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Ruff ruff growL !!  作者: 永久島 群青
第2章:底抜けに優しく、無垢な君のために。
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第11話:分からない僕のこと。



◇11◆



『NORTH B1 三番街』から右折して、さらに左折すると『EAST B1 一番街』へと出た。


「本当に迷宮みたいだね」


 リンダとラットが並んで歩き、マユは一歩後ろからついてきている。迷いそうになるたびに、裾を掴んでは指をさしてナビをしてくれているのだ。


「か、階段はいっぱい、あるけど、二階層に行ける階段だけ、じゃないから」


「そりゃ、どういう意味だ?」


「行き止まり、とか、隠れ家、とか、あの、あって、そこには、その、色んな人がいて、あ、危ないの」


「使われなくなって封鎖された場所もあるってことか。で、そこで隠れてたむろしてるやつがいると」


「隠れ家かあ。童心をくすぐるね」


「そんな平和なもんじゃねえだろ」


「そ、それで二階層には、東と西から降りられる、けど、東のほうが、あの人たちの拠点? に近くて」


「西側からだと遠回りになるわけか。なるほどな」


 言いながら道すがら進んで行く。その通りにも色んな店が並んでいた。枯れかけの花屋や怪しい肉を使ったケバブ屋、本物かどうかも分からないジュエリーショップ。


「ああ、マユじゃん。久しぶりだね」


 ジュエリーショップから女性が出てきて、マユに声をかける。


「あ、えと、エミリーさん」


 エミリーと呼ばれた女性は二の腕にタトゥーが入っていて、両耳にリングピアスが四つずつ空いている。


「おや、また胸大きくなったんじゃない? まだまだ子供だと思ったけど身体はすっかり大人だねえ」


 エミリーは近付いてきて、マユの豊満な胸を見るとペロリと舌を出して笑った。ちらりと覗いた舌はスプリットタンで、真ん中から割れている。


「や、やめてください……」


「相変わらず引っ込み思案だねえ。あんたにピアスを入れて三年だっけ。あれから店に来ないから心配してたんだよ」


「あの、その……すみません」


「人付き合いが苦手なのは知ってるから良いよ。どうせ私がぐいぐい勧めるから気まずくなっちゃったんでしょ」


 へへへ、とエミリーは笑ってから、ラットとリンダに視線を向けた。


「そっちの紳士と――ゴリラくんは?」


「誰がゴリラだ。ふざけんなよ」


「へへへ。ごめん、ごめん。あんまりにもその手が特徴的だったからさあ」


「俺はリンダ。よろしくね」


「……ラットだ。二度とゴリラって呼ぶんじゃねえぞ」


「はいはい。リンダとラットね。で、どうしてマユと一緒に?」


 エミリーはラットの言葉には特に気に留めた様子もなく、話を続ける。


「あ、あのっ、アイが、その……弁天一家に、さらわれちゃって……」


 マユの言葉に、エミリーは目を見開く。


「あの子が弁天に? まさか、リンダたちが助け出すつもり?」


「うん。そのつもりだよ」


 リンダは微笑み、エミリーは手で顔を覆った。


「あいつらは強いよ。特に幹部の三人は。二人だけじゃ勝てないって。それに」


「それに?」


 ラットは怪訝そうに眉をひそめる。彼女は言いにくそうに顔をしかめてから、ため息をつく。


「やつらについてる用心棒、まあ、壊し屋だの、拷問師だの呼び方は色々あるけど、そいつがやばいんだよ。何度倒しても、瀕死になっても立ち上がってくるってウワサだよ」


「なかなかタフな子もいるもんだね。特徴はあるのかい?」


「ハンマーを武器にしてて、左の顔に十字架みたいな傷があるって話だけど……」


 エミリーが金髪を掻いているところで、ぴりぴりとした殺気が肌を刺すのを感じて、思わず構えた。


 リンダも感じたようで半身を下げ、刀の柄に手をやっている。


 殺気は徐々に強くなっていき、ゴリゴリという音とともにその影が白熱電球の下にさらされた。


「ひっ。まずい、あいつだよ」


「マユ、エミリー。君たちは店の中へ。ラット、二人を任せたよ」


「ああ」


 そう答えて、ラットは店の前で腕を組む。


 リンダは二人が店の奥へと下がるのを確認し、一歩、前に出る。その影は書生姿に黒のショートブーツ、髪型はツーブロックで――顔には十字架のような傷が入っていた。


「スーツ姿に、ハーフ・ビーストですね」


 澱んだ目でこちらを見てくる。その奥に鈍く光るのは、絶望のような気がした。


「だったら、なんだ」


「命令なんです。ごめんなさい――死んでいただきます」


 瞬間だった。


 リンダと書生姿の青年が駆け出し、頭部に向けて振り下ろしたハンマーに対し、抜刀してその長い柄を受け止めた。


――リンダは当然だが、あの男も速いな。


 ハンマーも軽くは無いはずだが、それでも俊敏な動きに目を瞠った。


 リンダが腹を蹴り押して、間合いを作り、青年へと視線を向ける。その口許には笑みが浮かべられていた。


