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Ruff ruff growL !! : ラフラフ・グラウル!! 《休載中》  作者: 永久島 群青
第2章:底抜けに優しく、無垢な君のために。

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第15話:ギリギリの攻防。



◇15◆



 顔面に振り下ろされたハンマーを間一髪で躱したものの、ヘッドが身体を打ち、顔面を踏みつけられ、背中を蹴られて、痛みは徐々に麻痺していった。


「はっ! さっさと、死ね、クソガキッ!」


「うぐ、あ、あ」


 苦悶の声が漏れて、視界がかすんでいく。


――死ぬ、のかな。このまま。


 痛みは熱を持ち、やがて痺れはじめる。血が流れていくたび、力が抜けていく感覚に陥っていく。


――なんで、僕は死にたくないんだろう。


 ノブアキは薄れゆく意識の中で、自問する。


――なんで生きていく意味ばかり探そうとしているんだろう。


 いつだって疑問だった。いつからそんな気持ちに憑りつかれたのか、もはや覚えてはいない。呼吸をするように、疑問は尽きなかった。


 しかしそんな疑問を抱きながらも、感情はひたすらにシンプルだった。ただ怖かったのだ。死ぬということが。


「お前みたいな恩知らずなゴミは、さっさと、死ね!」


 あのとき、リンダと対峙したとき、自分の中の疑問がはっきりとした。自分は誰かを殺せない人間だと理解した。


 そしてラットの言葉で、生きる意味を探すこと、それを尊厳と呼ぶのだと知った。


 それをずっと追い求めていたものだと。ノブアキの中で言語化できなかった感情を教わった。


 今もなお疑問は尽きない。自分がどうしたいのか、どう生きていきたいのか、分からないままである。


 けれど、それをあきらめることは――心が納得しない。


 だから、意識が朦朧とし始める中でも――ノブアキは立ち上がった。


 顔は血まみれで、身体動くたびに軋んでいる。


「なんだ、お前……なんで立ち上がんの? 気持ち悪いなあッ!!」


 鼻血を拭って、咳き込むと血が地面を濡らした。


「なんで死なないんだよ! ふざけやがって――ッ!」


 ビスカスは一度冷静さを取り戻していた。蔵丸の言葉によって。けれど今は、違う感情を抱いていることを、ノブアキは肌で感じている。


――呼吸が不安定になってる。


 焦燥感が彼を突き動かしている。ならば、次の攻撃は――。


 脳天へと振り下ろされたハンマーを一歩斜めに踏み込むことで回避し、うろんな瞳でビスカスを睨み付けた。


「早く殺さないと、あなたもどうなるか分かりませんよ」


 血まみれの顔で、ノブアキはそう言った。


 今、言葉とは裏腹に心は死を忌避しようとしている。今まで以上に、それを恐れている。その感情が昂って、相手の呼吸の乱れさえ感じることが出来る。


「うるさいんだよッ! 黙って死ねよクソがッ!!」


 心臓を狙って救うような一撃を後ろに下がることで躱す。痺れはじめた身体で、それでも握りしめた柄を持ち上げ、腰を落としてビスカスの腹へと叩きつけた。


「ぐぶッ!?」


 さらに後ろへと下がったビスカスの肩に叩き落とすとゴキリと骨が折れる音がして、感触が伝わってくる。


「うがあああああッ!!」


 じんじんと手のひらが痺れる。相手の手からハンマーが落ちる。それらがスローモーションのように見えて、ノブアキは目を見開く。


「あなたを、潰します」


 瞬間、くの字に折れた身体を蹴り上げて、遠心力を使ってヘッドを脇腹へと叩きつけた。


「あ、がッ!?」


 ビスカスはギリギリのところで踏みとどまり、拳を腹へと沈め、ノブアキは顔をしかめると、その頬にひざ蹴りが入る。


「はっ、はあーっ、このガキ、マジで殺す。殺すッ!!」


 襟を掴まれ、壁に押し付けられて、何度もひざが腹へと入る。吐血して、意識が飛びそうになりながら、ハンマーを手放し、両手を組んでその背を殴った。


「ぐッ!?」


 のけぞった一瞬の隙を逃さず、ひざを踏みつけて、肘鉄をその頬へと入れる。互いの血が宙を舞うのがやけに鮮明に見えた。


――もう分からないことばかりだ。だから。


「見つけ出すまで、死ねないんですよ」


「こんっ、な、ガキにッ!」


 腰に力を入れて、そのこめかみへとつま先をめり込ませると、ビスカスは吹き飛び、白目を剥いて沈黙した。


 ノブアキは肩で息をしながら、そのまま倒れかける。その身体を誰かに支えられ、薄目で見ると、黒髪をツインテールにした少女が心配げにこちらを見ていた。


 その後ろに、金髪の――マユと呼ばれていた少女の姿も見える。


「大丈夫ですか……?」


「……無事で、良かったです」


 そう言って、徐々に体が重くなり、ノブアキは意識を失った。



◇◆



――まったく、君が勝てない相手じゃないだろ。


 リンダの言葉に、ラットは短く息をついた。身体は軋み、息が切れているものの、頭の中はひどくクリアだった。


