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Ruff ruff growL !!  作者: 永久島 群青
第0章:パーティーのはじまりは突然に。
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第0-2話:最初の目的。



◇0-2◆



 道なりに進んでいくと、三つの分かれ道に出た。右にはスプレーで『NORTH 二番街』と書かれていて、左には『NORTH 三番街』と表記されている。


 人混みの中、青年はなにも考えずに真っ直ぐの道を選ぶと、だんだんと人が減って言っていることに気付いた。


「……まさか迷子になっちゃったかな。真っ直ぐな道なのに」


 体感で一時間ほど歩いていると、アクリル板の壁が右手に見えてくる。


「ん?」


 ここら一帯はコンクリートの壁ではなく、モルタルの真っ白な壁になっていて、そのアクリル板が嵌め込まれ、その奥に誰かが座っているのが見えた。


 袖の破れたボロボロのワイシャツにチノパン姿で、足を投げ出し、胴体を鎖に縛られ、両腕には大きな手錠をかけられ、吊り上げられている。


 首はうなだれていて、こちら側からはその表情は見えなかった。


「失礼しまーす」


 アクリル板の近くにドアがあり、青年は躊躇うことなくノックを三回してからそのドアを開いて、つかつかと鎖につながれた男の元へと近づくと、その目はうろんな瞳で力なくこちらを睨み付けてくる。


 黒髪を眉上あたりまで伸ばしたアップバングで、両サイドは刈り上げられている。鋭い、猛禽類を思わせる双眸は澱んでいて、高い鼻、唇はきゅっと結ばれている。


「……誰だ、お前は」


「R1N12A。よろしく」


「本名を聞いてんだよ」


「そんなもの、ここじゃ意味ないでしょ。それより――その手はなに?」


 青年はごまかすようにそう言って、視線をその腕に向ける。それが通常の人間のものではないことには見た瞬間から気付いていた。


 ひじあたりから黒い体毛に覆われ、巨大な手の平。まるでそれは――。


「猿……いや、ゴリラみたいだ。本物?」


 ゴリラにしては大きすぎるような、とも付け足した。


「だったらなんだ」


「いやあ、マスコットキャラにしてはいかついなあって」


「ぶっ飛ばすぞてめえッ!?」


 男は目を剥いて怒鳴った。しかし当の青年は気にした様子もなく、


「で、なんでそんな手になったんだ? まさか元からじゃないよなあ」


 なんてことに疑問を抱いている。


「……教える義理はねえよ。それよりお前、来たばかりだろ」


「ん? ああ、そうなんだよ。どこに行って良いか分かんなくてさ。迷子なんだ」


 男は「だったらここに留まるのはやめておけ」と言って、視線だけで青年の後ろへ向ける。


 青年が振り返ると、そこには監視カメラが設置されていた。


「ここは?」


「……ラボラトリーだ。悪趣味な人間の研究所だよ。良いから、悪いことは言わねえ。ここから離れろ」


「でも君は? 繋がれたままだろ。そもそもなんで捕まったんだよ」


「初対面のやつに教える義理はねえって言ってんだろ」


「そう言わずにさあ。教えてよ。ここのルールも、右も左も分かんないんだ。なにも知らないまま死ぬのは嫌だよ」


 言いながら目の前でしゃがみ込み、ひざを腕で包むようにして座る。


 青年の取り繕うことのない言葉に、しばらく沈黙していたが、男は舌打ちをして、暗い瞳でこちらを見た。まるで生きながらに死んでいる。そんな視線だった。


「……その傷、上で襲撃に遭っただろ。ありゃあ、このラボラトリーの下部組織だ。死ねばそこで終わり、生き残れば研究材料にされる。つまり」


「つまり?」


「お前がどれだけの罪を犯したかは知らねえが、最初から狙われてたってわけだ。使えるか(・・・・)どうか(・・・)をな」


――あなたはここでは有名人よ。


 そこで、クリスティーナの言っていたことが脳裏をよぎる。


 だからあのとき、殺意を感じられなかったのか、と青年は納得する。あくまで自身の実力を試されていた――ということなのだろう、と。


「じゃあ、君も狙われたってことか?」


「……俺は元刑事だ。先輩と二人で囚人をここまで送ってきたときに、囚人も先輩も殺された。これは――罰なんだよ。先輩から託されたってのに、後先を考えなかった罰だ」


「ふうん。刑事なんだ。階級は?」


 青年は特に焦った様子もなく、気になったことを口にする。そんなマイペースな性格に男は深くため息をついた。


「巡査部長だ。まあ、今となっちゃ元だけどな。もういいだろ。早くここから出ていけ」


「君はこのまま一生ここで過ごすのか? それになにを託されたんだよ」


「……刑事の魂ってやつさ。そいつを無下にしちまったんだ。当然の結果だろ」


「だから罰を受けてる、ねえ……。本当にそれで良いのか」


「良いもなにも、ここまで厳重に縛られたら逃げ出すなんて不可能なんだよ。分かったらさっさと行け。もう俺に関わって死なれるのはごめんなんだ」


「……納得いかないな。それは理不尽だ」


「どのみち、俺はもう死んだも同然だ。俺が不甲斐ないせいで囚人だけじゃなく、みすみす身内まで殺されて、さらに研究材料にされた時点でな。理不尽ってのは、この先に未来があるやつの言葉だろう」


