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Ruff ruff growL !!  作者: 永久島 群青
第1章: 死んだ心を蘇らせるときは、今。
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第3話:元刑事の過去。



◇3◆



 鎖につながれた男は、小学生のころ、いじめを受けていた。そこで火前という警官に助けられたことがある。


 それ以来、愚直なまでに刑事になることを夢見て、そうなれるように生きてきた。


 助けられたその日を境に、刑事は正義そのものとなっていたのだ。だから適正職業のリストに警察官があったときの喜びはこの上なく、運命のようにさえ感じたものだ。


 男は迷うことなく、進学せずに一八から警察学校に入り、一〇ヶ月間の研修の末、念願だった警視庁に配属された。


 各部署を回り、真面目に従事しているところを評価され、巡査という若さで捜査一課へ配属となった。


 嬉しかったのは幼いころに助けられ、憧れでもあった火前(ひぜん) 浩市(こういち)の班へ所属し、とともに仕事が出来ること、そのバディとして働けることだった。


 オールバックの黒髪に、堀の深い顔立ち。一見すれば強面だが、その性格は繊細で誰よりも優しく、弱きを助け強きをくじくを地で行くような正義漢だ。


 火前もまた、幼かったそのころのことを覚えていた。やっと背中が見えました、なんて言うと、すぐに追い抜けるさ、と返ってきた。


 二人でバディを組み、様々な事件を追った。殺人事件や強盗がほとんどだったが、彼は犯人を“人間”として見ていた。


『やり直せ、遺族には恨まれるだろうが、それでも生きていけ。それがお前の背負う業だ。でも、お前にだって尊厳がある。人間として、尊厳のある生き方をしろ』


 そんなことを平気で、しらふで言える警察官だった。人間としての尊厳、それがどれほどまでに重要なものなのか、彼から学んだことも多い。


『先輩は犯罪者に優しすぎます』


 一度、そんな話をしたことがある。


『罪を犯すか犯さないか、それは紙一重だ。一歩、いや半歩でも間違った道に踏み込んだ人間は元に戻ることが出来ないと感じて、犯罪に走っちまうんだ』


『だから、先輩は人間に戻す、と?』


『元から人間だよ、あいつらは。俺はただ、アングラな道ばかりじゃない、更生の道もあるってことを伝えてるだけだ』


 そう言って火前は笑うのだった。男は、そんな彼だからこそ、憧れたのだ。小学生のころからなにも変わらない、自身の曲げられない信念と正義をたしかに感じられたから。


 そして四年前、二二歳になったときに護送車の運転を頼まれ、歪曲島へと囚人を送ることになったのだ。


「真島、お前、歪曲島は初めてか」


「ええ、まあ」


 跳開橋が降りるのを眺めながら、助手席から声をかけてきた火前に男――真島はそう答える。


「俺はここに来るたびに気が滅入るよ」


「……どうしてです?」


「ここには更生の道がない。俺の理想とは正反対の場所だ」


――罪人は一生をここで暮らすことになる。


 これは警察学校で習ったことだった。ドライブのボタンを押し、アクセルを踏むと、降りきった橋を車が進んでいく。


 火前は常に更生の道がある、人間として尊厳を損なわずに生きろと説いてきた。しかしこの先にあるものは、更生も無ければ、尊厳というものもどうなっているのか分からない。


 そんな場所に送り込むのは、彼の本意ではない。だから気が滅入るのだろうと、真島はそう考える。


 三二歳という若さで警部まで登りつめた火前だが、それでも慣れることはないのだろう、と。


 火前もまた真島と同じく一八で警察官になったノンキャリアだが、それでもその実力とたしかな実績で警部にまで登りつめた。


 そんな彼であっても、どうしようもないことは多くあるのだと、廃墟群を前にして改めて気付く。


「で、でもカギさえ手に入れば免罪になりますよね」


 そのウワサは聞いていた。『ルトゥールマン伝説』である。八〇〇年前、跳開橋の鍵を手に入れた五人の囚人が帰島して生活を取り戻したのだと。


「……それは都市伝説だ。ただ、仮に八〇〇年前に本土へ帰ってきたとしても、たった五人だ。それ以外の人間のほうが遥かに多いだろう」


「それはそうですけど……」


「それでもそれに縋ってしまうのだから、俺もまだ甘いのかもな」


 そこからは互いに無言だった。後ろに乗せた囚人もまた、うなだれたまま顔を上げようともせず、ただがたがたの道を進んでいく。


「――目の前にすると、ずいぶんとその……物々しいですね」


 歪曲島につくと、そびえ建つ廃墟群に生唾を飲みこんだ。その間にも火前は囚人を車から降ろし、肩を掴んで視線を合わせている。


「ここでカギを見つけて来い。それがお前の贖罪になる。大丈夫だ、きっと見つかるさ」


 大罪人であっても、甘いと自分で感じていても、彼はそのスタンスを崩すことはなかった。


 決して犯罪者に肩入れをしているわけではない。遺族に想いを馳せることだってある。


 しかしどちらも人間なのだということを、彼は忘れてはいないのだ。ただ道を間違えてしまった人間と、道の通りに進んで行っている人間。


 そしてその両方に対し平等に接する彼に、尊敬もしている。


 囚人の肩から手を外し、「かならず帰ってこい。一緒に遺族の方に、手紙を出そう。何度でもだ。会ってもらえるなら、頭を下げに行こう」そう言って背を優しく押した瞬間――。


