幕間:滅びの序曲
◆side:ダーレン◆
あの邪魔な筆頭聖女を追放して、早一月。
ヴァネッサとの婚約発表を済ませ、ようやく身辺が落ち着いてきた。
ヴァネッサは侯爵家の令嬢だ。
シャロンのような親の素性も分からぬ孤児とは違う。
貴族として家柄に恵まれ、身元確かで、しかも聖女としての力を持つ。
こんな女性が居るというのに、どうして筆頭聖女だからという理由で孤児を妻に迎えなければならないのか。
前神官長の采配とはいえ、それを聞き入れた父上もどうかしている。
もっとも前神官長は既に亡く、父上も今は病床の身だ。
あの平民上がりの役立たず聖女を廃棄して、ようやくこれから自由の身になれる。
そう思っていたというのに。
「晴れの日が続いている? だから何だと言うのだ」
始まりは、文官からの報告だった。
そういえば、シャロンを追放してからというもの、毎日空は青く澄み渡っている。
ここ暫く、雨らしい雨を見ていない。
「空もあの女の追放を祝福してくれているのだろう」
「それどころではありません!」
僕が笑うと、不敬にも文官は声を荒らげた。
「例年よりも暑い日が続いて、各地で池や川の水が干上がっているとの報告が相次いでいます。このまま雨が降らなければ、王都周辺は大変な干ばつ状態になります」
「何を大袈裟な」
たかが数日雨が降らない程度で、何を言っているんだ、この男は。
王都周辺は、豊かな穀倉地帯。
荒涼とした北方ディングリーの地などと、訳が違う。
干ばつも水害も縁の無い、神に愛された土地。
それがこのグラフトン王家のお膝元だ。
「そんなことより、式の準備はどうなっている」
「そちらも進めてはおりますが、何分規模が大きい為に、すぐに準備が出来る訳ではなく……」
「どれくらいかかる?」
「は、せめて一年は見ていただかないと……」
そう。天気の話より、僕とヴァネッサの挙式の方が大事だ。
王太子の結婚式となれば、どの貴族よりも贅を尽くした華やかな式でなければいけない。
「天気の報告など不要、それよりさっさと招待する要人のリストを仕上げてこい」
「はっ!」
強めに言いつけたことでようやく理解したのか、しつこく食い下がっていた文官も、ようやく頭を下げた。
まったく、くだらないことで王太子たる僕の心を煩わせないでほしいものだ。
文官を下がらせた後、この話は綺麗さっぱり忘れていた。
後日思い出した時には、もうどうしようもない状態になっていた訳だが……。