不正入学は成功するのか?(探偵小説)
「何でもできる探偵社」第三弾
わたしは総合商社M商事の食品輸入部長を務める高梨良房というものである。
先祖は武田信玄に仕えた家柄で、親類には東大、京大、一橋大の卒業生が多い。
わたしは東大には滑ってしまったが、慶応の経済学部を卒業して、今の地位についた。
わたしの一人息子の悟は、どういう訳か出来が良くない。
明治にさえ落ちてしまい、とうとう二浪させることになってしまった。
わたしは、何としても早稲田には入学させたかった。
そのために、いくらでも塾や予備校の費用を払った。
ところが、最近の模試の判定でも絶望的だ。
そのわたしの目に止まったのは、「何でもできる探偵社」のチラシである。
相談無料とある。
場所は新宿の雑居ビルで、近いので簡単に行ける。
わたしは多少、危ない橋を渡ることになるかもしれないと想いつつも、相談に行くことにした。
新宿駅で下車してから少し歩いて、すぐにその雑居ビルの3階に掲げられた、その会社の看板を見つけた。
あまりキレイなビルではなく、バーなどが入っている。
わたしは勇気を振り絞って、エレベーターで3階に上り、その会社のブザーを押した。
ドアを開けた従業員は、強面の男性である。
見るからに強そうだが、髭は生やしていない。
わたしは多少面食らったが、そんなことを気にしている場合ではない。
すぐに応接室に通された。
部屋はきれいに整頓されている。
本棚には多くの法律関係の書物が並んでいる。
その上の壁には何やら知らないが、表彰状の類が飾ってある。
よく見ると、警察署長の感謝状もある。
そこでわたしに会ったのは、地味な紺色の背広を着た40歳位の男である。
身長は175センチ位で、それほどいかつい感じはしない。
髭も生やしていない。
「ようこそいらっしゃいました。わたしが所長の国沢裕介と申します」
その男は、丁寧にお辞儀をした。
わたしもお辞儀をしたが、なにせ新宿である。
罠かもしれないと、警戒は怠らなかった。
「わたしは高梨良房と申します」
わたしたちは名刺交換をした。
「あのM商事にお勤めですか?」
「ええ、まあ」
国沢はテーブルを挟んだソファにかけるように、わたしに勧めた。
「それでどのようなご相談でしょうか?」
「息子の悟を早稲田の政治経済学部に入れたいんですが、2浪させても難しいのです。去年は早稲田は愚か、明治にも落ちましてね。今年の判定でも早稲田は絶望的なのです」
「というと、不正に合格させるつもりですか?」
「もうそれしかないのです」
「当社なら簡単にできます」
「本当ですか?」
わたしは国沢の自信満々な態度に少々驚いた。
「本当です。ただし、かなり料金が要りますよ」
「どのくらいですか?」
「500万円です」
わたしは別に驚かなかった。
芸能人の不正入学がバレたときも、それくらいだったはずだ。
「しかし、それだけの金額を払うとなると、具体的な方法を知りたいですね」
「当然のことです。では、ご説明致しましょう」
「お願いします」
「試験問題を持ち出すのは、まず無理です。携帯電話やカメラなどの機械を使うのも駄目です。簡単に言うと、替え玉受験しか手はありません」
「割りと古い方法ですね」
「そうです。でもこれが案外盲点でね。顔さえ似ていればいいんですよ」
「なるほど」
「しかし早稲田の政経に確実に合格できるような男を探さなけれなりません」
「どうやって探すのですか?」
「簡単に言うと、東大に合格したばかりの学生ですね。息子さんの写真はお持ちになりましたか?」
わたしは息子の最近の写真を持参していた。
それを国沢に見せた。
彼はそれをカメラで写した。
「あとは似ている東大生がいるかどうかですね。当社に登録している東大生がかなりいるのですよ。ちょっとこの画面を見て下さい」
国沢はパソコンにわたしの息子の写真を登録すると、すぐに似た男を探し出した。
「この男が当社に登録している、あなたの息子さんに一番似ている東大生の写真です」
わたしは、その写真を凝視した。
父親のわたしから見ると、少し違うようにみえる。
「少しばかり違うようにみえますが」
「少しくらいなら大丈夫です。写真照合は試験官が受験時にするのと、合格後に入学書類に貼った息子さんの本物の写真と受験票に貼った写真を事務員が後でするのと2回ある。それを2回くぐり抜けないと、バレてしまう。
「当社は試験官を騙すほうを、お勧めします。試験官というのは、在学生のバイトですから、面倒なことを避けたがる。顔が違うなどとは、まず言いません。彼らはバイト代が欲しいだけですから」
だが、わたしはここは慎重に事を運ぶべきだと思った。
替え玉受験は犯罪でもあるし、なにしろ500万円もかかるのだ。
この写真を信用しても大丈夫なのか?
