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9/11

6:幸せ

結婚から一年以上が過ぎた。

今日も私は、醸造小屋でワイン造りに勤しんでいる。


初めて来た時はどこか()えたような臭いが漂っていた小屋は、今では芳醇な香りに満たされている。

とはいえずっとこの匂いの中に居るのも辛いので、作業をそこそこに気分転換がてら小屋を出る。


「奥様、今日もお疲れ様です」

「有難う、皆もお疲れ様です」


領民達に声を掛けられ、自然と笑顔が零れる。

初めて来た時に抱いた印象は、灰色の大地とどこか無表情な人々。

土地そのものに、生気の薄さを感じたものだ。


それが、今はどうだ。

見渡す田畑は、鮮やかな緑色に彩られている。

そこで働く人々の顔も、皆笑顔だ。


ワイン販売で得た資金によって本格的な冬が始まる前に物資を買い溜め、長く辛い冬を死者を出すことなく乗り越えられたこと。

春以降天候に恵まれて、田畑は豊かに実っていること。

ワインは評判良く、領の良い名物になりそうなこと。


全てが上向いていて、領民達の表情は明るい。


皆は「これも全て、王都から聖女様が嫁いできてくださったおかげ」なんて言ってくれるけど、私は役立たずで王都から廃棄された身だ。

この地でも廃棄されないように、領民の為、そして旦那様の為に、精一杯頑張るのみ。




「おーい!」


畦道を歩けば、田畑から声が掛かった。

声のする方を向けば、今日も農民達に混じって農作業をする旦那様の姿があった。


どうやら今は耕した畑に苗を植えている最中らしい。

本来ならばお手伝いを申し出たいところだが、農作業を手伝うのは、どうしても抵抗があった。


そう。私が持つ力のせいだ。


「――シャロン?」


そんな考えが、表情に出てしまっていたのだろうか。

旦那様が、怪訝そうな声を上げた。

慌てて頭を振り、笑顔を浮かべる。


「今日もお疲れ様です」

「ああ。苗を植えながら、色々と考えていたんだ。一つ、実験してみないか」

「実験、ですか?」


旦那様は、耕したばかりの畑に私を手招きしている。

しかし、畑の中に入るのは怖い。

万が一、私の力が暴走してしまったら――…せっかく苗を植えたのに、全て腐り果ててしまうのだ。


「そんなに怖がらなくていい」

「でも、もし腐らせてしまったら……」

「まだ苗の段階だから、いくらでも植え直せる。それに、考えていたことがあるんだ」


旦那様はこれから植える苗を手に、こちらに近付いてきた。


「君の力、物を腐らせるというが……ひょっとしたら、違うのかもしれない」

「違う……と言いますと」


苗を差し出されて、ビクンと身体が竦む。

これからすくすく育つであろう、青い若葉を生やした苗。

私が触れてしまうことで、茶色く枯れ果ててしまうのでは……と思えば、近付くことさえ恐ろしい。


「畑で実験するのが怖いなら、こうしよう」


旦那様に手を引かれて、畦道を歩く。

向かうは、畑の脇に建てられた作業小屋。

旦那様はそこから小さな鉢を持ってきて、手にした苗を植えた。


「これなら畑全体に効果が及ぶこともない」

「そう、ですね」


小さな鉢を手渡され、じっと手の中の鉢を見下ろす。

力を込めることが、どうしても躊躇われてしまう。


「何も一気に力を注がなくていい。少しずつ、少しずつと意識してみてくれ」

「は、はい」


とはいえ、大好きな旦那様に言われては、断ることは出来ない。

両手で鉢を抱えて、目を閉じる。

意識を集中させれば、手の中が熱くなって、瞼越しにも分かるほどに光が放たれた。


「あ……っ」


重さで鉢を落としてしまいそうになるが、私の手から離れた鉢は、地面に落ちて割れる前に旦那様が掴んでくれた。

鉢植えの中の苗は、青々とした葉を伸ばし、立派に花を咲かせている。


「あ、あれ……?」

「やっぱり、成功だ」


旦那様は満足げに頷き、鉢を地面に下ろした。

そうしている間にも、緑の葉はぐんぐんと伸び続けている。


「シャロン。君の力は、本来植物を成長させるものなのだろう」

「成長?」

「そう。決して腐らせるだけではない。こうして加減をすれば、収穫を促進することだって出来そうだ」


収穫を促進。

私の力が、農業の助けになる……?

旦那様の言葉が信じられず、数度瞳を瞬かせる。


「君は力が大きすぎるから、上手く制御が出来なかったのだろうな」

「そう……なのでしょうか。ここ最近はワインを多く生産しているので、毎日力を存分に使っていて、あまり実感が沸かないのですが」


旦那様は「だからだろうな」と頷いています。


「おそらく、時間を進めるとかそういった類の力なのだろう。これが王都の連中に知られれば、色々と厄介なことになりそうだが……まぁ、俺だけが知っていれば良い」


本当に、私にそんな力があるのでしょうか。

両手を広げ、見下ろす。

王都に居た頃は、魔力量ばかり多くて役に立たないと言われ続けていた力。


「本当に……?」

「ああ」


疑問を口にするも、すぐに旦那様によって肯定される。

こんなにも私のことを信じてくれる人は、他には居ない。


「シャロンはもっと自信を持っていい。お前の力は、本当に凄いものなんだ」


こうして抱きしめ、優しく撫でてくれる。

本当に、私には過ぎた良い旦那様です。


「シャロンが自分に自信を持てるように、俺がもっと頑張らないとな」

「いえ、旦那様にはもういっぱい幸せをいただいてます」

「だから、もっともっとだ」


この人はきっと、私がどんなに貴方に救われたか、分かっていない。


「私が思っていた以上に、旦那様が思うより、もっともっと……です」


私が実感を込めて呟くと、抱きしめる力が弱まって、旦那様が私の顔を覗き込んだ。


「あの、後で報告しようと思っていたのですが……」

「シャロン?」


そっと、自分のお腹を撫でる。

王都に居た頃と比べたら、ふっくらとした身体。

今はまだ実感は沸かないけれど、ここに確かに宿った命。


「ひょっとして」

「……はい」


頷くと、真っ直ぐこちらを見つめる旦那様の顔にゆっくり驚きが広がっていく。

次の瞬間、私の身体はふわりと浮き上がっていた。


「こんなところに居る場合ではないだろう!!」

「だ、旦那様!?」


逞しい両腕で私の身体を抱き上げた旦那様が、早足で歩き出す。

向かう先は公爵邸――私達の家だ。


「そんな時にまでワイン造りに精を出さなくてもいいんだ。ちゃんと屋敷で休んで……」

「大丈夫、大丈夫ですから……!」


初めて見る旦那様の慌てた様子に、自然と表情が綻ぶ。


この地で初めて手に入れた、幸せ。

旦那様と一緒なら、この幸せはもっともっと膨らむ一方なのだろうな……と、それだけは信じることが出来た。

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