第2話:サイボーグの武器商人。
◇2◆
「あー、おっかなかったなあ」
ラボラトリーからそそくさと退散して二番街に入ると、甘い油の匂いと鉄の匂いが混じっていた。カンカンカンという音や何かしらの機械が駆動している音が聞こえ、にわかに騒がしい。
見てみると溶接マスクをつけた大柄な男がなにやら作業をしているようだった。火花が散っている。
「ここは工業地帯なのかな」
監獄の中で工業地帯というのも奇妙な話だな、と思いつつ歩いていると「よお、兄弟」と声をかけられた。
「あ、サイボーグの人」
『Weapon shop PEACE』と看板が提げられ、覗いてみると一段高いところに座っていた褐色肌の男が機械義手で手招きをしていた。
「二時間ぶりだな。やっと喋れるようになったか」
「うん。まだ慣れてはないけどね。それにしても物騒なお店だなあ」
ラックには拳銃から機関銃などが提げられ、『SALE!』と書かれたカゴの中には手榴弾が乱雑に入れられている。
「銃に刀に……たくさんあるけど、顔認証も指紋認証もついてない。ずいぶんアナログな武器だ」
「そりゃ、まともな武器がこんな場所に流れてくるわけないだろ。こいつらはそこで作られたもんだ。こんだけ人がいりゃ、とんでもねえ武器を作ってぶち込まれたバカもいる」
そう言って通路を指さす。ここに来るまで溶接マスクをつけた男たちや、刀を打っていた男たちを見てきたところだ。
「なるほどね。で、それを卸して売ってるわけか」
「飲みこみが早いな。で、俺はここら一帯の職人をまとめてる。カティアールだ。カティとでも呼んでくれ」
「それは本名かい」
「ああ。俺はインド系日本人でな。母親が日本人だ。それで、お前の名前は?」
「俺は……ううん、R1N12Aだよ」
「囚人IDじゃねえか。まあ、本名を明かしたくねえってやつはいるからな。深くは詮索しねえよ。でも、通称くらいは作っておけ。呼びにくい」
「考えとくよ。それより、その腕、旧式の機械義手でしょ。それもここで作ったの?」
「ああ、高くついたぜ。両腕をサメにやられちまってな」
「サメ? 海にでも飛び込んだのかい?」
その言葉に、カティアールは苦笑する。青年は疑問に思って首をかしげる。ここは海中の監獄だが、海に飛び込んで戻ってこられるとも思えないからだ。
「サメってのは通称だ。こいつがなかなか凶暴でな。斧で両腕と右脚を叩き切られちまった。挙げ句、右肺まで傷がいって、右肺も人工臓器だよ。まあ、右半分は機械みたいなもんだ」
そう言って右脚のズボンをまくり上げると、機械式の義足が目に入る。どうやら言っていることは本当のようで、青年はなるほど、と唸る。
「それでサイボーグってわけか。それにしても、どんな恨みを買ったらそんなことになるんだ」
「さあな。ここじゃ理由なんてあってもなくても殺すやつは殺すし、死ぬやつは死ぬ。サメは殺しを楽しんでた。それだけだよ」
「そんなフラットな人殺しがいるなんてね。サメってやつには気をつけなきゃ」
その言いながら口角を少し上げて、「ちなみにそのサメってやつの手の甲にタトゥーはあったかな」と訊くと、カティアールは肩をすくめた。
「おいおい、こんな場所だぞ。タトゥーがついてるやつなんて腐るほどいる」
「三本足の青い鴉のタトゥーだよ。知らないかい?」
「そりゃ知らねえな。それに――そのサメはもう死んじまってるよ」
その言葉に、青年は片眉を上げて、あごに手をやる。
「死んだ?」
「ああ。猫にやられたんだよ。猫っつっても、かわいいもんじゃねえ。猫を被った虎だけどな。こいつは本当に危険だ。気をつけな」
「サメに、猫を被った虎ね。まるで動物園みたいだ」
「まあ、一番気をつけておくべきは燕尾服の死神だ」
「どんどん名前が出てくるな。そんなに覚えきれないよ。さすがは監獄ってわけかい」
そういうことだ、と彼はくつくつと笑う。「イカレたやつが集まって出来てるんだ。イレギュラーが当たり前の世界だと思ったほうが良い」
「まあ、猫を被った虎より、見た目が分かってる分、燕尾服の死神ってのは分かりやすいね。気を付けるよ。それより――武器が欲しいんだよね」
青年は周りを見渡す。銃火器に爆弾、刀に斧にハンマー。多種多様な武器が揃っている。
「ああ、拳銃から刀まで、なんだってある。でもお前、金はあるのか」