「ウェルカムだぜクソ野郎ども! じゃあなッ! さっさと死んじまえッ!!」


 銃声が轟き、囚人はそのオレンジの身体が弾け、真っ赤に染めてひざから崩れ落ちた。どろりと彼の周りからじんわりと赤い血だまりが広がり夕陽の色と混じり合っていく。


「――しまったッ!」


 とっさに護送車の影に隠れるが、四方八方からの銃撃に互いに眉間にしわが寄る。


 ぷしゅう、とタイヤに弾丸が入り込み、パンクする音が小さく聞こえた。


「先輩はここに来るのは何度目ですか」


「七回目だ。だが護送車ごと狙ってきたのは初めてだな。クソ……ッ!」


「護送車がいる限り狙われなかったってことですか」


「ああ。だから囚人が中に入るまでここで待っていた。せめて生きて中に入って欲しかったからな……。だが、考えが甘かったみたいだ」


 火前はホルスターに収めた拳銃を取り出し、指紋認証を行い、セーフティを外す。真島もそれに倣う。だが、飛び出すにはあまりに銃弾が狙いを定めてきていて、タイミングを見計らうのが難しい。


「弾丸も無限じゃない。マガジンを取り換える瞬間がチャンスだ」


 火前はそう言って、しばらく銃声を聞いていた。一瞬、弾幕が薄くなり「今だッ!」と飛び出し、銃を構えて発砲する。


 遅れて真島もその隣りに立ち、銃口を向ける。


「銃を下ろせ! 我々は警察だ!」


「もう関係ねえんだよ! そういうのは! うちの上の判断だッ!」


 真島は睨み付けてから、上に向けてトリガーを引く。だがそこに届く前に弾丸が地面を貫き、転がりながら廃車になった乗用車の裏に隠れる。


 火前も同じように二〇メートル右にある護送車の影に隠れるのを見て、もう一度の可能性に賭ける。


 そう決めこんだとき、突然、銃声が止んだ。


 そこで手早くマガジンを交換してから真島は飛び出す。しかし――。


「真島、下だッ!」


「――え?」


 銃口を上に向けた瞬間、目の前に火前が来て、彼を抱きしめる。今度は上からではなく、地上から銃声が聞こえた。


「火前……先輩……?」


「大丈夫……そんな顔、するな」


「先輩ッ!」


 手にどろりとした感触があり、それは生温かかった。血が、火前のシャツを濡らし、ジャケットに沁み出て、真島のスーツまで濡れていく。


「すまない、俺は立てそうに、ない。いいから、置いていけ、真島」


「そんなこと、出来るわけがないでしょう!」


「……死ぬな、お前だけは」


 そう言って血まみれの両手で頬を包まれ、目を目が合うと、彼は優しく笑っていた。血だらけで右目が閉じられ、唇が震えて、こひゅっ、と、呼吸が浅くなっている。


 そこから血が糸を引いて、それでも笑みは消えることなく。


「お前なら、立派な警官になれるさ。だから、お前らしく……生きろ。負けるなよ、この世界に……お前自身に。俺の意志を、お前に託すぞ」


「せんぱ……」


「は、は。大丈、夫だよ。お前、なら」


 そのまま頬を包んでいた手が離れ、横に倒れる。火前は微笑んだまま、息を引き取った。真島は歯を食いしばって、目の前の男たちを睨み付ける。


「はっはあ! これであとひとりだなあッ!?」


 その言葉にプツリとなにかがキレて、歯を軋ませ、血走った眼で男たちを射殺さんばかりに睨みつけた。


「てめえら、潰してやる……ッ!」


 腰を落として駆け出し、入り口付近で銃を構えていた男たちに飛び掛かる。


腕を首に巻き付けて、ひざの裏をかかとで蹴って態勢を崩した男の腹を踏み込み、俊敏な動きで左から迫ってきた男の顎に右フックを入れる。


 銃声がしてそれを屈んで避け、地面に手をつけて高く跳ぶと、着地と同時に正拳を腹に沈め、身体が折れたところに肘を入れるとさらに頭が下がった瞬間にひざで打った。


「こいつの一撃……重いなッ! クソッタレが!」


 そんな怒号も無視して、銃弾を躱し、カウンターで頬へ渾身の一撃を入れる。肩で息をしながらも、襲ってくる男たちを次々と、怒りのままに、地面へと伏せさせていく。


 なおも飛び掛かってくる男にひざ蹴りで鼻を折り、半回転してかかとをこめかみに入れると吹き飛んで銃を構えていた男ともどもその場へと倒れた。


「――うぐッ!?」


 しかし斜め後ろからの銃弾が彼の脇腹に刺さり、表情を歪めてその場にひざをついてしまった。


 手で押さえるも、その隙間から鮮血が零れ落ちていく。同時に、力も抜けていくような感覚になる。


「くそ……!」


「ここまでだ。こいつの動きは見たな? 研究材料になる。ラボに連絡しろ」


 腕を後ろに回されて、真島の持っていた手錠をはめられる。痛みが熱を持って苦悶の表情を浮かべるが、視線は火前の倒れた場所と囚人が死んだ場所を交互に見ていた。


――すみません、先輩。


 それから、四年の時間が経った。地獄のような、四年が。



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