第34話:マユ&ダチュラvsホッパー。
◇34◆
銃声が鳴り続けている。ダチュラが前に出て、距離を詰めている。弾丸を避けながら、刀を振るうも、ホッパーがそれを躱し、銃口を向けて躊躇いなくトリガーを引く。
マユは銃を片手に、回り込むようにして駆ける。身長も一五八センチの小柄な身体で、なんとか懐へと入り込もうとするも、連射型のオートマ銃を前に、距離を測りかねている。
――的が動く。これは練習じゃない。
ジャジャ・ショットで撃っていたとき、命中率は少しばかり上がったが、それはあくまで的が動かないことが条件だった。
だが、実戦ではそうもいかない。
「一か八か……」
ダチュラが後ろへ跳ねた瞬間、トリガーを引いた。だが、上振れしてしまい――。
「いってぇ!?」
――ダチュラの背中にあってしまった。
「あんたなにしてんすか! 敵はあっちでしょうが! 実弾だったら死んでるっすよッ!?」
「す、すみません……」
「へえ……非殺傷弾か。情報通りだね。君は人を殺すのは嫌なのかな」
間合いを取りつつ、ホッパーは眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
「……私は、か、監獄チルドレンです。両親は、私が、その……人を殺すことを良しとしませんでした。だ、だからその気持ちを、無為にしたくない」
「なるほど――」
ホッパーは口元に笑みを浮かべ、その目に殺意がぬらぬらと光り、マユを睨み付けた。
「――殺し合いも出来ない人間が、僕に挑むのか。舐められたものだね」
嘲るように、ホッパーは哄笑した。その隙にダチュラが飛び出す。
「人の信念を笑ってんじゃねえよ!」
斜めからの袈裟切りを仕掛けるが――。
「だから、舐めるなと言ってるんだよ。ぬるま湯に浸かった人間に僕は殺せない」
そのわき腹に銃弾が突き刺さった。連続して右肩、ひざへと撃ち込まれる。
「ぐあああああッ!?」
「だ、ダチュラ、さん!」
ひざをついたところで、脳天に銃口を突きつけられる。「死ね」と、短く言うと、そのままスライドして、トリガーを引く。
しかしとっさに左側へと周りこみ、その背中へと刀を振り下ろす。
「うちのボスを守るのが俺の役目だ! まだ死ねねえんだよッ!」
振り切った刀は空を切り、ダチュラは目を見開く。その刹那、ひざ蹴りが左わき腹へと入り、吹き飛ばされ、壁にぶつかって、ずずず、と倒れ込む。
「銃だけだと思ったのかな。そんなわけないだろう。少し考えれば分かることだ」
「う、ぐ……」
ホッパーはつかつかとダチュラへと向かって行く。マユは照準を絞り、トリガーを引いた。
弾丸が奔り、ホッパーの肩へと当たる。少し驚いたようにこちらを見た瞬間、その隙を突いて、乱射した。
だが、それを躱しながら駆け出してきて、間合いを詰められ、グリップでこめかみを思い切り殴られた。頬に拳が、さらに髪をつかまれ、腹へひざが入った。
全身に鈍痛が走り、皮膚が切れ、鮮血が舞う。
「僕に銃弾を当てたな?」
回し蹴りでつま先が脇腹へと吸い込まれ、咳き込むと血が混じっている。だが――。
――この距離なら、当たる。
痛みに顔をしかめながらも、銃口を腹へ向けて撃つ。鈍い音がして、ホッパーは二歩ほど下がった。
「二発も当てた……いいよ、まずは君から殺す。一番苦痛を感じる殺し方でね」
「うああああああああああッ!?」
銃を向け、両肩を弾丸が貫き、あまりの痛みに叫ぶ。連続してひざを撃たれ、真っ赤な血が地面を濡らしていく。
両ひざをついて、銃がその手からこぼれる。握っていられるほどの握力も残っていなかった。
そんな彼女に向かって、ゆっくりと歩いてくる。眼鏡の奥の目は、もう笑ってはいない。殺意で濡れていた。
「次は――頭だ。死ね」
チャキリという音がして、ひたいに銃口が押し付けられる。
――私は。
――このまま、死ぬのかな。
――リンダやラット、ノブアキみたいな強さが、欲しかったな。
――いや。
――せめて最期くらいは。
「……なにが可笑しい?」
マユは笑みを浮かべていた。痛みが全身に回って余裕などないが、それでも笑った。
「私を殺せても、あなたは、あの三人には勝てない」
「遺言はそれで良いのかい」