カティアールはそう言うと、こちらの全身を見てくる。黒いシャツにオレンジ色の囚人服であり、まだ服さえ買えていないのだ。
「それが、来たばかりで素寒貧なんだよね。ツケはきかないかい?」
「さすがにな。タダでやれるのは金属バットくらいだ」
「あいにく、野球は詳しくないんだ」
まったく、と彼は頬杖とため息ををついて「一応、武器を欲しがる理由を聞こうか。死にたくないからか? それとも、誰かを殺したいからか?」
そう訊いてきた。それに対し青年は間を置かずに、
「――助けたいやつがいるからだよ」
目を細め、口元をほころばせて答える。虚を突かれたように目の前の店主は目を丸くしてこちらを見て、それから、はっは! と声を出して笑った。
「この二時間ちょっとでなにがあったか知らねえが、助けたいやつを見つけたのか。このクズだらけの監獄で?」
「えっへへ。そうなんだよね。ただ、ちょっと面倒でさ。自分に合ったエモノがないと、ちゃんと戦えないんだ」
青年は徒手空拳だけでも相手を無効化するだけの強さを持っている。銃の扱いにも長けている。しかし、それらを使いこなせているかと聞かれれば、半端であると言わざるを得ない。
彼より銃を上手く扱える人間を前にすれば、しかもそれが大人数であれば、勝ち目などないのだ。
そして先ほどのラボの人間の銃の構え方を見るに、殺し慣れているようにも思える。それは裏を返せばつまり、その実力で青年を殺さないように無力化させることが出来るということでもある。
「お前のエモノはなんだ?」
「日本刀だよ。出来れば刃を落としたものが良い」
「刃引きの刀? 非殺傷武器が欲しいのか。なかなか珍しいな」
「むやみやたらに殺すのは趣味じゃないんだよ」
「……あんなバカげた事件を起こしたやつのセリフとは思えないな。まあ、今までも非殺傷武器を求めてきた客はいるが……お前を含めてもそう多くはないぞ。このごみ溜めの中でも両手で余るくらいだ」
両手を挙げて困ったように眉を下げて笑うのを見て、「ゼロじゃないだけ希望があるね」と青年はニヘラと身体をゆらゆらと揺らす。
「で? お前が倒したいやつ……いや、助けたいやつは誰だ」
「ええと、名前は聞かなかったな。でも、そいつが囚われてる場所はたしか、ビースト・ラボとか言ってたような……」
口元に指を当ててなんとか名前を思い出す。記憶力は良いほうだが、あの状況でしっかりと覚えるには危機的状況過ぎた。
「ビースト・ラボだとッ!?」
しかしその名前を口にしたとき、カティアールは驚いた様子で前のめりになって唾を飛ばした。
その勢いに気圧されつつも、「う、うん」と答えると、彼はぽかんとした表情ですとんと椅子に腰を落とす。
「ビースト・ラボといやあ、ギャングどもも避ける場所だ。誰だって猿や犬にされたくはねえからな。負けりゃすぐさま研究材料だ。それくらい狂った相手だぞ」
「だからなんだよ。俺は助けたいやつを助ける。それだけだよ」
青年が首をかしげると彼は「こいつはイカれてやがる」とひざを叩いて大声で笑った。
「だが、それも面白い。あいつらは研究材料に俺たちからも客を奪う。目の上のたんこぶだ。いなくなりゃ、せいせいするだろうな」
「まあ、そういうわけだからさ。手に馴染んだ武器がいるんだよね」
青年の言葉に、カティアールはしばらく考え込んでいるようだった。腕を組み、たっぷり一〇分ほど間をおいてから、口を開く。
「……二〇万。二〇万で売ってやる。良業物だ。もちろん、時間をくれれば刃は落としてやる」
「でも金はないんだって――」
「ビースト・ラボはたんまり金を蓄えてるって話だ。お前が生きて帰ってくれば払えるだろう? 死んじまえばあちら側と話をつけて刀だけ回収すれば良い。盗まれたとか強盗だとか、それらしい理由なんていくらでもある」
互いににやりと笑みを浮かべた。「俺の命は二〇万かあ。ギャンブルにしては掛け金が安いね」
「この場所じゃいつだってハイリスク・ハイリターンだ。その覚悟がなければ、リスクを取れないなら、隅っこで震えて生きるくらいしか出来ない」
「へえ。それは――なかなか楽しいじゃないか。良いね。その刀、買うよ」
「まいどあり。一時間ほど待て。刃を落としてくる」
カティアールは立ち上がると、壁にかかった刀を一振り手に取ってから青年の隣りを過ぎていく。
それを見送ってから、ふうん、と鼻から息をつく。
「ここに来た時点で、でかいリスクを取ってるんだ。いまさらだよね」