第21話:捜査《1》――事情聴取。
◇21◆
取り乱す母親――陽子を、父親の祥太郎となだめ、なんとかミーティングルームへと入ったものの、陽子は未だ肩を震わせて嗚咽を漏らしている。
大切な息子を殺されたのだ、それも無残な姿で。だからこそ、陽子の気持ちは分かった。
自分の父親が殉職したと聞いたとき、まだ幼かったアリサも心の整理をつけることに時間がかかったのだ。
そうして整理がついたころ、自分も刑事になろうと必死になったのだから。
「息子さん――翔平さんは、昨日はどこでなにをされていましたか」
先に口火を切ったのは横山だった。母親の代わりに、祥太郎が答える。
「しばらく出張で帰れないと。翔平は一人暮らしでしたから、私たちへ連絡が遅れたのかと思っていましたが……なにぶん、大きな企業でしょう。忙しいのだろうと」
「普段と同じ様子でしたか?」
「……そうですね、ううん、珍しく、ありがとう、ごめんと言っていました」
「ありがとうと、ごめん、ですか」
「ええ。そのときはこんなことになるとは思っていなかったので、仕送りのお礼と、急な知らせになったことに対するものだと思っていました」
もしかしたら殺されることが分かっていたのかもしれない――アリサはそう考える。だからこそ、感謝と謝罪を家族に残したのだと。
「翔平さんは、恨まれるような方でしたか?」
「バカ言わないで!」
横山が訊くと、陽子が立ち上がって怒鳴った。祥太郎が倒れた椅子を直して肩に手をやるが、彼女は目を血走らせて唾を飛ばして怒鳴った。
「翔くんは、真面目な子だったわ! 誰かに恨まれるなんてとんでもないッ! 誰にでも優しくて、反抗期だってなかった! 困っている子を助けるような子よッ!!」
「お母さん、少し落ち着いて。これは形式上、聞かなければならないものですので」
「……ほら、座りなさい。悔しいのは私も同じだ」
重くなった空気を祓うように咳をしてから、横山は続ける。
「翔平さんとはどれくらい連絡を取り合っていましたか」
それに答えたのは祥太郎だった。
「私が言うのもあれですが、まめな子でね。週に一回は連絡はくれていました。心配性なところは母親譲りで、いつも気にかけてくれましてね」
「素敵なお子さんですね」
アリサが優しい声でそう言うと、彼は小さくうなづいた。
「あと、翔平さんの交友関係を教えてほしいのですが」
「誰とでも仲良くしていたと思います。仕事面では分かりませんが。ただ、プライベートで遊びに行くような相手は二人くらいでしょうか」
「二人……よろしければ、お名前を教えていただけませんか」
横山は少し遠慮がちに訊く。陽子の情緒を気にしてのことだろう。
さらに田島 翔平の右手首が切断されていたため、『HINOMARU』からの情報を得られないのだ。
「ええ、黒島 雄大くんと、中津原 恭介くんですね。小学校からの、幼馴染です」
HINOMARUを起動して、名前をディスプレイに打ち込んでいく。この個人デバイスはタブレット機能もついているのだ。
「……なるほど。ご協力、ありがとうございます」
横山が立ち上がり腰を折ると、アリサもそれに倣う。二人も立ち上がって、同じように礼をした。母親のほうは、目を真っ赤に腫らしていた。
「かならず、犯人を捕まえてください」
陽子は震える声でそう言うと、手を差し伸べてくる。その手を握りこみ、横山は力強くうなづいた。
「絶対に、捕まえます」
◇◆
「黒島さんはアパレルブランドの社長ですね。中津原さんは製薬会社勤務。役職は課長です」
監察医務院を出て車に乗ってから、ドライブボタンを押す。そのまま現場に戻る前に裏取りをしておこうと、総合データ省に申請して、二人の情報を調べていた。
なんの手がかりもなく、調べる理由もなければ、データ省も動けない。あくまで国民やこの国全体の情報を統括しているにすぎないのだ。
だが、今回は二人の名前が出てきたことで、その裏付けを取るために申請をしたのだ。
