欲しい服を売ってあげるわ」