「申し訳ないが、その写真の人に会わせてもらえませんか?」
「なるほど。写真はいくらでも合成できますからね。本人に会って確かめたい。よくわかりますよ。そのお気持ちは」
国沢は携帯電話で、その写真の男に電話した。
「ああ、君か。ちょっと来てくれないか?」
「彼は今日、ここに来ます。1時間ほど、お待ち下さい」
わたしは別室で1時間ほど待った。
やがて、従業員に呼ばれ、国沢がいる応接室に入った。
そこでわたしは、その写真の男に会った。
「こんにちは。東大の山城一郎といいます」
山城と名乗る男は、東大の学生証を見せた。
本物の東大の学生証だ。
1年生ということは、去年の受験生か。
顔は国沢がパソコンで見せた写真と同じだ。
インチキではない。
「それで早稲田の政経は合格できそうですか?」
「当然ですよ。去年も私学には全部合格しましたから」
「ご納得していただけましたか?」と国沢が訊いた。
わたしは一応、納得した。
「それで報酬のほうですが、当社は信用第一ですので、いきなり500万払えなどとは言いません。受験の準備がありますので、まず手付けに100万円。合格したら、もう100万円。
「写真照合が全部終わるのは5月いっぱいは、かかりますので、6月末までに残金300万円で如何でしょう?途中で失敗した場合は、残りの金額は一切頂きません」
なるほど、国沢の言うことは合理的だ。
試験官のバイトは多少、顔が違っても黙っているだろう。
入学書類と受験票の写真照合は、絶対に大丈夫だ。
受験票には、本物の息子の写真を貼り付けるのだ。
7月になれば、さすがにもうバレないだろう。
残りの300万円を払っても、惜しくはない。
わたしは国沢を信用して、契約書に判子を押し、手付の100万円を支払った。
あとは万事、彼の言う通りにした。
受験票には、本物の悟の写真を貼り付けてもらった。
それで試験官さえ騙せば、あとは東大生の山城が合格するだろう。
やがて合格通知が届き、更に100万払った。
やはり国沢の言った通り、バイトの試験官は「顔が違う」などとは言わなかった。
入学の必要書類には、もちろん本物の写真を貼り付けた。
事務員の写真照合は絶対に大丈夫だ。
6月末になっても、何事もないので、残金300万を国沢の口座に振り込んだ。
ところが、わたしは7月初旬に早大政経学部長に呼び出される羽目になった。
わたしは学部事務所で、黒縁眼鏡をかけた60代の小太りで浅黒い、その年齢にしては割りに大柄な教授に会った。
「わたしが学部長の小松と申します」
「高梨ですが、息子のことで何か?」
「あなたの息子さんは、受験していませんね?」
小松は不快げに言った。
「は?」
「失礼ながら、息子さんの英語の前期試験の結果があまりにもひどいので、入試の英語の答案と比較してみたんですよ。そうしたら、入試のほうは満点な上に、筆跡が全然違う。息子さんは字がきれいなのに、入試のほうは字が汚い。
「我々は筆跡鑑定には素人なので、警察に指紋も調べてもらったら、息子さんとは全然違う指紋が出てきて、息子さんのは全然出てこない。教授会で協議した結果、不正と判定しました。合格は取り消しとさせていただきます。入学金、授業料は一切お返ししません」
わたしは、自分の甘さを悟ったが、警察に捕まれば、今の地位を失うことになる。
「申し訳ありません」
わたしは平身低頭して、小松という学部長に平謝りした。
「もう警察には言ったのでしょうか?」
「言いましたけど、まだ被害届は出してません」
「どうでしょうか?500万円、早稲田大学に寄付します。それで何とか穏便に済ませていただけませんか」
小松は少し考えてから、こう言った。
「いいでしょう。被害届は出しません。正式には教授会に諮って決めることですが」
小松は去っていった。
わたしは、すぐに早稲田大学の口座に500万円、振り込んだ。
わたしは警察に呼ばれたが、参考人として事情聴取されただけで済んだ。
もちろん悟は合格を取り消されて、3浪することになった。
では、「何でもできる探偵社」の国沢が悪いのだろうか?
合格後の試験の結果が悪ければ、疑われても仕方がない。
やはり、自分が甘かったと思わざるを得ない。