「君、強いね。名前は?」


「……僕は、ノブアキです」


 澱んだ目でありながらも、はっきりと答えた。ラットはそんな彼に対し、奇妙な感覚を覚える。


 用心棒、壊し屋、拷問師、そう呼ばれていると聞いた。そして殺意を身にまとい、あの一瞬で間合いを詰めて、躊躇いもなく振り下ろした。


 それ自体に違和感はない。むしろ、その違和感のなさこそが、妙なのだ。


 まるで“そうであるべき”という形をなぞっているように見える。本心が見えてこない。


 ビースト・ラボの戌亥のような確固たる意志や絶対的な目的のようなものが、霞んでいるように見えたのだ。


『ごめんなさい、死んでください』


 その言葉自体に、違和感がある。罪悪感を隠そうともしていない。その上で主体性がないように思う。だというのに、攻撃は頭部――確実に命を狙ってきている。


「……こりゃあ、想像以上に厄介なやつかもしれねえな」


 ノブアキはもう一度、頭部を狙い、リンダは腰を落として左手で掌底を腹へと叩き込む。一歩下がった瞬間に、斜め下から掬い上げるように刀を振り上げた。


 それをハンマーのヘッドで弾いて、回し蹴りを繰り出して右肩へと当たり、軸がブレたのを確認してから側頭部へと振り切った。


 とっさにしゃがみ込んだがそれは髪の毛をかすり、くるくると回して柄の部分でこめかみを打った。


「――ッ!」


「リンダッ!」


 つつ、と血が垂れ、それでもリンダは笑みを消すことなく追撃を躱して、後ろへと跳ぶ。


「大丈夫だよ。もう少し信頼してくれても良いんじゃない?」


 そうは言った刹那、ノブアキは間合いを詰めて斜め上から振り下ろす。躱せない状況で、リンダは一歩踏み込んで懐に入り込み、刀の柄でノブアキの顎へと叩きつける。


 その隙を逃さず、ひざに蹴りを入れ、態勢が崩れたのを確認して腹を蹴って、こめかみに一閃を入れる。


「ーー刃引きの刀か……」


 一瞬、ラットはひやりとした。もしも真剣ならあの一撃で死んでいただろう。


 だが、その一撃を受けてもノブアキはゆらりと立ち上がる。


 刃引きとは言え、普通ならば、もう立ち上がることは出来ないほどの攻撃だったが――。


「まだ立つのかい。さすが、聞いた通りタフだね」


 澱んだ双眸でリンダを見ている。睨んでいるのではなく、ただ(・・)目の前の(・・・・)男を(・・)見ている(・・・・)


 口元や鼻、こめかみから血を流しながら。


「あなたなら――」


「……ん?」


「いえ、なんでもありません」


 力強く床を蹴り、ヘッドをリンダの腹へと押し込んだ。そこでリンダは初めて顔を歪め、そのままの勢いで壁へと叩きつけられる。


 ギリギリと抑え込もうとしてハンマーが小刻みに揺れ、リンダは柄を掴んでなんとか離そうとして力をこめる。


 だが急に引かれて態勢が前のめりになり、「しまっ」と声が漏れたときには、ノブアキのハンマーが振り上げられ、狙いを定めていた。


「まずは、ひとり。ごめんなさい」


 頭上に迫ったそれをなんとか躱したものの、肩に当たり、ゴキリという鈍い音が聞こえる。


「おいッ!」


「……大丈夫だよ。関節が外れただけだから」


「――は?」


 どう考えても、あの助走と力の入れ加減だ。折れていてもおかしくはない。リンダ自身が躱したとしても、自身で関節を外すとは思えない。それだけの時間はなかったのだ。


「……今ので、俺を殺せたんじゃないのかな。ノブアキ」


「――外れただけです」


「違うでしょ。君はあの瞬間、迷った(・・・)んじゃない?」


「そんなわけ、ないでしょう」


 リンダは外れた肩関節を無理やりはめなおし、首を鳴らした。その表情は困ったような笑みを浮かべている。


「君は俺たちを殺さなきゃいけない。でも、殺すのは本望じゃない。そうじゃないのかな」


「……殺しますよ。命令ですから」


「それにしては、致命傷になりそうな一撃は外してる。俺は本気で君と戦っているけど、君はそうじゃないように見えるよ」


 リンダは刀を鞘に仕舞った。ラットの抱いていた奇妙な感覚は――そこにある。


 殺すと言いながら、殺意をまといながら、どこか迷っている。葛藤が彼の中にある。そんな気がしたのだ。


 目的も主体性もない。命令という絶対的なものに従ってはいるが、納得はしていない。そんなちぐはぐな感覚が。


「あなたに、なにが分かるんですか」


「分からないから、君の口から聞きたいんだよ」


「……僕にだって、分かりませんよ。分からないから、命令がないと、動けないんじゃないですか」


「君の行動原理は、弁天一家の命令がすべてだと? 君が決めた道はそれで良いのかな」


「僕はただ、死にたくないだけです。でも、生きている意味も分からない。どうすればいいんですか。結局どっちつかずで、僕にはなにも決められないんですッ!」


「生きている意味、かあ」


「あなたは分かるんですか? だったら教えてくださいよ! 僕はどう生きれば良いんですかッ!? 死にたくないのに、生きててもなにもない! 目的も! 意味も! 僕にはなにもないッ!!」