 男は息をついて、青年を睨む。うろんで沈んだ視線を受けて、ふうん、と唇を尖らせた。


「こんな場所に未来なんてないと思うけどね」


「少なくとも人間の尊厳は奪われるべきじゃないって言ってるんだ。お前が何者かは知らないし、どんな大罪を犯したクソッタレ野郎かも分からない。でも、こんな俺とは違う。お前は人間だろ。だったらこんな場所でも、人間らしく生きろ」


――わざわざ捕まってこんなバカげた研究材料になる必要はないだろ。


 そう言って吊り上げられ、何重にも鎖で縛られた手をじゃらじゃらと揺らした。


「えっへへ。なんか良い人だなあ。自分のことより他人のことを考えられる人間なんて、今の時代……というか、こんな監獄で珍しいと思わないかな」


 青年はにんまりと笑って肩をすくめてみせると、男は苦々しい表情になる。


「うるせえよ。とにかく、今すぐここから」


「ちょっと待ってよ。もうひとつ、大事なことを聞きたいんだけど――」


 言いかけた瞬間、警報が鳴り、どかどかと足音がして真っ白な部屋に白衣姿の男が五人入ってきた。


「ここでなにをしている」


「えーと……来たばっかりで迷子なんだよね。それにしても俺が来てから警報が鳴るのが遅かったけど、素敵な夢でも見てたのかい?」


 青年は立ち上がりニヘラと笑った。そんな彼に四人が無言で拳銃を構える。それに対し、彼は両手を挙げた。


「おっと、物騒だなあ。ちょっとした小気味の良いジョークじゃないか」


「どこが小気味良いんだ、バカが……」


 縛られた男は舌打ちをし、その様子を見た男たちは「お前、総合データ省の」「あのテロリストか」と思い思いにつぶやいて、一番奥にいた男性がずい、と前に出る。


「やあ、上の連中から情報は来てるよ。まさか研究材料がわざわざ来てくれるとは。ありがたいね」


 肩幅が広く、大柄な男だった。研究職とは思えないほどに、白衣の下に着ている、薄い黒シャツから浮いて出る筋肉が絞られているのが分かる。


「研究材料ね。まあいいや、君は誰なんだ?」


「ああ。そういえば自己紹介はまだだったね。私はこの第二ビースト・ラボの所長、戌亥(いぬい) 宗太郎(そうたろう)だ。もちろん、本名だよ」


「第二ってことは第一とかもあるんだ」


「もちろん。まあ、君が知る必要はないけれどね」


「そういえば俺を研究材料に、とかなんとか言ってたっけ。俺ってそんなに魅力的かな?」


「たったひとりで総合データ省の大臣や官僚を殺して回った大罪人――その上、地上の襲撃から生き残ったものだ。これは非常に興味深い。そう思うのは必然だろう?」


「……総合データ省の人間を殺して回った?」


「さあ、彼を捕まえてくれ」


 鎖につながれた男は怪訝そうな表情でぽつりとつぶやいて、宗太郎の言葉が合図となり、周囲を男たちが囲む。


「まいったなあ……ただ迷ってここに来ただけなんだけど」


 こめかみをかきながら周りを見て、腰をぐっと落とし込み、拳を構える。


「ちょっと待て」


 そこで鎖につながれた男がかすれた声を出す。


「ラット113号。なにか文句でも?」


「ゴリラの手なのにネズミ?」


「研究素材だからね。実験用のネズミと大差ないのさ」


「……へえ。そりゃなんというか、ややこしいね」


「うるせえよ……。おい、そいつは来たばかりだ。逃がしてやれ」


「……君が口を出すべきではないと思うがね。そもそもすでに一匹、ラボから逃げ出した。しかも手が出せないあの店(・・・)に、だ。だから第一ラボからも睨まれている。このままじゃ我々の体裁が保たれないんだがね」


「このまま舌を噛み切って死んでやっても良いんだぞ」


「そうやって何人を見逃すハメになったと思っているんだ?」


「俺は本気だ。いつだって死んでやるよ」


「何人も見逃してきた、ね」


 青年は男を見る。沈んだ瞳だったが、たしかな敵意の色がそこに混じっていた。宗太郎は、ふむ、と鼻から息を吐き出し、しばらくあごに手をやって考えている。


「……まあ、今回は見逃そう。数少ない完成品に死なれては元も子もないからね。ただ、次この場所に来たときは遠慮なく捕獲させてもらうよ。あと――君には猿ぐつわを用意させてもらう。これ以上、邪魔はされたくないんでね」


 指を鳴らすと、周りを囲っていた男たちが銃を下げ、鎖につながれた男が青年に向けてあごで入り口を指した。


「早くどっかに行け。ここには二度と来るなよ」


「……初対面の人間に命まで懸けるなんて、本当に優しいね。やっぱり君のこと、気に入っちゃったよ」


「うるせえよ。さっさと出て行け!」


 えっへへ、と、青年は微笑むと、そのまま出入り口へと向かう。ドアを閉めきってから、鼻歌まじりに元来た道を戻り始める。


「――とりあえず、目的の前にやることが出来たなあ」



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