マユは金髪で隠れた目を閉じなかった。最期の瞬間まで、笑みを浮かべ、相手の目を睨んでいた。
ぎり、とトリガーに指がかかる。
「ここで私が死んだとしても――心までは負けない。負けたくない」
「そうかい。遺言がそんな戯れ言じゃあ――うぐッ!?」
銃声と同時に、ヒュン、と空気を裂く音が聞こた。その直後に、声を上げたのはホッパーのほうだった。
ホッパーの右肩に小刀が刺さっていて、彼の放った銃弾は照準がズレてマユの頬をかすって地面を穿った。
「青い鴉の情報を掴んだから、教えに来たんだがね。もう会敵しているとは、いやはや。若いもんは行動力があって困る」
ホッパーはマユの後ろを睨み付けている。肌を刺すほどの殺気を放ちながら。
「――永明、さん」
そこに立っていたのは、和服の老人であり、弁天一家の頭――永明だった。
「久しぶりに良い覚悟を見た。死を前にしてなお、相手に喰らいつかんとする覚悟。そんな君だからこそ、手を貸そう」
「え、えと……その……」
「ふふ。まあ良い。それより怪我の手当てを。蔵丸、この子を頼むよ」
「はい。とはいえ、この傷じゃあ、応急処置くらいですけど」
後ろに控えていた蔵丸が医療キットを持っていて「万が一に持ってきていて良かったよ」とため息をついた。
「なんで……? 敵、だったのに」
「君たちには恩があるからね。俺が荒らしてしまった弁天一家を戻してくれただろ」
そう言うと、蔵丸は消毒液やガーゼ、包帯を取り出す。
「それに――君の覚悟は本物だ。正直、驚いたよ」
◇◆
「女子供の次は老人か。まったく、張り合いがないね」
ホッパーは刺さった刀を引き抜いて放り投げる。目の前の老人――永明と呼ばれた男は、白い口ひげを撫でて笑みを浮かべていた。
「ふふ。そうつれないことを言わないで、手合わせを願うよ」
そう言って刀を抜くと、永明と呼ばれた老人は身体を横向きにする。顔の横に刃を上向きにして構え、剣先をこちらの目先へと向けてくる。
「……変わった構えだね」
「これは霞の型というのだよ。さあ、始めようかね――」
言うや否や、銃弾が射出されて永明はその弾道に沿って刀を振った。キンッ! という甲高い音共に弾かれて、壁に穴を開ける。
――弾道を読んだのか。
同時にホッパーに向かい駆け出してきて、下段からの掬い上げるような一撃を跳躍して躱す。
だが、着地したところに切っ先が迫って来ていて、とっさにのけぞるように避けた。
「……なるほど。老人にしては俊敏な動きだね」
「この場所で生きてきたのだから、それくらいの腕はあるものだよ」
「伊達に歳は喰っていないということか――」
スライドしてホッパーは連射する。それを蛇行するように駆けて躱し、ダンッ! と踏み込んだ一撃が銃身を両断する。
「武器破壊――!」
一瞬、驚いた表情をしたものの、すぐに笑みを浮かべ、腰に垂直に隠していた小刀を握り、永明の頸動脈を狙って突く。
首をかしげて避けられ、頬に赤い一閃が走った。
「読めないと思うたか?」
「なかなかに老獪だね」
小刀で心臓を狙い、弾かれ、袈裟切りにされそうになるのを後ろへステップを踏んで躱し、さらに踏み込んできたところで――その腹へ蹴りを見舞った。
「……ッ!」
そこでようやく永明の表情が曇り、その隙を逃さずに頬へ拳を叩きつけ、ひざを踏みつける。
口から血が滲み、こめかみが切れて血が流れて口ひげが赤く染まる。
半身を翻して回し蹴りを入れ、その遠心力を持って裏拳をあごに当てた。
――結局は老人。速さにはついて来られない!
ホッパーは笑みを深くして小刀をその肩に突き刺す。
「次は心臓を――」
言いかけたとき、永明が笑っていることに気付いた。
「……なんだ?」
「最大の勝機は、相手が勝利を確信したときだ。覚えておきなさい、若造」
その眼力に殺意が宿り、その気迫にホッパーはとっさに小刀から手を離してしまった。
永明の刀の柄頭が腹へとめり込んでよたったところで、腰をひねり、左の拳でアッパーカットが入る。
足が地面から浮いた瞬間――その腹に刀で一文字に切り裂いた。
「がはッ!?」
そのまま後ろに倒れ、ホッパーの意識が遠のいていく。
「私も腕が落ちたな。まったく、老いたくはないものだ」
永明の言葉を聴きながら、ぷつりと視界が暗転した。