 ノブアキは明らかに動揺しているように見えた。リンダの言葉に、彼自身の矛盾と本質を突かれてしまったからだ。だからこそ、感情的になったのだと。


 隠し続けたのか、見て見ぬふりを続けたのか、ラットには分からない。だが、それは彼にとって重圧となって心に溜まってしまっていたのだろう。


「僕の帰るところは弁天一家しかない! 僕の道を決めてくれるのは蔵丸さんしかいないッ!! お金もご飯も与えてくれるのはあの場所しかないんですッ!!」


「甘ったれてんじゃねえよ、ガキ」


 すべてを他人に委ねている――その意識に、ラットは怒りを覚えた。他人の言う通りにすれば、言い訳が出来る。そんなものは、甘えでしかない。


「お前の命くらい、お前で責任を持てよ。なにもかも他人任せで、嫌なことも飲みこんで、挙げ句の果てに生きている意味が分からない? ふざけるなよッ!」


「……ラット」


 拳を握りしめて怒鳴ると、リンダが短く息をついた。


「お前はなにがしてえんだよ。どう生きていきてえんだよ。分からないなら、考え続けるしかねえんだよ。歩き回って探し続けるしかねえんだよ。その足跡に、意味はついてくるもんだ」


「――そんなこと、僕には出来ない!」


「決めつけてんじゃねえッ!! 自分で自分の可能性を否定すんなよ! てめえの尊厳を他人に預けるんじゃねえよッ!」


「尊厳……そんなもの、僕には」


 つかつかとノブアキに詰め寄り、その襟をつかむ。


「今は見えねえなら、いつか見つけ出せば良い。遅いなんてことはねえよ。尊厳ってのは転がってるもんでも、作り出すもんでもねえ。生き様なんだよ。生きてりゃ勝手についてくる。それに気付けるかどうかだ」


――お前は本当にやりてえことをやってんのか!?


 通りにラットの叫び声が響いて、静寂が降りてくる。リンダは微笑み、店の奥ではマユとエミリーが心配げな視線を向けていた。


「死にたくないから、生きてきました。でも、どうしても、見つからなかった。だけど、蔵丸さんの命令があれば、弁天一家の、あの居場所にいれば、生きてて良いんだって思えたんです」


――それだけの恩が、あるんです。


 目を伏せて、ノブアキはつぶやいた。それはかすれていて、今にも消え入りそうな声だった。


「目、覚ませよ。やつらはお前を利用してるだけだ。恩も情もねえんだよ。気付いてんじゃねえのかよ。見て見ぬふりしてるだけじゃねえのかよ」


「でも、僕にはもう、弁天一家以外で生きていくことなんて出来ないんです。あなたたちのように自由に生きるなんて出来ない。裏切れば、きっと僕は殺される」


 力が抜けたのか、その手からハンマーが地面へと落ちた。重々しい音がして、ノブアキの目には涙が溜まっている。


「だったら――話は簡単だよ」


 しゃがみ込んで、両手で頬を包むようにしていたリンダが口を開く。


「俺たちは弁天一家を潰す。そうすれば、君は自由になれる」


「――そんなこと、出来るわけが」


「出来るかどうかで俺は考えないんだよ。やるんだ。色んなものを託されて両手がいっぱいだよ。でも、それでも――やりたいから、守りたいものがあるから、やるんだよ」


「そ、それで死んだらどうするんですか」


「そこまでの人生だったってことだよ。でもね、最期まで誇りも尊厳も捨てるつもりはない。俺が死ぬときは、相手の喉笛を噛み千切って死んでやる」


 さて、とリンダは立ち上がり、ラットもノブアキから手を放す。


「俺たち側につけとは言わないよ。君の自由にすれば良い。君がやりたいように、君がなにを求め、なにを探し、なにを手に入れるか、そのためだけに動けば良い」


 リンダは優しく笑った。


「その結果が、俺たちとの殺し合いだったって言うなら、もう一度、相手になるよ」


 ノブアキはボロボロと涙を流しながら、壁に背をつけたまま崩れ落ちる。


「僕は――探したい。僕が生きていく意味を」


 ラットはそれを聞いてため息をついた。ようやく、ちぐはぐな違和感は消え去り、ひとりの青年の本音を聞けたような気がした。


「俺たちは弁天一家の元へ行く。ノブアキ、君は、自分で決めなよ」


 リンダはノブアキを横切り、前へと進んで行く。ラットもマユに目配せをしてそれに続く。


 マユはエミリーに小さく手を振ってから、ラットたちの後ろについた。


「――ラットのそのバカみたいな真っ直ぐさは、嫌いじゃないよ」


「うるせえよ」


 リンダの軽口に、ラットはばつが悪そうに吐き捨てた。



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