「順当に出世した感じだな。安定的だ」
「ですね。私も四八歳になるころには出世できるでしょうか」
「意外だな。出世欲があるのか、お前」
「やれることが増えますからね」
「ほう。で、お前は今いくつだ?」
「ニ四です」
「二四か。俺と四歳差か。それで、どうなんだ? 黒島たちの経歴は」
「田島さん、黒島さん、中津原さんは同じ小学校を卒業しています。一度、黒島さんだけ私立中学に入学していますが、三人とも高校は同じです」
「大学は?」
「黒島さんは中退して起業してます。二人は卒業して、それぞれの企業に入社したようですね」
「ベンチャーか。HINOMARUの意向を無視するとはな」
基本、HINOMARUは脳内に埋め込まれたナノマシンで学業による偏差値、成績、能力、社会経験などが数値化されてデバイスに取り込まれる。
総合データ省へと送られて、適正指定校や適正職業、相性の良い結婚相手がリストアップされる
だが、そこから逸脱するものもいる。
HINOMARUはあくまで選択肢を与えてくれているに過ぎないのだ。そこから自分の道を決めることこそ、安定的な生活が約束される。
しかし、稀にそういった選択肢から外れるものがいるのもたしかである。HINOMARUはあくまでツールである、と考える人間はいるのだ。
黒島がどうであれ、安定的な道を外れたらしい。それでいてアパレルブランドの社長にまで至ったのだから、彼自身にそれだけの戦略と実力があったというわけだ。
「黒島から聞き取りに行くか」
「現場には戻らないんですか」
「どうせあとで合流するだろ」
そう言うとポケットからガムを取り出して口に放り込む。「食うか?」と差し出されたが、アリサは遠慮した。
「仕事中ですから」
「真面目だな。そんなんじゃ、すぐに疲れちまうぞ」
「これでももう二年この世界にいるんです。大丈夫ですよ」
「慣れはじめたやつが一番危ねえんだよ」
横山がため息をついているのを横目に、デバイスから黒島の住所をナビへと送信する。
――黒島の家にはニ〇分ほどでついた。一三階建ての大きなマンションである。
「家にいますかね」
「HINOMARUの情報だと、店は休みだった。それに、いなけりゃ夜にでもまた来れば良いだろ」
言いながら、エレベーターに乗り、十階で降りる。ワンフロア全部が黒島の家らしく、廊下の突き当りにドアがひとつしかなかった。
チャイムを鳴らしてしばらく待っていると、インターフォンから「どちらさま?」と訊かれ、警察手帳を見せる。
すると茶髪をウェーブさせた青年が気だるそうに出てきて、訝しそうにアリサたちを見た。
「警察って……どうしたんすか」
「田島 翔平さんのことで、少しお話を聞きたくて」
「翔平の? なにかあったんすか」
「――殺されました」
瞬間、重苦しい沈黙が降りてきた。
「……翔平が、死んだ?」
二人がやり取りをしている間、HINOMARUに橋本から連絡が入った。
「横山さん」
「なんだ?」
袖を引っ張り、黒島から離れると小声で死亡推定時間を伝えた。
「昨晩の二三時から一時の間、だそうです」
それを聞いた横山は黒島へと向き直り、「昨晩、二三時から一時の間、なにをしてましたか」
「二三時……新宿の『パンクス・バー』で飲んでたよ」
「おひとりで?」
「ああ。店を閉めて、そのまま飲みに。疑うならマスターに聞いてくれよ。俺はカウンターで話してたから」
「分かりました。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ご協力ありがとうございました」
横山は食い下がらずに、その場を後にした。アリサも黒島に会釈をしてから彼の後ろへついて行く。
「まずはパンクス・バーで裏を取る。そのあとで中津原の話を聞こう」
「はい」
アリサが言った瞬間、腹が鳴り、とっさに手で押さえる。顔は熱くなるほど真っ赤になり、横山は呆れたように苦笑を漏らした。
「その前に、飯でも行っとくか」




