表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

4:初めての夜

結婚式の後は小規模ながら歓迎パーティーが催されて、領民の皆さんは私を温かく迎え入れてくれた。

公爵邸の皆さんと初めてお会いする時は緊張したけれど、私以上に公爵邸で働く皆さんの顔は強張っていた。

それでも、公爵様が「シャロンは他の聖女達とは違う。皆仲良くしてやってくれ」と紹介してくださってからは、皆さんが少しずつ話をしてくださるようになった。


そして、今。

湯浴みの後、私は豪華な寝室のベッドに腰を下ろしている。

身に纏っているのは、薄手の寝衣。

レースの布地は、肌が透けて見えるほどに薄い。


そう。今夜は初夜。

夫となった人と、初めて一緒に過ごす夜だ。


小さな音と共に扉が開き、公爵様が寝室に入ってくる。

お互い、無言のまま。

公爵様はなぜか視線を逸らして、ベッドの前に立っている。


「……今日は疲れただろう」

「はい」


ぎこちない会話。

それも仕方ない、夫婦になったとはいえ、殿下とはまだ会ったばかりなのだ。


「殿下こそ、お疲れなのではありませんか?

「俺は別に」

「ずっと畑仕事をしておられたではないですか」


酒カス王子なんて呼ばれてはいるが、実際にお会いしたアーヴィン殿下はとても真面目な方だった。

実りの少ない北の大地を少しでも豊かにしようと、自ら鍬を握って畑に立つ。

こんな立派な方が、どうして継承権を剥奪されて、こんな国境地帯で一生を過ごすことになったのか。

政治はよく分からない。


「その、お互い疲れているなら、今日は普通に寝るだけでも……」


公爵様が、どさりとベッドに――私の隣に腰を下ろす。

視線が宙を泳いで、あらぬ方向を向いている。


「これから、ずっと同じ部屋で眠ることになるんですものね」

「あ!? あ、あぁ……」


なぜか、公爵様の声が上擦った。

どうしたのだろう、そんなに眠いのだろうか。


「無理なさらずに、お休みください、公爵様」

「え? あー……」


アーヴィン殿下が、逞しい指で頬を掻く。


「シャロンは、その……初夜の意味を、分かっているのだろうか」

「え? 今日から夫婦として寝室を共にすることになる……のですよね?」

「あ、あぁ」


公爵様の返事は、どこかぎこちない。


「大丈夫です。孤児院に居た頃から、寝相は良いと言われてたんです」

「そうか」


広い寝室に、力無い笑い声が響く。


「……シャロンは孤児院に居たのか?」

「はい。孤児院で暮らしていたところ、先の神官長様に見出していただきました」

「なるほど、道理で」


道理で、何だと言うのだろう。

首を傾げて隣に座る彼を見上げたら、整った顔がふと和らいだ。


「いや。他の聖女とは全然雰囲気が違うなと思って」

「そうですね。王都の教会は、貴族家出身の方が多いですから」


地方ならば、平民の聖女も居るのだろう。

でも、王都の教会は全国から選りすぐりの聖女達が集められる。


ふと、違和感を感じて顔を上げる。

公爵様が険しい顔でこちらを見ていた。

つい先ほどは表情を和らげていたというのに、一体どうしたのだろう。


「シャロン、お前……」

「公爵様?」


公爵様が突然私の両肩を掴んだ。

逞しい両手。

公爵様の肩幅と比べたら、私の肩のなんと細いことか。


「抱き上げた時にも思ったが、王都の教会ではちゃんと食事を食べていたのか?」

「あ……」


質問の形を取ってはいたが、公爵様は既に問いの答えを自ら見つけ出しているようだった。


「筆頭聖女としての仕事が忙しくて、少し……食事がおろそかになっている時はありました」

「少しなんてものじゃないだろう」


彼の声には、怒気が込められていた。

びくりと、思わず肩が震える。


「すまない、シャロンに怒っている訳ではないんだ。だが、あまりに……」


あまりに、なんだろう。

見上げる殿下の顔は、どこか苦しそうな、悔しそうな、やるせない表情が浮かんでいた。


「……ちゃんとした初夜は、落ち着いてからにしよう。まずはちゃんと食べて、精を付けて、シャロンが男女のことを学んでからだな」

「男女の……ですか?」


よく分からないままに、公爵様の腕に抱き込まれる。

逞しい身体。広い胸に顔を押し当てるようにすれば、長い一日の疲れがたたってか、自然と瞼が重くなってきた。


「ああ、ゆっくりでいい」

「はい、公爵様」


殿下の身体にもたれるようにして、身体が沈み込んでいく。

気付けば、私の身体はベッドに寝かされていた。


「公爵様じゃない。俺達はもう、夫婦なんだから」

「では、何とお呼びすれば……?」


うとうとと沈みかける意識の中、懸命に言葉を選ぶ。

見上げる彼の顔が、ふわりと綻んだ。


「好きに呼んでいい。俺の前でかしこまる必要はないんだからな」

「わかり、ました、だんな、さま……」


夫となる人なのだから、やはり旦那様とお呼びするべきだろうか。

なんて考えながら、言葉にするよりも先に、私の意識は深く沈み込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらで公開している短編小説「どうして私が出来損ないだとお思いで?」が、ツギクルブックス様より書籍化されることになりました!
情報ページ

また、現在ピッコマで掲載されている小説

【連載中】捨てられた公爵夫人は、護衛騎士になって溺愛される ~最低夫の腹いせに異国の騎士と一夜を共にした結果~
著:黒猫ている / イラスト:煮たか様

【完結済】魔族生まれの聖女様!?
著:黒猫ている / イラスト:にしろしま様

こちらもどうぞよろしくお願いします!
捨てられた公爵夫人は、護衛騎士になって溺愛される ~最低夫の腹いせに異国の騎士と一夜を共にした結果~ 表紙画像 魔族生まれの聖女様!? 表紙画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