 ジェーンが駆けてきて拳を振りかぶる。腰をひねった一撃を、腕を交差して受け止める。


「……お前にひとつ訊きたい」


「――あ?」


「お前も移植されたと言ったな。だが俺はお前を知らない。何年前にビースト・ラボで改造されたんだ?」


「……三年前だ」


「……俺はてめえに会ったことがねえぞ?」


「お前がいたのは第二だろ。俺は第一ラボだった。やつらはイカレてる。第二なんて、お遊びだって思えるくらいにな」


「なるほどな――」


「これで気が済んだかよ。だったら、そろそろとどめだ」


 蹴りが脇腹に入り、顔をしかめる。ここに来て、対峙して分かる。ジェーンは強い。自身の力を過不足なく理解している上、その使い方まで心得ている。


 だが――。


「俺も負けられねえんだよッ!」


 一歩踏み込み、拳を突き出す。ジェーンと拳が交錯し、クロスカウンターで互いの頬を打った。


 一撃だというのに意識が飛びそうになるが、かぶりを振って後ろに二歩ステップを踏み、口元の血を拭った。


「俺からもひとつ訊かせろ。なんで弁天にケンカを売ってきた。てめえにはなにも得はねえだろう」


「……損得じゃねえよ。あの子は命がけで友達を助けようとした。放っておけるわけねえだろ」


「――その生き方は、上手いとは言えねえな」


「下手で良い。自分の生き様に背を向けるより、よっぽどマシだ」


「だったら、ここで死ね。後悔はねえだろう」


 踏み出すのは同時だった。


 互いに駆け抜け、ジェーンの蹴りを左腕で受け止めて、右の拳でこめかみを打った。一瞬、身体が揺れ、ラットは回し蹴りを入れる。


「てめえ……ッ!!」


「全力で行くぞ、覚悟しとけッ!!」


 目を見開き、拳に力をこめる。無意識下で加減をしているとリンダは言った。だから――その一撃にすべてをかける。


「こいつッ!」


 とっさに胸の前で両腕をクロスさせるのを見て、ラットは口の端を吊り上げた。


「――しまったッ!?」


「――もう遅えよッ!!」


 全力で、すべての体重を乗せ、踏み込む。


 加減してしまっていたのは、相手が生身の身体だったからだ。だが、その両腕だけ(・・)は機械仕掛けの義手である。


 拳が触れた瞬間、義手は粉々になり、ジェーンは後ろへと吹き飛ぶ。地面へと背中を強打して、「カハッ!?」と血を吐き、目を見開いた。


「……てめ、これが、狙いか」


「お前は真っ直ぐな攻撃はすべて両腕で受け止めてきた。躱すことなくな。だから、賭けにしちゃ、分かりやすかったよ」


 唯一、ジェーンが過信していたのはその腕だった。最新式の義手は壊れたことがなかったのだろう。その耐久性にだけは、自信があったのだ。


 だからこそ、狙いやすかったとも言える。


 だが、それでもラットの体力はギリギリだった。今も肩で息をしていて、目がかすんでいる。


「――ここから先に、行くつもりなら……」


「ああ?」


「……ここから先……下層組は、化け物だらけだ。てめえの甘い考えは、通用しない。加減なんて、考えていれば、すぐに死ぬぞ」


 胸が上下して、汗と血にまみれたジェーンは途切れ途切れにそう言った。ラットはその言葉に怪訝そうに眉をひそめる。


「そんなに強いのか」


「……弁天がどうして金を必要としたのか……分かんねえのか。武器だよ。それも、大量にな。やつらに、勝つためには、それでも足りねえんだ」


 それに、とジェーンは続ける。


「イレギュラーもいる。死神に、虎だ。やつらは……チームで動かない。階層も無視してくる。もし、万が一……遭遇したら、俺たちでも勝てるか分からねえ」


「死神は初耳だが――虎ってのは、猫を被った虎ってやつか」


 ラットは倒れたままのジェーンの近くに座り込む。両腕はもう使えない。警戒は解かず、それでも彼の言う言葉に耳を傾けた。


「やつは、第二ラボから抜け出した。その騒ぎに乗じて俺も逃げ出せたんだ。あのイカレたやつらを殺して抜け出すくらいの――化け猫だ」


「……虎だの猫だの、ややこしいな。でも、敵対するなら倒すまでだ」


「は、言ってろよ。絶対に、後悔する、ぜ」


 ジェーンはそう言うと意識を失った。ラットは立ち上がり、周りを見渡す。マユとツインテールの少女が気を失ったノブアキを支えているのが見えて、身体を起こして駆け寄る。


 身体中が重く、めまいもするが、それでも彼女たちの前に行き、「助け出せたのか」とマユに訊くと、何度もうなづいた。


「ノブアキも……勝ったんだな」


 ビスカスと呼ばれていた男が倒れているのを見て、ふ、と微笑んだ。そして二人に代わって彼の身体を支え、ゆっくりと地面に寝かせる。


「あとは――リンダか」


 視線の向こうでは、リンダと蔵丸が刃を躱している。もうこちらを見る隙さえ与えない蔵丸の猛攻を躱し、いなして、攻撃に転じていた。


 その口元に笑みが浮かび、その目には、あの妖しい光が灯っている。


「まったく――あいつ、楽しんでやがるな……」


 ラットはそう言うと、深いため息をついた。



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